Chapter10「無双の神剣」


「まだだ─────」



次の討伐期は、それほど間を置かずにルフトも参加することになった。

前回の討伐期で騎士を多く失った為に、この短期間で行われる事になってしまった。


それに加え・・・ルフトが自ら志願したからでもある。

急激な進化を遂げた悪意の怪物を知る生き残りだからこそ、その責任を感じてこのように戦っている。


変わらずルフトは業火の翼を纏い、赤熱した刃で斬り掛かる。

対して怪物は、巨人だった。

それも複数、圧倒的なフィジカルで騎士たちを寄せ付けない。


だがルフトは止まらない。

前へ、前へ────巨人の魔の手をくぐり抜け、少しづつ傷を加えていく。


「ぐっ・・・!!」


だが巨人もやられっぱなしではない。

拳でルフトを殴り飛ばす。

身体が軋んで砕けそうな程の衝撃だが


「まだだッ!」


無論、それも"知ったことか"と立ち上がる。

幾度も、幾度も、己を薪にするように。

蝋の翼を燃料に、出力を上げていく。




『やめて、ルフト。お願い────私を"視て"』

「っ──────」



また、声が聞こえた。

初の討伐期であの少女に出逢ってから、時折語りかけてくる。

しかも能力を使えば使うほど、その頻度は増している。


止まって欲しい。

知らない何処かに飛び立たないで。

あの日のままでいて欲しかったのに。

切なる願いが、常にルフトの頭に語りかける。

だが────


「黙れッ・・・!」


今のルフトに、それは届かない。

己の幸福を投げうち、誰かの為にと命を燃やして戦う光の殉教者は制止の祈りを跳ね除ける。


あの日のままの餓鬼ルフトでよかったなど、断じて認めない。

何もかもを守りきれなかった自分を許せないからこそ、その制止も認められない。


「まだ、まだ、まだまだまだだ。

強く、力を、炎を、理想を、未来へ希望へと────捧げた果てに罪業きみを救う」



膨張し続ける炎。

蝋翼イカロスのように、何も恐れず羽ばたこうとする。



『そしてまた───私を一人ぼっちにするの?』

「 」



その一言で、ルフトの決意に孔が開く。

瞬間、ルフトの炎は蝋燭の火を息で吹き消されたかのように消失した。

代わりに埋まるのは・・・一人ぼっちにさせたと、ことで芽生えた罪悪感。


「あ、ぐッ・・・!」


直後、ルフトは膝をついた。

赫怒の炎は再び燃え上がることなく、ルフトは急激に力を失っていく。


「な、んで・・・」


炎を呼べなくなったルフトは立ち上がれない。

全身から抜けていく力。それはまるで、燃え尽きたかのように。


「それほど迄に、俺の祈りは弱いのか・・・?」


心が、決意が、魂が、灯火のように小さくなることへの疑問に誰かが答えをくれるはずもない。

その代わりに近寄る恐怖。

巨人はこちらを見つめ、そして巨腕を振り上げ─────







「その位置から動くな、ホシツキ卿。

刃は掠めるかもしれんが、我慢しろ」


刹那、煌めく至高の剣閃────極めた絶技が空を絶つ。

滑るように放たれる神速の刃、人間の知覚速度を振り切る二十三の斬撃が、巨人とルフトを中心に解き放たれた。


ずるり、と。

聞こえないはずの異音が響いた直後。

世界は刃の軌跡に断たれ、巨人の身体と大地と木々が、縦横無尽に分割される。

被害は無論のこと、騎士を襲う敵のみ。

味方を正確に避けながら事も無く殺すべき者たちだけを一切残らず鏖殺した。


その姿。聖域で暮らす者たちに知らぬものはいない。

逸らず、語らず、粛々と。

総てを切り裂く無双の神剣、すなわち───


「騎士団長、デイビッド=ウィリアムズ───これより交戦を開始する」


────歴代最強の騎士団長、降臨。

聖樹の歴史に君臨する心技体を極めた魔人が、長刀を手に怪物を無感情な瞳で射抜く。

真に鋼の刀剣が如く。


「ウィリアムズ卿!助かりました!しかし、何故ここに!」

「教皇様の命だ、後は俺がやろう」


そして、ルフトの方を一瞥して命に別状は無いと判断して直ぐに再び怪物の方を見て。


「ホシツキ卿を連れて急ぎ帰還するがいい」

「了解しました!ホシツキ卿!」

「ありが、とう・・・みんな、デイビッド・・・」


そう命令を下し、もはや案ずることは無くなった刀剣は巨人たちに刃を向ける。

ルフトは仲間の騎士たちの手を取り、そして戦場から離れていく。

よって、これより始まるのは静かで当たり前の結果しか産み出さない独り舞台。


「見えているぞ」


その一言の瞬間には、既に刃は滑らせている。

そして、後方にいた大木を投げつけようとした巨人の腕は綺麗に輪切りにされて力を失う。

直後、またも十を遥かに超える斬撃が滑空して後方にいる巨人をバラバラにした。


デイビッドの受けた加護は、実に単純────斬撃延長能力。

放った斬撃の距離を伸ばすという、本来ならただ近接攻撃が遠距離まで適応される程度のもの。

決定打にするには足らない、実に微妙と呼べるはずの能力。


しかし────


「次だ」


またも、次の巨人を解体する。

このように、デイビッドの放つ斬撃は苦もなく怪物を輪切りにする。

そう、デイビッドの真価は極めた剣技に他ならない。

斬撃延長は、その剣技のオマケのようなもの。

使い手がこのように絶技を放てる人間であれば、容易く必殺の域に達するのだ。


小細工も、圧倒的な力も一切不要。

怪物をただひたすら切り裂く刃となればいい。

斬鉄の継承者として、これ以上ない完成度を誇る彼は・・・


「では、貴様で最後だ」


もはや語るまでもなく、全ての巨人を切り裂いた。

ルフトの焔と対照的に、ひたすら静かな戦場だった。


「・・・戦闘終了、帰還する」


全てが終わった故に、もう此処に用事はなく。

デイビッドは無感情に聖域へと帰って行った。

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