第8話
外は清々しいほどの晴天の今日この頃。普通なら外で元気に体を動かすものだろう。だが、俺達が護衛になった初日からあんなことがあったからだろうか。翌日から、アロナは自分の家であるこの宿から殆ど出ようとしない。というか今俺達のいる部屋の隣室からもほぼほぼ出てこない。
「アロナは大丈夫なのか…まだ会って5日の俺たちにはどうすれば良いかはわからんけど」
「まぁ、そのうち元気になるってアロナのお母さんも言ってたし、取り敢えず隣の部屋で待機しておこうよ」
そう言う桜音であったが、少し悲しそうにアロナのいる部屋側の壁を見つめている。桜音は自分がアロナを置いて俺の増援に来たことが、アロナが引きこもる原因の1つになったとでも思っているのだろう。だが、桜音本人が言ったようにそのうちそんなこと気にしなくなるだろう。…それより今はこいつだ。そう思いながら、俺はベットの方を見る。そこには現在、起きたときのためにある程度拘束された状態で寝ている、刺客のケモ耳少女がいる。俺達のこの街での初任務から今日で3日が経った。
「こいつには早く起きてもらいたいんだがな…」
「そうだね。この娘から情報が手に入れば、この仕事もすぐに終わるだろうし…」
その言葉から少しの沈黙が続き、桜音が手を震えさせながら言った。
「あの、さ…」
「どうした?」
表情がいつも以上に真剣になっているのを見て、こちらも真面目なトーンで返す。
「…この娘の毛、触っちゃ駄目…かな?」
「え?」
あ、この人
「あのー桜音さん?それ元の世界でいうところの痴漢とか殆ど変わんないからね?普通に変態チックなこと言ってるからね?」
きっと桜音にも社会的常識は残ってるはずだよな。まさか、ここでケモナーが喜ぶ展開なんて…
「え?大丈夫。身体検査の過程だからさ毛のところを重点的にやるなんて気のせいだから」
「桜音さん!?」
俺はビックリした。普通に常識をこの世界に来るまでに捨てちゃってるし…てか、急に真顔になって確信犯みたいなこというのやめてくれ…顔だけ真顔で他が明らか変態な動きしてて、一般的に見たらサイコなんよ。というか先程よりどんどんと少女の方へと桜音が近付いていることに気付いた。すぐに桜音の両肩を後ろから出来るだけ怪我しないように押さえる。すると桜音は、普段じゃあり得ない力で前へ進もうとするのでこちらも抵抗する。
「桜音さーん!?ほんとに駄目だよー!あなたにはもう少しさ、理性とか持ってきておいて欲しかったなー」
「嫌だー!全ケモナーの夢を叶えるんだー!」
お互いに「うおぉぉぉ!」と雄叫びを上げながらの攻防を続けていると、その間にゆっくりと少女が目を覚ました。少女は起きたばかりだからだろうか。園児がお昼寝から起きたときのような少し溶けたような顔になっている。だが、こちらを見て、一瞬何が起きているかわからなかったようだが、すぐに理解したようだ。
「?………うわぁぁ!」
「お、気付いたか」
「こ、此処は何処だ!というかなんだ、その獣みたいなのは!」
少女が指差した所には、殆ど理性を失ったような状態で、俺に捕まった桜音がいる。まぁ、これじゃぁ獣だよな…取り敢えず俺は、無理矢理桜音を自分の方へ向かせ、所謂ガチ恋距離で目を見つめる。すると恥ずかしかったのだろうか。だんだんと桜音は理性を取り戻し、それと同時に顔を真っ赤にして慌て、最終的には顔を覆って地面に座り込んだ。それを見ていた少女は気まずそうだ。さっさと終わらせたいので、桜音は置いといて、俺は少女に近づき、目線を無理矢理合わせて尋問を始めた。
「質問するが良いね?」
「…」
「無言は肯定と捉えよう。まず、君の名前は?」
「…」
答えない…か。看破は簡単な能力とかの個人情報だし、名前と年齢、あとは種族くらいしかわからない…しょうがないが威圧を少し放とう…そう思い、感情の蓋を少し緩めて、彼女の力の倍ほどの威圧を放った。その上で保険として笑顔を崩さないようにして、もう一度目線を会わせにいく。
「君の…名前は?」
「…アンナ。ただのアンナ」
「年齢は?」
「…16」
「種族」
「獣人…」
「出身はこの街か隣街?それとも別?」
「隣街…」
少し震えた声ながらも彼女は答えた。嘘は言っていないな。それとただのアンナって…スラム出身か?それなら普通は領主への不満とかあるんじゃないか?俺は今聞いたことを忘れぬようにそこだけの記憶を固定し、次の質問へ移る。
「君は今回、次期ケルゾニア領主候補であるアロナを殺害、または誘拐等をしようとしたのは間違いないね?」
「…」
「…君は何故、このようなことをしたんだい?」
「…」
しばらくアンナの無言の時間が始まると思いきや、意外にもすぐに彼女は口を開いた。
「…私には血が繋がってないが、それぞれが周りの子供と協力し、少しでも皆が幸せに暮らそうとする…友であり、弟たちのような存在の子供達がいた。」
「いた?」
「私は元々、スラムに住んでいた。私は赤子の時に捨てられ、親の顔は見たことないし、自分がどこで生まれたかもわかんなかった。そんなことを可哀想に思ったのか知らないけど、スラムに住んでいた爺さんに2歳まで育てられて、それからはなんとか自分で生きてる。そう生きている途中で物心ついてから捨てられた子達に出会うようになった…」
「それで?」
「大体の子達は5歳ぐらいで捨てられて、私の人生よりは全然良い方だと思う…けど、それはそれまでの話でさ。私のように物心が付いた頃からスラムにいて、周りのスラムの住人から知恵を盗んで生きてきたような奴とは違って、ある程度は普通の家とかで育って来た子供達は自分で生きる力がまだ付いていないのが殆どだ。皆、人生が全て終わったかのように目が死んでる。そしたら何故か、そんな子達に同情してしまってさ、スラムでの生き方を来る度に教えた。最初は聞いてばかりだった子達も、そのうち自分で考えて生きるコツを掴んでいって、皆で共有する。そうやって皆が支え合ってでなんとか大人になろうとしていたんだ。けどさ、領主がスラムの人間からも税を搾り取ることを始めたんだ。」
ん…?それって普通のことじゃないの?でもこの世界の法とかはよくわかっていないし、スラムの人間はどういう扱いなんだろう…それがわかっていないので取り敢えず言ってみる。
「ほう…まぁ、住人から税を徴収しても、別におかしくはないんだと思うんだけどなぁ…」
「いや、この国ではスラムの住人は法で守られていて、住民税は免除されるんだ。というか知らずに入国したのか?」
いや、だってなにも教えてもらってないんだもん…そんなことは言葉にできないので、そこに関しては無視を決め込もう。
「ま、まぁ不正徴税ってことになるか。でも、国が守っているのに何故それが無効になるんだ?」
「実はその法は実質機能していないんだ。スラムの住民はスラムで暮らしているという証明がなければ、その法の保護下にならない。だから、領主側としては住民票だけ管理していれば、税を回収できるの」
えー…イアンさんこの国の法律普通にガバガバ過ぎません?…でも、王城の奴等を見た感じはそんなもんか。明らかトップのジジイ共腐ってたし。
「まぁ私達のところに来て
しばらくその場に沈黙が流れる。正直その領主の発言は極端だし、この国だからだとしても、本当に伯爵だとは思えない。多分裏に何か居る気配もあるし、依頼関係なく調べる必要があるな。
「…尋問は以上とします。じゃあ桜音、拘束具外して良いよ。俺はそれを確認したらちょっと出掛けてくるから」
「りょ」
「え…」
アンナは自分に付けられている拘束具を外されると聞いて困惑する。まぁ、普通なら拘束具外される筈ないのだから、正常な反応だ。全ての拘束具を外されたアンナだが、俺が怖いのだろうか。先日とは違い、今は全く攻撃の意を示さない。そして、俺は部屋から出る瞬間、アンナに言い忘れたことを思い出した。
「あ、一応言っておくけど、アロナに手を出そうとしても良いけど…危害を加えようとした瞬間、その行動に対して呪縛が発動し、内蔵を破壊するから。ま、桜音がいるからそんなことできないだろうけど」
その言葉だけ残し宿を出て、俺は領主館と、とある場所へと向かう。…その前に、
「
「ヴォエッ!」
「見事命中したねぇ♪」
俺は攻撃を受けて腹から肉が飛び出て蹲ってる男に近付き、しゃがみこんで相手の顔を覗き込む。明らかにこいつの動きがストーカーみたいだったからさ、攻撃してみたかったんだよねー。さぁ、この男を使って相手さんに威嚇させてもらおうか…取り敢えず出た肉を戻して、傷を塞いで…っと。男は傷が塞がったことに驚いた後、俺の顔を見て涙や鼻水を出し、絶望した顔で震えている。こいつには俺がサイコパスにでも見えているのか?そんな状態でも俺は男に話しかけた。
「ねぇ…おじさんは隣街の領主からの刺客だろうから、伝言を託すね」
「ど、どどどどういうことだぁ…」
「五月蝿い黙って返事しろ」
「ヒッ…」
優しそうなボイスからドスの利いた低い声に変えると、男は口を塞ぎ、ピクピク震えながら首を縦に荒ぶるように振る。それを見てもう一度優しいボイスに戻す。
「おじさんはただ、お隣の街にいるご主人様にこう伝えるんだ。『お前は次の満月を無事に見られるとは思わない方が良い。さぁ、神の裁判へようこそ』と」
「…あのもしもですが、言えなかった場合は…」
男が震えながら訪ねてくるのを見て、俺はクスッと笑い、言った。
「言える言えないじゃない…言うんだよ。ついでに言わないと寿命が縮んでいく呪い掛けたから早く行けば?」
そう言うと、男は血相を変え、走っていった。さぁ、さっさと裁きを下してしまおうかと思ったが、この国にも潜んでいるかもしれないな…そんなことを思いつつも領主館へ着き、ゴーンの執務室に何も言わずに入り、ゴーンの胸ぐらを掴む。
「…どうした、少年。私が君の彼女か誰かに手を加えたかね?」
「オッサンに大事なこと聞き忘れていたな」
オッサンの笑顔だったのが真顔に変わる…それはきっと、俺の目を見てそうなったのだろう。その状態で俺は聞く…
「お前は…王位継承争いで誰に付く気だ?」
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