Chapter11「翼、広がらず」


俺は不調に陥っていた。

デイビッドが援護に来てくれた戦い以降、体の倦怠感が抜けず、更に加護が発動できなくなっていた。


前例にない急激な不調。

一度メイビスさんに診断を貰いにはいったものの、身体は健康体そのものだった。


「そうか・・・常に激戦故に身体に響いたのだろう。だが待っているよ。君なら誰かのために成せると」


教皇からはそう労われ、特に減俸などはない。

ハジの村で静養しつつ、通常の勤務を命じられた。

確かに怪物の侵入が多い村だが、今回は直ぐに救援が来るようにハジの村周辺にも騎士が見回りに来ている。


これにて安心。

そう思うのが普通なのだろうが・・・。


「ごめん、ルイ。本当に不調なのか分からない俺にこんなに世話させちゃって」

「いいんだよ。兄さんからも頼まれたことだし、それにルフトさんが仮病使ってるなんて誰も思っちゃいないからさ」


村で同い年の住人であるランドの妹、ルイが俺の夕食などを持ってきてくれるようになっていた。

14歳になったばかりの彼女は、それこそ思春期で色恋沙汰もあろうにわざわざ俺の為に見舞いのようなことをしてくれるのだから頭が上がらない。


「困ったら何時でも言いな。いつも助かってる立場だから、こっちも何か助けになりたいのさ。ルフトの為なら、私も頑張れるからさ」

「本当にありがとう。そんなことまで言われたら、ランドからまた妬かれそうだ」


そう言うと何故かむくれた顔をする彼女。

何か不味いことでも言ったのだろうか。


「でも君のお陰で元気になれそうだ。いつも元気は貰ってるから」

「なら良し!じゃあまた明日!」


だが次の一言ですっかり元気になった。

よく分からないが、まぁ元気になったなら良し。

安心して彼女の持ってきた夕食をいただくことにした。


『ホントに鈍いな・・・でもいい子だな。取られちゃいそう』


そして何を言っているんだ、俺の頭に響く声は。

俺は俺なりに誠意ある対応してるつもりなのに。


『相手の欲しい言葉を的確に与えるの、本当に良くないと思う』


・・・何故か、拗ねられた気がする。

その声色に、懐かしさが色濃くなるようで・・・その理由がやはり分からない。


ともなく暖かい夕食をいただきながら、その後やることは決まっていた。

もう一度、メイビスさんに診てもらおう。

消えない倦怠感、やはり健康体という診断では説明がつかないのだ。





そして夜、直ぐに俺はメイビスさんに診てもらうことにした。


「明らかに、ただの体調不良や疲労じゃないと思うんです。何かこう、生き物として活力みたいなものが抜けていっているというか・・・」


比喩的な言い方をするならば、妄執が足らないというべきか。

とかく何かしらの欠落が起きているのは間違いがない。

確信できる────


「だから、もう一度診てもらいたくて・・・」

「そうね───そんなに心配することでもないんじゃないかしら」


しかしメイビスさんから出たのは楽天的な回答。拍子抜けするほどの事を言いながら、笑顔を向けてくる。


「そう、でしょうか・・・」

「初めての討伐期でも、戦闘の直後に倒れたでしょう?

それと同じものと思っているけれど」


しかし俺は納得がいかない。

自分は焦っているという自覚を持っているものの、これで焦るなというのは無理からぬ話なはず。


「あの時は単純に、身に余る出力を行使した反動で説明がついたかもしれませんが・・・でも今は状況が違うんです。二度目の討伐期以降、俺は安静にしていたし加護も使っていないんですよ?」

「けれど、生体情報は正直よ?むしろかつてないほど正常な状態を示しているから、こちらとしては何とも言えなくて・・・。

いずれにしても、もう暫くは様子見ね。前例が当てはまらないのなら、より慎重を期すべきだと思うし。


ともかく、今はゆっくり休みなさい。

ルフト君の頑張りなら、長い休みでも許されると思うわ。教皇様と騎士団長のお気に入りだし


それとも、今日は私の寝室で泊まっていく?いつでも診てあげられるわよ?」

「あ、いや、それは────俺にはがいますのでッ!」

「残念、私は構わないのに」


俺が感じる違和感は止まらず加速する。

彼女の対応は、やはり変わらない。

だが、こうしてにこやかな笑顔を向けながらも、まるで目の前にいる俺という人間を見ているようで見ていないような気さえして・・・。


だがそんな不信を問う訳にもいかず、内心の葛藤を顔には出さないまま、俺は医務室を後にした。





「ルフト君、頑張って。あと少しであなたはやっと永遠に休息を得られる」




そんな言葉を耳にした気がしたが、しかしそれを聞き返すこともなく

俺は廊下を抜けて、宮殿を後にして月を仰ぐ。


やはり、焦りは収まらない。

俺を取り巻く世界が少しづつ崩れている。

俺という人間を今まで形成していた、核のようなものがあやふやになっていく。


水面下で静かに進行する、取り返しのつかない決定的な何か───それが目に見えるようになった時、どうなるのだろうか。


そして、が必ず訪れる理由もない確信が俺にはあって・・・それに大して心を備えるしかないと思いつつ・・・。


「なんだよ・・・がいますので、て」


メイビスに最後に言った自分の言葉が、違和感なく納得してしまっていた事実を思い出した。

それは誰のことだ。なんの事だ。

そう考えているうちに、記憶の中にいたの輪郭が浮かんで────


「っ─────!」


頭が酷く痛んで、思い出せることなく時だけが過ぎてしまい。

違和感を残したまま、俺はハジの村に帰るしか無かった。








メイビスは、ルフトを見送っていかほどか経った頃合にその笑みの性質が音もなく変貌した。

他者に向ける社交的な親愛の感情が抜け落ち、代わって浮上したのは自分独りで噛み締める秘めやかな愉悦。

それは、勝利への第一歩に至ることを確信した者だけが浮かべる類の笑み。

身震いしながら自身を抱きしめ、悦びの吐息を漏らす。


程なくして入室する男。

それは教皇カリスト、そして騎士団長デイビッド。


「彼の状態はどうだったかね?」


前置きのない教皇の第一声。

そこに驚きは何も無く。


「彼の魂はもう、。蝋の翼は燃え尽きて、遠からず彼は抜け殻となる。

お互いが望んだとおりに、彼はになる」

「そうか・・・ならば良しだ。最果ての星を呼ぶ器は、彼しかいないからな。そうでなくては困るのさ」


結果は、もう少しで顔を出す。

メイビスもカリストも、望む結末は違うものの、ルフトに下す末路は同じ。

悦の笑みを交わし、計画の順調さを祝福する。


(・・・あと僅かで、お前とは別れることになるな・・・ルフト)


目を閉ざし、同じ師から学んだ仲間を想うデイビッド。

しかしデイビッドが望む救済の為に、彼は選ばれてしまった。

生贄として選ばれた末の友情、それは後に別れを告げるものだと理解しながら、平気な顔で関わっていた事実に心を痛めつつも。


(すまない、許しは請わない────だが俺は、彼女を救いたいのだ)


何もかもを投げ打って、救いたいものがあって・・・果たしたい未来があったから。

それでも、と・・・彼はとしてその時を待っている。






「────今度こそ、貴女を救う為に」


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