第10話

 夜も更け、人々が眠りについた頃。ケルゾニアに立つ大きな塔の上、そこには月光に照らされた1つの影があった。




「さぁ、行こうか…もう1つの任務へと…」






-夕食後まで遡る-


「俺は情報収集のために、少しの間ここを出る」


「え…今からここを出るの?私たちの前からから消えちゃうの…?」


「いや、もう1つの依頼の為のだから…というか多分明後日ぐらいには帰ってくると思うし」


「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ…お願いだからぁ…」




 俺の言葉に対して、アロナは変な動揺をして泣き始め、同時に過呼吸になってしまった。それをすぐに桜音が駆け寄って落ち着かせようとする…これは完全に精神が安定してないな…もしかしたら、今まで秘めていた心の中にあった何かが外れてしまったのかもしれないな…早く克服してもらいたいが、今はもう片方に集中だ。




「アロナ」


「な、何ぃ…?」


「ちょっとこっちにおいで」


「…?わかった…」




 俺は自分の膝をポンポンと軽く叩いて、アロナを膝の上に座らせた。そして暫くアロナの頭を撫で続けた。それによってだんだんとアロナの呼吸は戻り、涙が引いていった。




「……本当に帰ってきてくれるよね…?」


「うん、ちゃんと帰ってくるから大丈夫だよ。それに、ここには桜音も残ってくれるから安心して待っててね」


「そうだよ!孝君が私をおいて旅に出るはずないじゃん!まぁ、勝手に行ってもすぐに特定するけど…」




 …ん?桜音チャン今、さらっとヤバイ発言しなかったかい?




「わかった…不安だけど我慢するね」


「ありがとな…そうだ!コレ渡しとく」




 そう言ってアロナに1つのネックレスを渡した。




「ネックレス…?」


「うん、そのネックレスに俺がいると思って付けていてくれ。それがきっとアロナを守ってくれるからさ」


「フフッ…」


「ん?」


「もう少し良い心の支えになる言葉があると思うけど…ありがとう」




 多分アロナは俺が元気付ける為だけの言葉を言ったと思っているのだろう…それは少し違うが、まぁ今はそういうことにしておこう。




「じゃあ行ってくる。」






-時は元に戻り-


 俺は今ケルゾニアから隣街こと、アゾウェルトへと向かっていた……ちなみに、ケルゾニア領にある街・ケルゾニアと違って、サルドラン領にある隣街・アゾウェルトは元々違う貴族の一族が管理していたため、名前にサルドラン要素がないのである…って誰に説明してんだろ俺。




「それにしても……この辺の住人達の生活環境はどうなってんだよ…」




 俺は走りながら街の外に住む人々とその周りを見る。最後にいつ洗ったのかもわからないような汚れきった服や少し押しただけでも今にも崩れそうな平屋。長い間何も飼っていなかったのか、数多くのクモの巣やカビの繁殖具合が尋常ではない飼育小屋。そして、何より…肋骨や鎖骨以外も表面に浮き出てしまう程に痩せきって死んだような顔をする人々……正直に言えば酷すぎる。だが、元の世界にもこんな場所が無かった訳でもないからこのまま助けなくても良いのかもしれない…が、一応俺は神だ。人々に“普通”というものを授ける神なんだ。人によって普通というものは全然違う。だから今から俺がすることは俺の普通というものを押し付けるエゴみたいなもんだ…




「だから真似しろとは言わない、ただ見ていろ。俺が神としての初めての仕事を……“地図”展開・[照準設置カーソルセット]…“普通化第一能力ファースト一時的職業昇格ジョブズプラス”・[僧侶]、“複数同時魔法発射マルチマジック・[万能級回復エリクサーヒール][想像創造イメージクリエイト・肉+エナジーポーション]…」




 その言葉を唱えるのに合わせ、掌を空に掲げ、そこに発動陣を作り出す。そして街の外で確認できる人間の生命反応のあるところ全てのの上空に魔方陣を発現させる。……これはかなり辛いな…魔力量に問題は無いし、制御の方だな。流石に初めてこの量の魔方陣展開したんだ…むしろこれでも普通じゃないのだろう。けど、一度決めたんだからやるっきゃない。そして、拳を……握る!




「発射!」




 街の外で弱っていた人々は優しさと希望で溢れた光を浴び、だんだんと顔色が良くなるものや目に光を取り戻した者達が出てきたようだった。が、その全てを確認をする前に俺の体にとてつもない疲労感が襲う。




「きっつ…まぁ初めての量だし、こうなるかもとは思ってたけど……どうにか街に入って休むか。ここだと追い剥ぎに遭いそうだし…」




 なんとかして歩き、警備がスカスカな時を狙い、アゾウェルトの街の塀を乗り越えるが、ちょっと限界っぽいな…




「ここ、で寝る…か……」






 孝が眠り始めて、数時間経つ。すると、あまりに無防備な彼の目の前に小さな3つの影が彼から月明かりを遮る。




「ねっちゃん、にっちゃん。こいつ良いカモじゃない?」


「そうねプロブ、服とか奪ってやろうね。それで良い?グラス兄」


「あぁそれで行こ…いや、こいつ連れて帰るぞ」


「「何で~?」」


「今はとりあえず言うこと聞いてこいつを連れてくの手伝ってくれ」


少し不思議そうな顔をしながらも2つの影はもう1つの影と共に孝を引きずり、闇へと消えていく…






「ん……え?」




 朝起きると何故か見たことのない布の上で俺は寝ていた。というか手を拘束されて、監視されていた。そして周りには30人前後の子供達が槍をこちらに向けて構えている。てか何か俺、裸なんだけど…え?こんな小さな子供達の前で息子がパオーンしてるやん…女の子で赤面している子もいるし。取り敢えず俺は近くにあった毛布を足でそっと息子を隠そうとすると、今いる中で中くらいの年齢であろう少年が一歩前へ出て大きな声で俺に言った。




「と、止まれ!動いたら…お前を刺し殺すぞ!」


「んー…ごめんねボク。お兄さん自分の大事なトコ隠したいだけだから」


「動くなって言ってるだろ!」


「……」


「な、なんだよ!」




 じっと少年を見つめていると、少年は、少し怯えた素振りを見せながらも、俺の喉に槍を突きつける。




「…いや~、君にお兄さんを倒せるほどの実力があるのかなって」


「っ~!……勝てるわ!素の状態がどんな強さか知らないけど、今拘束されているなら勝てる!」


「へぇ~………こ れ で も ?」




 俺は普段の100倍の威圧を放つ…すると子供達はどんどんとしゃがんでいき、泣き叫びながら失禁してしまう。が、そんな中で目の前の少年は足をプルプルと震わせながらも立っている。




「お、おま、えなんか、怖くないんだぞ!だ、だから勝てるんだ!」


「まぁ、その年にしてはやるな…だが」




 俺の手につけられた拘束具だが、少年の目の前で簡単に壊して見せる。すると、どうだろう…少年の顔は絶望の表情へと変わっていき、目に涙を溜めて、「あ、あぁ、嫌だ…」と小さな声を漏らす。




「少年。君の言ってた理論はメチャクチャだけど、本当に僕に勝てるんだね?」


「あ…その、ごめんなさ…」


「えぇー、嘘を吐いたのかい?残念だなー…強いのかと思ったんだけど、期待はずれか。なにもしないのもつまんないし…じゃあ君で遊ぼうか!どうしてあげよっかな?鞭打ち?それとも蝋攻め?いや、衰弱させる?…あぁ!君が選んで良いよー!さぁ、どれにする?」


「嫌だ、来ないで!…お願いだから…」


「待て!」




 失禁して泣き叫ぶ子供達とそれを見ながら笑っている俺。そんな近寄っていく俺に対して、恐怖で満ち溢れそうになる少年。そんなところに彼らの希望の光になるであろう一人の獣人の少年が現れた。見た感じ、イヌ科かな?この少年は剣をこちらに向けているが、まぁ威圧だけで倒せるだろうし…




「あれ?君、もう足が震えているのかいww?」


「…るさい」


「弱いねー…君、その時点で弱い。そんなんじゃこの子達を守れるのかい?」


「うるさいうるさいうるさいうるさい!守れる守れないじゃない…守らないとダメなんだ!」


「それは何故だい?」


「うるさいくたばれっ!」


「おっと…」




 俺のしょうもない挑発に乗り、少年は剣を振り回しながらこちらへ攻撃を仕掛けてくる。が、まぁ簡単に避け続ける。振り回している時点で戦いは慣れてないのだろう。振り回し続けて早数分、無駄に体力を割いているのか、少年はへとへとになってしゃがんでしまった。




「んー…弱い」


「うるせぇ!」


「弱すぎる。本当にこの子達を守るつもりだったのかい?」


「だったらなんだ!」


「悪いが、今の君からは守ろうとする気持ちがあまり感じられない。」


「ふざけるな!」


「ふざけてんのはどっちだ!お前は口では子供達を守ろうとしているはずなのに、結果的に今お前は敵という認識である俺に守りたいものを人質に取られてしまう位置に行かせてしまってているではないか!」


「あっ…」




 少年は自分の周りを見る。そう…明らかに少年は守るべき存在である子供達側を俺にとられている。つまり、俺がやろうと思えば子供達はすぐに殺せるということ。




「あ、ちなみにドアの向こうの子も出てきて良いよ。バレバレだからさ」




 そう言うと、横にあるドアから気の強そうな挑発の少女が現れ、少年の方へと移動する。




「チッ…バレていたのね。ごめんグラス兄」


「いや、いいんだ…なんとなくだが勝てる気はしてなかったし…」




 そう悲しそうに少年は笑う。




「さぁ、君たちはどうするのかい?」


「「…」」


「…お願いします。俺の命だけで勘弁して下さい…」


「は?」


「お願いします!」




 少年は俺に向かってすごい勢いで土下座をしてきた。まぁ、普通自分だけでも生き残ろうとするのが人間だけど、そこは凄いなぁ…でも、都合が良いなこの少年…まぁ、別に子供を殺したいわけではないけどさ。じゃあ代わりにそうだなぁ…




「…じゃあ君が守りたかった理由を教えてくれない?そうしたら、君だけで勘弁してあげよう」


「…」


「おや…?喋らないなら-」


「姉に託されたからです」


「ほう、姉か」




 姉に託された…?それだけで自分の命を張ろうとするのか…興味が湧いた。




「続けて?」


「…血は誰一人として繋がってはいませんが、このグループの一番上に“姉”と言える大きな存在がいました …」




「“姉”は昔から殆ど一人で生きていたらしいのですが、何故か僕は親にここへ捨てられてすぐ、“姉”に拾われ、ここでの生きる術を教わるようになりました。」




 ん?何か聞いたことある内容にそっくりだな。まぁ十中八九そうなんだろうが…




「ある日、“姉”は言いました。『ここで生きていくのであれば、いつかは自分の力で這い上がるという気持ちと、その為にどうするか考える頭が必要だ』と…まぁ、驚いたのはその言葉よりも、姉が全く誰にも学ばずに独学で全て済ませて内容もしっかりしていたこと何ですが…まぁ、そんな“姉”に託されました。『この子達が困ったときはお前が助けろ、この私のように。それは、男で一番年上だからとかじゃない。お前なら自分が旅立つその日まで、この子達を愛し、助け…自分自身も成長できると思ったからだ』と…まぁメチャクチャだけど、それが“姉”だったから…」


「へぇー…それで今、その“姉”はどうした?」


「っ!…」




 “姉”のことを俺から聞いてみると、少年は悔しさと怒り混じりあったような表情をして黙り込む。そのまま少年が黙ってしまっていると、後ろにいた少女が口を開く。




「…げ…のよ」


「!……違う!“姉”…“姉さん”はそんなつもりじゃ…」


「?」


「逃げたのよ!私たちを置いていって…領主の、所へ!」




 彼女はいろんな感情の詰まった涙を垂れ流し、そのときの感情全てを、そのまま表したような表情で言った。そんな彼女に俺は聞く。




「逃げた?どうして逃げたというのかい?」


「どうせ、私たちを育てることがうんざりして、その上、嫌いになったのよ!…でも、“お姉ちゃん”がそうしたとしても何も悪い訳じゃない…人間なんだから、それが『普通』なのよ…!でも…で、も…嫌だよ……お姉ちゃんは何で置いていってしまったのよ…家族じゃん」


「……」




 彼女の表情は悲しみを表すモノへと変わり、周りの子供達も先程とは違う悲しみの表情を浮かべる子が多くいた。そんな中でもグラスと呼ばれた目の前の少年は黙ったままだ。




「君…名前は?」


「…アネモネ」


「アネモネか…アネモネ。君は本当に“お姉ちゃん”が君や周りの子を置いていきたくてそうしたと思っているのかい?」


「そうじゃなきゃ、今こうなってないじゃん!」


「それは勝手な決めつけ過ぎるぞ。まぁ人間なら自分を優先にして当たり前だ。だが、それで嫌いになったと決めつけては行けない。というか本当に“お姉ちゃん”はただ、領主の所へ逃げたのだと思うのかい?」


「そ、そうでしょ」




 自分でもなに言ってるかわかんないけど続ける。




「君達の“姉”…きっとそれはアンナだね?」


「「!?」」


「何で知ってるの…?」


「何となくだ」




 アンナの名前が出た途端、子供達は表情を変え、前屈みになって俺の話を聞く。




「アンナは今、領主お抱えの暗殺等の刺客として働いている。」


「あのアンナお姉ちゃんが…刺客…!?」




 またアネモネの目からはぽろぽろと涙の粒が溢れていく…




「そう、アンナはお前達の分の税金を免除する代わりにお抱えの刺客と働いて、もう何人もの命を奪っているんだ…でも、君達のその反応からして、知らなかったのかい?」


「う、嘘……嫌だ…!そんなの信じたくなんて…」


「信じなくても、そのとき起きた結果は変わらないだけだ…」




 俺の言葉を聞いてアネモネだったが、スッ…と魂が変わったように、物凄い勢いでグラスに詰め寄り、胸ぐらを掴むが、グラスは下を向いて沈黙する。




「…グラス兄は知ってたんでしょ……」


「……」


「答えろっ!!」


「……」




 グラスはそれでも答えようとしない…それはもう肯定でしかないのであろうに。




「…黙るんだったら良いよ。私はこれからアンナお姉ちゃんを助けに行く。何があってもアイツから取り返す…」


「なっ…!」


「グラス兄が質問に答えないのなら、私がしようとしていることを止める資格もない…」






 こういうときは黙って見ているほうが安全だ。内輪で揉めているところに外部から何か言うと、とてつもなーくめんどくさくなる法則がある。まぁ、相手の隠蔽スキルよりも自分の看破が高いし、口を開かなくても相手の心情とかがわかる。なら、無理に何もせずに待と…え?何故かちびっこの1人ががこっちに目で訴えかけてきてるんだけどぉ…自分そういうの極力関わらないように…やめて!目をうるうるとさせないで!悪いことしちゃったみたいで謎の罪悪感生まれるから…!よし、逆側を向けば…ってこっちもかい。それもこっち側はみんなだし……あぁーもう!やるよ…やりゃいんでしょ!何だよこの状況…そんなこと全て顔に出ていたのか、気だるそうに俺がやろうとする意志があることをわかったからか、ちびっこ達は少しだけ安心した表情を見せる。




「…一応言うがアンナは現在、ケルゾニアにて次期領主候補殺人未遂の被疑者として軟禁という形で保護されている」




 俺の言葉を聞いた瞬間、皆は驚愕した。




「え!?…なんであんたがそんなことを知っているのよ…」


「あぁすまない…皆に自己紹介をしていなかったね。僕…いや、俺は孝。隣の領主、ゴーンの依頼でこの街に来た調査員だ」

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