Chapter8「聖樹の神子」

「────で、また張り切り過ぎたのね?」


耳に痛い一言。

夕刻まで師匠と稽古した結果、かなり疲労が溜まり、大きく予定から遅れて医務室に寄った。

そこで待っていた女性、メイビス専門医は呆れた顔で俺から話した事情を聞いた。


「訓練もいいけど、非戦闘時まで身体を酷使しすぎるのも考えものね。一応加護で無理したあとだっていうのに。


可哀想に、筋肉や内蔵もあなたの不人情さに泣いてるわよ?」


微笑み、俺の手や足に触れながら言う。

その視線はやんちゃな子供を咎めるような優しいもので、なんともバツが悪かった。


常に状態の変わる怪物と戦う、加護を受けて強化された人間の身体は常に調整しなければならず、寄って彼女のもとへ参じるのも重要な任務なのだ。


美人メガネである彼女との接触に、宮殿周辺やハジの村の男に役得とか言われたりしたが・・・まぁ仕方ない。実際のところ、このようにお叱りを受けたのだが。


「すみません。良い師に再会したもので。

つい嬉しくて熱中してしまうんです」


加護を受けていないながらも無双の腕前を持つ師匠にしごかれて、よくこの程度で済むものだと思う。

今回も総合力は良いが、フェイントや一芸特化が不足していると指導を受けて、試行錯誤の末に疲れ果てているわけだし。


「でしょうね。真面目なのは美徳だけど、あともう少し自分の身体を大切にね。


それで話は身体の調子に戻るけど・・・ふふ、ごめんなさい。さっきのは私のちょっとした冗談よ」

「はっ?いやその、冗談とはいったい・・・」

「変わらず好調ってこと。むしろ強靭になってるみたい。限度を越した出力だったみたいだけど、


その例えに、俺は首を傾げる。

加護は確かに、騎士に力を与えるものだが、守ってくれるものでもない。

本来限界のある人間の身体能力を底上げしているのだから、その時に負担がかかるのは当然の副作用だ。


だけど、俺は更に限界を超えた酷使をしたはずなのに特に身体の異常は見られないらしい。

それこそが異常、だとは思うのだが。


「ルフト君の身体に、何か秘密があったり────なんて」


からかうように、俺に顔を近づけてクスクス笑う。

あまり異性に耐性は無いんだから、そういうのはちょっと勘弁して欲しい。


「ごめんなさい。ちょっとした悪戯よ。それよりこれからも身体に気をつけてね?

私もだけど、ハジの村の人達にも心配かけてるみたいだし」

「あはは・・・帰ったら大変そうだ。メイビスさんにも迷惑かかってるみたいだし」

「優しいのは結構だけど、なら尚更気をつけるように。

大丈夫、ルフト君は充分に頑張ってるわよ。みんなにもそれは伝わってるから」


そうだろうか、と疑問符を浮かべる俺にメイビスさんは苦笑した後に微笑む。


「どうか自信を持って。騎士は強さだけじゃない。

だって人間、大切なのは想いであり、心でしょう?精神こそ人を現す真価だと思うから。


そして諦めず、少しだけ楽しみながら頑張って。あなたの心がそれを望み続ける限り、いつの日かきっと目指した姿に羽ばたけるわ」


その激励に、俺は気が少し楽になって


「ありがとうございます。それじゃ俺は失礼します、メイビスさん」


笑顔でそう応え、俺は医務室から退室した。







「そう、諦めないその心が運命を変えることを祈っているわ。

あなたの身体が、全てが終わった後にも無事である事を祈るしかない。

何も出来ない私の弱さをどうか許して、愛しいあなた・・・」




一人残ったメイビスは、椅子の背もたれに体重をかけながら呟く。

その呟きは、誰にも届くことはない。












聖樹、その目の前に一人の青年が立つ。


デイビッド=ウィリアムズ。

騎士団長である彼は単独の行動が許されている。

そして・・・を知る権利を持つ。


「・・・失礼致します」


誰もいない聖樹の広場。

デイビッドは、聖樹に触れる。

目を瞑り、意識を聖樹の触れる手に集中する。


「入れ」


簡潔に、少女の声が響いたのち







デイビッドの視界は、木の中に直接入ったような空間に変わる。

聖樹の内部に、デイビッドは入ることを許された。


「なんの用?デイビッド」


そして中心には玉座のようなものがあった。

声の主は、そこに座している。


聖樹とは・・・星殺しを封じ、聖域という結界を作り出した神の如き木。

そう伝えられたが、滑稽なことだ。

誰も、そこに疑問符を浮かべない。

長い時を重ねて、と認識されてきたから。




「何用、というほどではありません。聖樹様・・・いえ、ロア様」



ああ、まったく。

まさか聖樹の中に座して、聖域と加護という恩恵を授けているのが・・・少女だったなどと誰が予想したのか。


玉座の主は、黒い髪であること以外はソフィとルビィと容姿が似ている幼い体躯のロアという女性。



「・・・なら出ていって、おまえでも気楽に来ていい場所じゃない」

「必要と判断して、私が訪問しているのみです」

「・・・必要じゃないと思う」

「元より、あなたはもう自身の役割を全うする以外、何も考えていないはず。感じる必要もありません」


ロアは、歩み寄るデイビッドを見上げる。

印象を一言で表すならば、"虚無"。

瞳に光はない。表情もない。

感情は何も無く、そこに在るだけ。


「・・・ロアを、救おうとしているのか」

「貴女が聖樹の神子になった、その時から私の誓いは変わりません」


聖樹の神子。

ほんの一部の者しか伝わらない、聖樹の真実。

代々、ロアの家系は聖樹の神子になることが確定されている。


その真実は、あまりにも残酷。

星殺しの神を封じているのは、聖樹ではない。

その中にいる、神子の身体に封じられている。


星殺しの神は、常に悪意により破壊神として荒れ狂う。神子はそれを封じる器となれる故に、封じる役割を課せられる。

しかし星殺しの神という存在はあまりに強大。感情という余分を捨てなければ、封じることが出来ない。


しかし、人はいずれ老いるもの。神子は子孫に、その役割を継がねばならない。

よって先代の神子から、次代の神子へと徐々に星殺しの神の呪いを移していく。

そして追い出された感情は、善と悪とで二つの遣いとして召喚される。ロアの場合、それはソフィとルビィにあたる。


「あれから8年、早いものです」


完全に神子になることにより、身体の成長は止まってしまう。ロアは幼い見た目をしているが、実年齢はデイビッドと同じ20歳となっている。


「今までロア様は、我々のやろうとすることを理解していながら、特に罰も与えませんでした。理由を聞いても?」

「・・・わからない」

「やはり・・・何度聴いても、そうお答えになる。

・・・何故なら、貴女は神子になることの意味を理解出来ない年齢だった。

ただ流されるままに、その役割を課せられた。

今は感情がない故に、流されるがままだった頃の感情しか覚えていない。


故に貴女は、という事に答えを持たぬのです」


ロアからの返答はない。

事実、そもそもはそこに答えはないから。

そして返答する必要性もないから。


「・・・ですが、私は・・・、忘れません」


更にデイビッドは、ロアの温かみが無くなった手に触れる。

真っ直ぐに、普段は見せない決意の瞳がロアを見つめ





「貴女が完全に神子になる直前に─────俺に"怖い"と言ったことを」




それこそが、デイビッドの決断の原動力。

幼かった少女が、ただその役割を引き受けねばならなかった現実と、その原点となった歴史を怨み、故にそれを打ち砕くべく動き出した起点を想う。



「・・・それでは、私はこれにて」


手を離し、デイビッドは踵を返して聖樹から出ていった。


残されたロアは、手に残った体温を不思議そうに見つめて・・・しかし直ぐに彼女は虚空を見つめ、ただそこに在るだけとなった。

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