Chapter13「誰かのため、という意味」
沈んでいる意識。
繰り返される光景。
俺はいま、夢の中だ。
俺が炎を扱えなくなって、はや数日。
俺が扱っていた炎は、最初からお前のものじゃなかったのだと告げられたようで。
・・・相手がいるのに、浮気なんぞするんじゃない───なんて、言われたような気がした。
そんな覚え、欠けらも無いのに。
あの子にもう一度出逢い、今度こそ守りきる為に。
みんなに正道を歩めるように、俺がみんなを守るために。
────
・・・返答はやはり、ない。
そもそも、力を貸してくれたという事実が俺の中で思い当たらないのに、どうしてそんな思考になったのかも分からない。
『だからこそ────』
そしてまた、星のような少女の声が聞こえて
『────目を覚まして、ルフト』
それが、また目の前に現れたような気がして
待ってくれ、と。
そう意識の沼から現実に戻るために手を伸ばした。
「ひゃい!?」
そして
「あ、ああああ、あの・・・そんな朝っぱらから・・・」
ああ、そして────
「いやその、わたしはやぶさかじゃないけど、まだ14だしその・・・」
そし、て・・・
「───・・・」
────予想外なモノを掴み取ったことで、頭が真っ白になるのだった。
いや、待て。
ちょっと待って。
待ってくださいお願いします。
何なのでしょうか、この展開は。
さっきまでの鬱屈と苦悩がいきなり木っ端微塵に砕け散ったのだが、いったいどうしたことか。
さっきの夢と比べて高低差が激しすぎませんか?
シリアスしてた自分がやたら恥ずかしいんですが何これ。
とか、まぁ、そんなことを考えている今も絶賛混乱中。
ぐるぐると駆け巡る思考回路に今も身体はフリーズ中で、押し倒された女の子も子鹿のように震えるしかないわけで。
事態を飲み込めず、お互い硬直して数秒が経過し
「んっ・・・」
それでも当然、彼女は呼吸はするのだから。
もにゅりと、14歳ながらも意外に育ち自己主張する女性特有の柔らかさが手のひらに広がっていた。
その感触に、意識が遠のきそうになる。
「あの、ルフトさん・・・その、嫌なわけじゃないんだけど、これは二人きりでゆっくり出来る時に・・・」
何故かこう、ルイは嫌でもないどころか満更でもなさそうなのが本当によく分からない。
「───は、はは。あはははははは」
そして俺は、そんな恥ずかしげな返答になんか色々限界だった。
さようなら、グッバイ現世。
何が今度は俺が守るだボケ。
色情魔ルフト=ホシツキ、ここで眠るで丁度いいというわけで。
「ああ、もう駄目だ───切腹しよう、そうしよう」
自分の馬鹿さと駄目さ加減に諦観の笑みを浮かべながら、ルイの胸から手を離して・・・そのまま静かに頭を下げた。
地へ額をこれでもかと擦り付ける。
まさにザ・土下座。人生最後となる謝罪を見せながら、自分自身を呪いつつ俺はケタケタと乾いた笑いを吐くのだった。
鬱だ、死のう。
「すみません、ルイさん。思春期真っ盛りなあなたの胸を蹂躙した不埒な所業に対して自分は、産廃以下のゴミ男として弁明ひとつ言える立場にございません。
クズですね、カスですね、ゴミですアホです死ねばいい。
故意ではなかった?言語道断ふざけるな。
謝罪ひとつでチャラになるほど女性の乳房は安くない。
クソ童貞の自分にも重々承知の真実ですとも。
騎士の風上にもおけない痴漢に押し倒され、思うがまま揉みしだかれたあなたの苦悩に至っては筆舌に尽くしがたいと言えるでしょう。
真に、真に申し訳ない。
なのでいざ、俺は今から婦女陵辱の裁きとして腹を切って償いたいと思うのです。
どうかその死に様で納得してはいただけないかと存じますが、いかがでしょうか」
「えっ、いやあの、切腹!?そんなことする必要ないから!思い直してよルフトさん!?
不慮の事故だったし、本意じゃないのは普段のルフトさんから分かってるしさ!
それにほら、起こそうと近寄ったのはわたしの方だし・・・」
「いいえ、これは全て男の責任です。ラッキースケベなど死ねばいいッ
期せず相手の肢体に触れたり、都合よく着替えに遭遇してみたり、そこにどんな偶然や理屈が存在していても、初対面や交際前の女性を辱めることが肯定されていいはずが?
断じて否!否でしょう!
男の沽券と乙女の涙が釣り合うはずなど、そもそも端からないのです。
よって当然、俺はさっくり死んで詫びるべきであり、あなたもまた優しさゆえに止める必要もございません」
「それを言うなら、わたしの身体が釣り合うとは思わないし・・・
な、なにより、わたし自身ルフトさんにがっつり触られて、その・・・」
「非常に心が傷ついたと!ならばもはや是非もなし」
傍に置いていた剣の柄に手を伸ばす。
この世を離れる覚悟は完了。
淫猥な
「さあ、いざご照覧あれッ───」
「いやいや、アホだろお前」
介錯の寸前、横合いから飛んできたのは側頭部へのヤクザキック。
あまりに突然の暴力に切腹は中断され、俺は無様に床に倒れ伏した。
痛みを堪えながら見上げると、そこにはルイの兄であるランドが呆れ顔で見下ろしていた。
「人の妹に何してくれてんだゴルァ、て言い損ねる位にはガチだったからよ。許してやる通りこして心配になるわ。切腹マニアは流石にどうかしてるぜ?」
「失敬な。命以外の何で償えと言う!」
「クソ真面目な・・・どんだけ自分の価値低いんだよ」
「無論、おっぱい以下だ」
加えて言うなら乙女の純情以下なのは間違いない。
こらそこ、何故ため息をつく。
とまぁ、「これ以上の謝罪はむしろ収集がつかない為、そこまで」とされてしまったので丸く収まっていった。
シスコン拗らせているランドでさえ許して貰えたのだから、これ以上は無いだろう。
「でだ、心配で俺も様子見に来たが・・・さっきの切腹の下りで元気そう・・・は流石に無いか。しんどそうだな」
「ランドまで悪いな・・・相変わらずこの様だよ」
遂には友人にまで見舞いに来てしまう位には、俺はかなり体調が悪そうに見えるらしい。
どれだけ頑張りたくても、倦怠感がとにかく抜けないのだ。
お前は最初からそうだった、と告げられたと思ってしまうくらいには。
「でも、なんかこのくらい気の抜けたルフトさんの方が自然体って感じがするな」
「そうかな?」
「確かにな。お前と楽しく時間を過ごしたり、笑ってるだけでも救いになってるところ、正直あると思うぜ?」
兄妹揃ってなんか甘やかされている気がする。
俺もそう言われて悪い気はしない。
・・・しない、のだが
「でも、俺は騎士だからな。
みんなが正道を歩めるように、俺が頑張ってそれが出来るだけの環境を守りたいんだよ」
それが、俺の騎士としての役目だと思っているから。
だからその役目を果たせない今は、なんとも情けないと感じる訳で。
「・・・そこまで気負うこたぁ無いんじゃないか?
いやまぁ、分かるぜ?真っ当に向上心抱いて生きていくのは立派だってのは。
でも、なぁルフト。お前の言う"誰かのため"てのは、その誰かに正解を与える事なのか?」
「正解を、与える・・・?」
何か違和感を感じたように顎に手を当てつつ考え込みながらランドは言う。
俺はその問いで核心を突かれたような気がするものの、パッとその意味を理解出来ずにいる。
「背負い込もうとし過ぎなんだよ。お前一人に守られながら、てだけじゃ俺は嫌なのさ。
俺が望むのは、傷つきながらでも、間違いながらでも、誰かと一緒に手を取りあって歩み続けることなんだよ。
それが正道かどうかは、わかんねぇけど」
俺はそこに、答えはなかった。
もしかしたら俺は、無意識に守るべき人達の事を、導くべき人達と思っていたのだろうか。
もしそうだとしたら、俺はなんと傲慢なことだろうか。
「・・・ほら、ルフトさん。また思い悩んでる」
苦笑するルイに、俺はハッと顔を上げる。
ああそうか、こういうことなのか・・・と少しだが自覚出来た。
皆からは、俺がいつもそんなふうに考え込むように見えていたんだと。
「・・・ありがとう、二人とも」
それに気づけたのは、紛れもなくランドとルイのお陰であり、素直に礼を言う。
二人は笑みを浮かべた。それでいい、と告げられたような気がした。
時間は過ぎて、朝食を食べた頃。
俺は家から出て、周りを見渡した。
視線は結界へ
その結界には怪物が爪をたて、それに気づいた瞬間─────怪物は、結界を砕いて侵入してきた。
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