第12話

サルドランの収める街の一つにある領主館。そこから少し離れた裏路地にて、俺達は潜入前の最終確認をしていた。


「プロブ、まずどこに行くべきだと思うか、お前の意見を教えてくれ」

「そうだな……まずはこの部屋を先に片付けよう」


 プロブがそう言って指を指したのは、『資料室』と書かれた場所だ。確かに、資料室には過去の不正の証拠となる資料が多くある可能性が高いと俺も思う。だが、長時間居座ると見つかる可能性が高いし、この人数でも戦闘がやりづらいまである。アンナレベル以上の刺客がいる可能性も高い訳もあり分散はできない…


「あぁ~!もう一人くらい俺が欲しいよ!」

『ー 田中 孝 の 要望により 人格 を検索中 ー』

「え!?」

「うるさいよタカシさーん」

「ご、ごめんねスー」


 …なんなんだ今の声は!みんなには聞こえなくて、おれにだけきこえてたっぽいけど……ん?

 自分のステータスをよく見てみると、すんごーーーく小さな文字で『サポートさぽちゃん』と書いてある。……三人まとめて血祭りにしたい。だが、なにかしてくれるのかもしれない。だから少し待つことにした


『……現在使われていない人格を検知.再起動を行います.』


『再起動完了.同時に, 田中 孝 に対し,“普通化第一能力=一時的職業昇格”・[錬金術師]を強制発動.“魂の錬成”“身体の錬成”“結合”を能力情報に導入完了』


 アナウンスが終了すると同時にとてつもない量の情報が痛みとともに脳内に刻まれていく。俺の場合、一応神だから大丈夫なのだろうが常人なら精神が壊れそうなほどの情報量だろう。だが、このままいけば俺も危ういが、ここで倒れるわけにもいかない。俺は脳の一ヶ所に圧迫しないように整理し、その場は何とか凌いだ。

 情報が流れてこなくなったと思った途端、今度はすべて何をすれば良いのか分かるかのように俺の身体は動きだす。自らの髪の毛の一部や、自らの魔力を、自分みたいな誰かにくっつけるように調合していく…因みに、プロブたちでは目で追えないほどの早さでこの行程は行っている。彼らからはただ俺が変な動きしているようにしか見えないかもしれない。もしそうなら少しばかり悲しい…

 そんなことをしていたが、なんとか素体の魂と身体を錬成することに成功した。

 

「身体と魂を作り出したけど…やっぱりこの身体を見てると変な感覚になるな」

「タカシさんと同じ顔だー」


 そう、この身体…一部は違うが、殆ど俺だ。そりゃあいつもの感覚と同じくらいにするためベースは俺の身体を型にしたからな、違うのは目と毛色くらいだ。

目の色は青く、毛の色は少し暗い緑という感じに仕上がっているが、まぁ2Pカラーとしか言えない出来だ。

 なんか…自分と同じ顔って変な感覚がしてくるな…まぁそのうち慣れるだろう!とりあえず目蓋くらいは閉じといてやるか。


「あとは結合だが…本当に出来るのか?」

『偉い神達のチート能力を疑わないでください.“結合”を開始します.現在, 田中 孝 の体内に存在する魔力の約25%を消費します』


またアナウンスが終了すると、今度は身体中が脱力感に襲われ、自分の脳から、映画のフィルムのような何か一部が削り取られたような気がした。それはきっと俺の中にあった記憶だろう……だが、その時感じたのは喪失感ではなく、何かつかえが取れたようだった。

目の前の体に移ったその記憶に違和感を感じていたのかもしれない。だがそれはどんな記憶かと言われると答えられない。今、この身体のどこにもその記憶を思い出すモノは何もないのかどうかも分からない。こうやって頭の中で話してるこの自分でさえ不安定な気もする……

そんなことを考えていたが、自らの身体が、だんだんと自由に動かなくなっていることに気付いた。これは……魔法や呪いではないのだろう。ある程度実力のある人間の術師がいたとしても、神の力を持つ俺を完全に封じ込めることはできないはず……

そんなことを考えてる時に、記憶のなくなった場所に自分の全く知らないし分からない“何か”が潜んでいるように感じた。身体中に自分から漏れる恐怖の感情が鎖のように纏わりつく。……この恐怖は見たことがある。1発で仕留めてあげられなかったあの魔物たちから漏れだしていたものにそっくりだ。少し前は喰う側だったハズの喰らわれる直前の生物に。

…でも、何故だろうか。“それ”がどんな形をしているのかを想像しようとしても…不思議なことに全くもってイメージが湧かない。どんなに少しでも、人間はどんな年になってもイメージ力は残るものだ。例えばお化けと言われて、シーツを被ったような少し丸みを帯びたゆるいものを思い浮かべたり、白装束に身を包んだゾンビのようなものを想像したりする。だが、“それ”をどんなに想像しようとしても何も浮かばない。丸いのか?とか、四角いのか?とか、そんなものまでだ。だって形はどんなものか想像すら出来ない何かが自分の中にあって、それがいると認識したら身体が動かなくなる。そんなことがある時点で恐怖の感情が湧かないはずがないだろう。

俺は今から“それ”に乗っ取られるのか?もしかしたらこの“心”は動かなくなってしまうのか?……嫌だ。そんなの言ってしまえば“死”と変わらないではないか!まだジジイ達に頼まれた仕事も残っていて、今回の人生も、したいと思っていた経験も殆どできていないじゃないか。身体が脳で動かないなら、意識外から動かせば良いんだ!サポート、この身体を無理矢理にでも動くようにしろ!


『身体への多大な負荷が掛かることは勿論,精神体等にも負荷が掛かることが予想されます.それでもよろしいで「構わない。死ぬよりマシだ」…了解しました』


アナウンス終了後、今度は身体中に激痛が走り、言葉にならない何かを発した。その様子を見ている彼らはどんな気持ちなのだろう…何故か人のような何かをその場に作り出し、ピタリと止まったかと思えば突然奇声のような何かを挙げる……狂っているの他の何物でもない。彼らの今の目はまるで、異物を見るような目だ。だが、俺を見捨てた訳では無いような気がした気がした。

…身体中が感じたこの痛みはまるで麻酔を射たずに内蔵付近の肉を直接いじられているようだ。言葉にならないこれは、痛みや苦しみによって脳がだんだん破壊されている証拠なのかもしれない。けど俺には仕事があるし、街で待ってる想い人や少し前に出会った救ってあげたい少年達がいる。


「俺はやるべきことがあるんだ!だから今は俺の奥に引き下がれ!」


言葉とはこんなにも強いものなのか。身体は完全に元に近い感覚へ戻り、その場にぺたりと座りこむ。“それ”へ抱いていた謎の恐怖は薄れ、“それ”が見えていた穴は塞がり、元のような形になった。何が起きたか理解できないし一体何かは分からない……けど、“それ”はいつかは知らないといけないような俺に潜む恐ろしいモノだとだけはなんとなく思った。

俺に起きていた現象が一応だが終わったと思ったのだろう。俺と共に来ていた彼らは少し怯えたそぶりを見せながら、そろりと俺に近付き話しかけてきた。


「た、タカシさん。なんだかとても顔色が悪いですよ…」

「いや、平気だ。少し、能力を使う代償のようなものが起きてしまったんだ。もう落ち着いたから安心してくれ…」

「そ、そうですか…」


そう言うと彼らは少し安心したようにもとの位置へと戻っていった…元の世界なら厨二病だとかイタいとか言われて可哀相な目を向けてくる者が多いが、彼らが思ったのはきっとそうじゃない。今の彼らにとって、俺は希望の光だ。ここにいる子達だけじゃなくあの場所にいた全ての子供たちのだ。もし、今この子達の前から俺が消えたら……絶望という感情だけでは済まないだろう。まぁ、ありえないだろうけど。


「……ッ…」


彼らには大丈夫とは言ったものの…頑張って気を張っていないと、今にも気を失いそうな程に痛いし体がダルいし辛い。でもやらなきゃ、桜音や佐々木達と元の世界に帰れる望みだって薄いんだ…じゃあ1回文句も何もかも言わずにやるしかない!

その思うと少しだけ辛いという感覚がなくなった気がした


「…んっ、ん〜……あれ、ここは…?」


目の前にいる俺に似たソイツは、少し眠そうにむくりと体を起こして目を開けた。そこまでの動作はやっぱり寝起きの俺と殆ど変わらなかった。だが俺の方を見て、少し前まで眠っていたことが嘘のようにソイツは目を見張っていた。

「お、おおお前!僕とそっくり…いや、同じ顔をしてるんだ!!」

「やぁ、俺はお前の別人格?の…「父上と母上…そして我が天使である愛すべき妹ちゃんは?」いや落ち着いて…」

「落ち着いていられるか!!に入ったと思ったら、家族はいなくなっているし、同じ顔を持つ魔物に出会うし…」

「魔もッ!?…」


 落ち着け…相手は俺だ。まぁ、スペックの問題上魔物って言われても完全に否定はできない。というかこんなのが俺なのか?少し悲しくな…いや、正確には俺であって俺ではないんだ。とりあえずこいつには動いてもらおう。


「…とりあえず今のお前の状況を教える。俺の名前は孝っていう者だ。お前にとって…お前であってお前じゃない人間だ。」

「意味が分からない」

「それでいい。まぁもう一人のお前だと思ってもらえればいいぞ。ここにお前がいる理由は、俺の能力で作ったその肉体と中にある魂に心を移した。そして今から俺に言う通りに動いてくれ。ちなみに拒否権はないZOY☆」

「意味が分からないから拒否したいのだけど…え、待って。これ俺の体じゃないってこと?」

「YES!ついでに言うと、もしお前がここで断ったとしても元の体に戻れる可能性は……まぁ十数%歩かないかじゃないと思うよ」

「え、え、え…精神がマジで壊れそうなんだけどぉ!!」


 そう言って目の前のソイツは、青くて丸い子育てロボットのワンシーンのようにぐるぐる慌てるように走っている。あぁ…子供たちは呆然としているし、そろそろギャグマンガによくある砂煙が巻き上がりそうなくらいには加速していってる。だが、時間もないし、人が寄ってきちゃうかもしれないし…止めるしかない。


「ラリアッットォォォォオ!!ウラァ!!!」

「ホゲフッ!!」


とりあえずソイツが次に近づいてきたタイミングにラリアットを食らわせて、ソイツは後ろへと倒れるが、すぐに起き上がる。けど、さっきと違いソイツが冷静だった。他から見たらぼーっとしているように感じるかもしれないが…うん。これ俺が記憶を整理しているときの顔だ。

 とりあえず離れて見ていたプロブ達に手招きして、ソイツに声をかける。


「大丈夫か、別人格」

「…別人格と言われるのはなんか嫌だから、タジムとでも呼んでほしい」

「じゃあ、タジム。…理解しづらいとは思うけどやろうと思えば少なくとも、その体に入る前にいた俺の体に戻ることはできると思う。お前が俺へ今すぐに聞かないといけないということがなければ、これが終わってから言える範囲で答えよう。それでいいか?」

「…OK」


そして俺はタジムに一緒に来ていた子供たちの前に立たせて、自己紹介をさせることにした。


「君たちに紹介しよう。ほら、前に」


 そう言ってタジムの背中を叩く。


「どうも、タジムです。まぁ…隣のこいつの双子の兄弟みたいなものだから気にしないでくれるとうれしい。とりあえず、作戦に移るからここまでで」

「まぁタカシさんのことだし、不思議なことぐらい起こるよね。とりあえずよろしくです!」

 気まずい空気になるかと思ったがウェリアが戸惑いながらも反応したのにつられ、みんな「よろしく!」と反応していく。そんなみんなを見ていたタジムはなんだか嬉しそうだった。…だけどさウェリアちゃん、俺にあってからまだ数時間だよ?そんな短時間一緒にいるだけでもわかるほどにおかしいかな…。


「と、とりあえず作戦実行するぞ」

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