Chapter4「煉獄の翼」


決意は吐き出した。

では、どうする?


決まっている。


揺るぎなき"勝利"を

喪った命への"贖罪"を

あの日の少女との"再会"を


あの時から零れ落ちた理想に向けて飛翔する為に、必要なのは赫怒の太陽ほのお

邪悪なるもの一切よ。ただ安らかに息絶えろ。


「────正義とは、すなわち"怒り"なのだから」


故に、理想のために何かをするならば・・・いざ目の前の何かを超えてみせろ。


「天昇せよ、我が守護星────勝利を聖樹に掲げるが為」


刹那、紡がれる詠唱。

焔の中から新生する、煉獄の翼が舞い上がる。


「愚かなり、無知蒙昧たる玉座の主よ。絶海の牢獄と、無限に続く迷宮で、我が心より希望と明日を略奪できると何故貴様は信じたのだ


この両眼を見るがいい。視線に宿る猛き不滅の焔を知れ。輝く星を目指し、高みへ羽ばたく翼は既に天空の遥か彼方を駆けている」


連鎖する爆発の中、炎と熱をねじ伏せながら四肢へと纏い立ち上がる。

身体を焼き焦がす炎の渦に干渉し、それは鎧に変貌する。


弾ける怪物の身体、連鎖爆発。まともに受ければ木っ端微塵になるソレを、胆力で耐えながら逆に業火を取り込んでいく。


皮膚が焦げ、肉が焼きただれようが構わない。

生きながら焼かれる激痛程度で、どうして俺が止まらなければならないという?


「融け落ちていく飛翔さえ、恐れることは何も無い


罪業を滅却すべく闇を切り裂き、飛べよ翼───怒り、砕き、焼き尽くせ」


我慢しろ。歯を食いしばれ。耐えろ。耐えろ。それだけでいい。

適切な処置がどうのという常識に、耳を貸して立ち止まるな。


「勝利の光に焦がされながら、遍く不浄へ裁きを下さん」


勝利しなければ明日はない。

勝利の為に必要なのは意思。

そして勝利すれば、貫かねば────


「我が墜落の暁に、創世神話は完遂する」


それが本懐ならば、選択肢など端から不要。

未来永劫止まることはない。それが例え森羅が相手だろうと。

そうでなければ、この地獄は越えられない。


前へ、前へ───命を燃やしてさあ逝こう。

無理や無謀を覆せ。

道理を踏破し捩じ伏せろ。

悪を滅亡させるべく涙と闇を蹂躙すれば、未来は必ず訪れる。


「故に邪悪なるもの、一切よ。ただ安らかに息絶えろ」


不滅の太陽ほのおは、この胸に。


極晃星スフィアノヴァ───煉獄の翼よ、蒼穹を舞え・炎翼之型サン・ブレイズ・オーバーライザー


────さあ、万象灰燼と化して滅ぶがいい。

鏖殺の翼と赫怒の業火を煌めかせて、俺は憎悪を爆炎させた。


そして次の瞬間、真紅に染まった刃が怪物を三体切り伏せる。

赤熱した刃は、苦もなく怪物を斬り裂ける。

この焔は俺の意識を煮えたぎらせる憤怒そのもの。


加護を授かった者の、進化。

つまりは能力の開花。

俺の場合は、火炎発生能力。

全身や得物に業火を纏う、攻防一体の異能だった。


『宝を寄越せ!すべてを寄越せ!』


一泊遅れ、補足した獲物へ無数の残骸かやくが投擲された。

まさに悪辣な絨毯爆撃、しかし。


「温いぞ──熾火おきびにさえ劣る」


もはや俺には通じない。

ど真ん中から暴力的な爆撃を一直線に突っ切り、二体を断ち切った。

切り裂かれた怪物の残骸は、瞬く間に蒸発する。


爆撃の焔はもはや、業火を纏う俺には鎧の栄養分でしかない。

太陽のプロミネンスのように、この程度の焔にて傷つけることは叶わない。


つい十数秒前までは、そんな芸当は不可能だったのに。

これが最初から出来るなら、こんな窮地に追い込まれたりなどしない。

だが、そんな真実かこはどうでもいいと。反省や疑問を呈する前に、掴まねばならない明日が存在するのだから。


「光のために。未来のために。自分以外の誰かの為に。


大切な仲間や民たちを、守り抜く為に。


今度こそ、彼女ほしを守り抜く為に」


過去も未来もみな総て、あらゆる絆を燃やして、さあ飛ぼう。


「悪辣な怪物ども───貴様たちは、此処で死ね」


ただの一体も残さないと、必滅を宣言して輝く炎を燃焼させた。

極限まで膨れ上がる殺意と共に、大気さえ殺し尽くさんとする。


『心血注ぎ、命を懸けた、我が最高の牙さえ神を討つには至らぬのか』


戦場は大きく変貌した。

自爆は無駄と学習したのか、怪物は砲撃を主軸としたものに切り替えた。

俺を狙い、そして倒れている先輩を狙ってのことか。


そして俺を足止めし、弱った獲物を仕留めるのか。

なるほど、理にかなった悪意の狩猟法と言える。


しかし───だからどうした。


「もう何も、奪わせないッ」


その悪意こそが、俺の赫怒に油を注いだだけと知れ。

雨あられと降り注ぐ光弾を軒並み斬り捨て、捩じ伏せる。

先輩を庇う最中に、幾つか手傷を受けたものの、それがどうした───


全弾の動きはもう読めている。

ただ一刀では手数が足りない。

だから足らない部分を俺の焔を収縮させて防御層とすればいい。

多少の手傷で仲間を守りきれるのだ、この程度は安い。



次の瞬間から、戦況は一方的。まさに鎧袖一触であった。

剣で蹴散らし、光弾を吸収し。

次から次へ、次から次へと。


この戦線で奴らを滅ぼしたあと、更に多数の足音が聞こえた。

各方向からやってくる、悪意の怪物たち。

それを見た瞬間、察しがつく。

他のチームは、全滅したのだと。

瞬間、怒りは更に増大。あわせて焔は更に膨れ上がる。


「先輩、増援の要請を・・・俺はこのまま戦います。


彼らの無念、流した涙を俺は決して無駄にはしない。」


先輩にそう告げて、俺は再び前へ。

二人で撤退すればいい、と叫びたかった声は響き、止めようとした先輩の手が空を掴む。

すまない、だが止まる訳にはいかない。

この怪物たちが、俺たちが退いたあと何をしでかすか分からないから。


何か罵倒らしき声を張り上げたあと、先輩は一目散に聖域に向かって走った。

それでいい、罰や謗りがあるなら是非受けよう。


「仇は取らせてもらうぞ、怪物。貴様らの奪った希望を、必ずこの手に取り戻す───明日の光へ変えるためにッ」


焔を加速装置ブースターに見立て、再び襲う鉄風雷火を真正面から突破する。

後はいつもの通り───だが


「ぬ、ぐぅ・・・!」


身体が悲鳴をあげる。

出力を上げすぎたことで訪れた、限界。

想いがどれだけ強くとも、身体がついてこないなど当然だ。子供でも理解できる理屈だとも。


ゆえに、だからこそ


「───舐めるなァァッ!」


そんなくだらない理屈を突破しなければ、そもそもこの地獄で勝利は掴めないのだ。

世界の道理や秩序など苦もなく突破してみせろ。

と言われるような男にならなければ、一体なにを成せるという?


その一念で、崩壊し始める俺の身体を押しとどめた。

平和を守ると強く願う者ほど、悪の非道を許せないと、心の奥に消えることなき憤怒の焔を宿している。

消えぬとわかっていながら、邪悪はみな滅びて欲しいという願いが消えないのは人類の持つ真理というやつだ。


だから先ずは、俺が小さな所から叶えよう。

聖域にいる人々に、平和な明日を必ずや届けよう。


「───そうだ、まだだァッ!」


溶けてゆく身体さえ、誇りとしながら。

道理を薙ぎ払い────悪意の怪物へと駆け出した。












薄らのある月明かりの下で起きた戦場は、ようやく静かになった。


「・・・」


掴んだ勝利、しかしそこに喜びはない。

本来なら俺も含めて全滅していた事態。それをたった一人で覆したにも関わらず、だ。


何故か、などとうに理解している。

溢れ出した洪水に繋がる水を、単にせき止めたようなものに過ぎないからだ。

この戦果、仲間を犠牲にしながら勝利したと誇るには・・・あまりにも安すぎる。


ゆえに、燃やせよ怒りを。

途切れることなく怒りを抱け。

邪悪を残らず滅ぼすまで。





そう、思った・・・けれど。

そういえば、確か・・・


「こんな生き方は、英雄ヒーローだけの特権で・・・」


選ばれた者たち以外、誰も生きればしない事を俺は確か嫌っていたはずで・・・

みんなの為に優しい道を求めていたはずじゃなかったのかと、嘘や偽りなどではない小さな願いを思い出して────



『・・・そう、英雄なんて憧れるだけでよかったはずだよ』



その時、凛と響く静かな声が夜気を微かに揺さぶった。

心を読んだかのように肯定される俺の惑い。

無事な毒々しい木の上を、咄嗟に見上げた視線の先・・・そこにはいた。


月光よりも輝く、未知なる輝きを携えて───青い髪を抑えながら。

悲しそうな笑みを、そしてなんとも言えない青い瞳で俺を見る。


・・・息が、詰まる。

聖域の外という地獄で、誰かに遭遇するという警戒すべき場面なのに。


「君は────」


理解できない感動が、俺の警戒心を洗い流した。


『あの日のキミの優しさでよかった。でも、そのままではいられなくなったんだね。

私とあの日に出逢った、これが私の罪というやつだ』

「────違う」


分からない。俺は彼女を

知ったような口を効く彼女に何も腹は立たないことも、その罪悪感を咄嗟に否定した俺の心も理解できないのに。


「君は、ただ存在しただけだ・・・たまたま出逢っただけが罪なんて────俺は認めたくないッ」


そう、それが例え・・・神の法の下だとしても。

君は悪くない、いいや違う───君がいたから俺は・・・。


ああ、知らない。知らないけど、覚えてないけど・・・どうしようもなく溢れる想いは止まらない。


『なら、行かないで私のルフト


囁くように微笑む彼女、まるで俺を抱きしめるような輝きを放ち。









わたしを虜にした、キミはなさない。

─────私を墜とした責任、取ってもらうんだから』









そう言い残し、彼女闇に紛れて消え去った。

青い光の粒子を散らせ、どこかへと。


「待っ────」


待ってくれ、と。

手を伸ばした矢先、俺は全身から力が抜けて・・・意識を闇に葬られ、崩れるように倒れ伏した。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る