Chapter7「報告と再会」


「入りたまえ」


ドア越しに聞こえた許可の声に続いて、俺は入室した。


ここは教皇の執務室。

騎士の敬礼をし、眼前に立つ人・・・カリスト=ウィリアムズは帰還した騎士に対して頷きを返した。


「ルフト=ホシツキ下級騎士、復帰致しました。帰還の報告が出来ず、誠に申し訳ありません」

「構わんよ。貴公の復帰を確認しよう、ルフト=ホシツキ下級騎士。

激戦を潜り抜けた者に鞭打つほど、私は狭量じゃないつもりだ。どうか楽にしてくれたまえ」


敬礼を解き、直立する。

教皇カリストは、小さくため息を着く。


「さて、ホシツキ卿。復帰早々になるが・・・君にとっても、私にとっても、非常に残念な事実から伝えなければならない。


昨晩の討伐期に出た騎士たちは、悪意の怪物により全滅した。

残存人員は、君と君が逃がしたクライム=ハワード下級騎士のみとなっている」

「────」


流石に、絶句するほかない。

予想していたことではあったが、改めて突きつけられた現実に思わず俺は息を飲む。


ふと視線をデイビッドに向けると、彼も黙って小さく頷くのみ。やはり本当のことらしい。


「むしろ、お前のお陰で一人助かったと言える。獅子奮迅の活躍だったとも聞いている。だが・・・」

「他の二人組ツーマンセルは全て一方的に食い潰されたというわけだ」


ならば当然の結果として、現実的な戦果は無慈悲な数字を露呈する。

一晩で10人の騎士を失ったという事実は、これからの討伐期を思うと、かなり手痛い損失であったことは間違いない。


喪われた命を想い、俺は拳を握りしめて震える。

無我夢中で命を燃やしたあの奮闘で守れたものが、先輩のみだった事実が胸の奥へ貫いていた。


そんな、重い空気の中


「すまなかった」


ふいに目の前まで歩み寄った教皇が頭を下げた。


「すべては私の責任だ。このカリスト=ウィリアムズ、慙愧に堪えない」


思わず呆気にとられる。

教皇カリストは言うまでもなく、この聖域を統べる頂点。

そんな人が俺ごときに低頭して謝罪する光景がうまく飲み込めない。

少なくとも、俺が知る限り異例中の異例だ。


「怪物の進化はこと細かく記録したつもりだ。そして、その進化の予測も我々の仕事だったのだが・・・このような事態になることを予測しきれていなかった。そんな危険域に、みすみす君たちを送り込んだことになる。


私は教皇ではあるが、騎士たちを取り締まる指揮官でもある。そんな指揮官として無能の謗りを免れないのは事実だろう。重ねてここに詫びさせてもらう」


そんな謙虚で誠実な対応を前に、何と言ったらいいのかわからない。

教皇は頭を上げ、俺たちを見据える。そこには微笑が戻っていた。


「ともあれ、よくぞ生きて帰ってきてくれた。たとえ生き残りが君とあわせ二人だけでも、私はそれを純粋に嬉しく思うよ」









あれから俺は、昨晩の戦いについて答えた。

あの形態、単体としては大したことはない。

なりたての騎士でも、五体程度なら軽く捻り潰せるはず。


だがやはり、あの怪物の姿の真価は質より量の両立だった。つまり、弱い形態と強力な形態の中間層。

下級や上級相手に数を変えて挑む・・・と、かなり人間寄りのタイプだったと言える。

無論あれが本当に人間で、人間を爆弾にして突撃するなんて考えたくもないが。


報告を終えた俺は執務室から出て、これからハジの村に帰る前に宮殿の専門医に今の身体を診てもらうことにした。

今の俺は好調ではあるのだが、かなり無茶をしての戦いだったので一応の確認である。



「ほう、思ったより元気そうじゃないか」

「え・・・?」


考え込みながら歩いていると、背後から声をかけられた。

それは久しく、そして聞きなれた懐かしい声。


「師匠!?」


顔に大きく残った傷跡のある初老の男性が、そこに立っていた。

相変わらず覇気や理想を欠片も感じられない。

、という印象から何も変わっていない。


師匠の名は、ジン=ザンテツ。

聖樹による加護を受けられる体質に無かったながらも、剣技のみで上級騎士にまで這い上がり無双の戦果を残した例外中の例外。

しかし、加護は時代と共に進化したことを機にこの人は現役を引退。

戦技指導者として籍を残し、ほぼ隠居同然となっていた。


「何でここに!?」

「弟子が初めての討伐期に出て、激戦を繰り広げた結果気を失って回収された、と聞いてな。無事を祈りながら足を運んだというわけだ。杞憂だったようだがな」


つまりは、見舞いに来たということだろう。

俺はというと、修行を終えて騎士になってから顔を合わせられなかったので再会できた事に喜びしかない。


「それに・・・凄まじいな、お前は。

もう上級騎士になったのか」

「あ、はい!本日付で、教皇から直々にいただきました!」


そう、昨日からの大きな変化。

俺の胸には上級騎士のバッジがあった。

近衛騎士の手前、というべきだろうか。

昨晩の激戦を乗り越えた俺は、その戦果を認められて異例の速さで昇格したことになる。

教皇曰く「勝者には、強者には然るべき褒美が必要」とのこと。


「これも師匠のお陰です!」

「よせ、ルフト。旧型ロートルをやたら持ち上げてくれるな」


ため息まじりの苦笑。謙遜ではなく、彼は本気で大したことは無いと思っているのだろう。

だからこそ、俺は伝え続けたい。


「新しい加護を受ける騎士として、貴方の技を再構築して戦場に適した最新式に進化させると・・・俺はそう誓ったはずです。今だって、それは変わらない」

「・・・まったく、まだ本気でそう言っているのだな。デイビッドも変わらず、そう言い続けるのだろう」


堂々と伝える俺に、困ったような笑みを浮かべる。

半生を懸けた剣技、それは凄まじいと分かっているからこそ、それが今では無駄だとは言わせたくはない。


「だから、どうかこれから俺に稽古をつけてください!貴方の剣技、もう一度俺の骨身に刻みたいのです!」


身体に叩き込まねば、初心に還らねば、彼の剣の真髄にはたどり着けないだろうから。


「・・・わかった。中庭に行くとしよう。

これもまた未練というやつだ」

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