Chapter6「友人」
あの日の悪夢が、再生される。
俺がまだ幼かった頃に起きた、聖域内の事件。
故郷の村に怪物が入り込み、駐在した騎士含めて村人は全滅。
確認出来た生き残りは・・・俺だけ。
『だって、僕は男の子だから』
そして、俺は覚えている。
隣にいた誰かに、この口が告げた言葉を。
『ピンチのときは、君を必ず守ってみせるよ』
守ってみせる───もう一度出逢い、そして今度こそ。
身の丈を知らない子供じみた、けれど精一杯の気概と共に捧げた誓いを嘘には出来ない。
誰も守れなかった、そして彼女も・・・その拭いきれない慟哭こそが、俺を駆り立てる原動力。
物静かで、無表情で、そしてやっと見せた微笑みが嬉しかったこと・・・そんな彼女との別離を、一度も忘れたことない。
名前はおろか、背丈や顔さえも曖昧なイメージで溶けたままだけど。
どんな経緯で出逢ったのか、そんな大事なことさえ何一つ覚えていない。
あの日の結果、あの子はどうなったかも分からない。
奇跡でもなければ救われない状況だったけれど、それでもどうか生きていて欲しいという願いは傲慢なのか。
確かなことは、俺があの子や村の人たちを守りきれなかった弱さだけ。
絶望の底で希望になれなかった自分が憎い。ずっと胸に棘が刺さっているかのような痛みが続いている。
・・・だからきっと、思い出せない理由も簡単だ。無意識のうちに
強くなろう、強くなりたい。
起きた過去は変えられなくても、これから誰かを守れるように。みんなを守れるように。
そう、今度こそ・・・君を守り抜く為に。
そう決意した瞬間、ふいに世界の輪郭が白くぼやけていく。
夢から覚めていく感覚を自覚する。
起きなければ、そのように思考が巡った瞬間────
『どこかの誰かは、どこかの誰かが救う。
私が大切なのは、キミ。
私が守りたいのは、ルフト=ホシツキなんだよ』
「───待って、君はッ!!」
勢いよく上体を起こす、俺の身体。
伸ばした手は空を掴む。
勿論そこには何も無く、視界に映るのは扉だけ。
ここは聖域の宮殿、その中にある医務室だと、目覚めたばかりだから理解した。
何せ、何度か世話になったものだから。
「・・・誰なんだ、あの子は」
夢から覚める瞬間に聞こえた声を、俺は鮮明に覚えている。
気を失う前に会話をした、名前を知らない青い髪と青い瞳の女の子。
敵意はない、むしろ案じてさえいた。
【
─────私を墜とした責任、取ってもらうんだから】
思い出す、別れ際の言葉。
そこには感動と決意が感じられた。
あれは報告すべきか、など考えもしない。
あの言葉、なんというか・・・誰かに聞かせたくないな、なんて思ってしまったわけで。
「ん・・・?」
考え込む隙に、気配があった。
下に向いていた視線を、正面に戻す。
そこには、扉からひょっこり覗き込む小さな女の子。
青い髪でツインテール。気を失う前に見た女の子とは無論別人であると、直ぐに理解できる。
「っ!起き、た・・・!」
視線が合うや否や、パタパタとどこかへ走っていった。
あの子が誰なのか、それは聖域内のみんなが知っている。
聖域の遣い、ソフィ。
遣いは二人いて、彼女は優しさ、悲しさ、善を司る。
もう片方はルビィというのだが、そっちは中々人前に姿を現すことはない。
ルビィは強さ、怒り、悪。聖域の教えに真っ向から反する存在である彼女は、教えに熱心な人ほど反面教師として捉えている。
神聖な存在、として見られる彼女達だが・・・時折、俺はそれが哀れに思う。
もし彼女たちが見た目通りの年齢なら・・・いや、そうでなくても・・・普通の日々を、正道を生きるには難しいだろうから。
「目が覚めたか。無事で何よりだ」
そう考えている間に、誰かが入ってくる。
それは誰もが知っているし、俺には馴染みのある顔で・・・
「デイビッド!」
「今でも俺に気さくに呼ぶのは、もうお前くらいなものだ」
聖域の騎士団長、デイビッド=ウィリアムズ。
カミシロが誇る現役最強と呼ばれる無双の神剣。
逸らず、語らず、粛々と怪物を葬り去る圧倒的な剣士だ。
そんな彼と親しく接することが出来るのは理由がある。
「同じ師匠の下で鍛えた仲だからさ。仕事ならともかく、普段ならこうやって砕けた様に話さないと、お前も肩を凝るだろ?」
「相も変わらず優しいものだ」
普段は見せないデイビッドの苦笑。
俺とデイビッドは、ジン=ザンテツという師匠から剣を学んだ仲、つまりは同門だ。
剣の腕は比べるのも烏滸がましいくらい、デイビッドとは圧倒的な差はつけられているものの、お互い切磋琢磨した仲ゆえにこういう風な接し方がほぼ公然で許されている。
「その優しさが、ハジの村の人々を活気づけているのだろうな。先程も一人代表が来て、ルフトは無事か聞きに来た程だ。
地道に接して、得られる人徳は相変わらず羨ましいものだ」
デイビッドの賞賛は本音だろう。
社交辞令が苦手な人だったから、だからこそ賞賛は心からのものだと俺は知っている。
そのせいか、俺は照れくさい。なにより
「俺だって、デイビッドの剣技は羨ましいよ。力あることで、守れる命があるんだから。
事実、デイビッドは何度も窮地を救ってきたじゃないか」
俺もまた、デイビッドが羨ましい。
俺があの日に救えなかったのはひとえに弱かったからだし、その強さを持っている彼は俺にとっては憧れと言ってもいい。
「お互い、隣の芝は青い・・・というやつだな。動けるか、ルフト」
「ああ、大丈夫。むしろ良好だよ」
あんな無茶をしたのに良好、というのも不思議なものだが久々に同門の友人と話せたのは気分がいい。
俺が医務室のベッドから立ち上がると、デイビッドは着いてこいと言って歩き出し、俺はそれに着いて行った。
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