Chapter3「悪意の怪物」
夜、討伐期の訪れ。
俺たちはようやく、人である前に騎士であれと義務付けられる戦場に訪れた。
俺の他にも、騎士はいる。
「いよいよ出撃だ。いいか、一人にはなるな。常に
「「「了解っ!」」」
これから聖域の外に出る。
高い壁があり、門が今まさに開かれる。
ここから外が、呪いの大地。
何一つ人間に味方しない、異界のような戦場に躍り出るのだ。
それが聖域の周囲までだとしても、生きて帰れる保証が何一つない地獄に、俺たちは征く。
「───────っ」
聖域を出た瞬間、空気が変わる。
月明かりが不気味で、星はない。
匂いは常に死を思わせるほど生臭い。
これが、呪いの大地。
自然に、視界に映る光景も悲惨だ。
果実や植物はみな毒々しく、木もまるで腐敗したような色。
獣や虫は何一つ存在しない。
聞いた通りの地獄を見せている。
何より・・・
「・・・酷いな」
恐らく殉職したであろう騎士の為に、聖域に帰すことが出来ずに急遽作られた簡単な集合墓地。
だがその地面はいくつも掘り起こされ、血と屍が乱雑に放り出されていた。
奴らは悪意の化身。
時に理性や感情があるのではないか、と思わせる行動や言動をする。
それも、的確に人に影を落とす行動と言動をだ。
だがそれは、怪物が人から産み出された悪意をもとに再現されている現象でしかない。
生物で言うところの、本能や習性に近いだろう。
「お前、初めての討伐期か?」
「あ、はい!貴方は・・・」
「俺はまだ三回目だよ。先輩風を吹かせるほどのものじゃない。けど、よろしくな」
「はい、こちらこそ!」
チームとなった先輩と握手を交わし、他の騎士と別れて二人で聖域の周囲で決められた道を歩く。
「・・・そろそろな筈なんだけどな」
「・・・静かですね」
悪い人ではなさそうだと安堵しつつ、そして気の滅入るような光景を抑えつつ歩くものの、怪物の気配は感じられない。
他のチームもそうなのだろうか。
そう思った瞬間の事だった。
「っ!」
まるで円を描くように移動しながら、俺たちを囲い始める奇妙な何か。
人間らしからぬ高速で、気持ちの悪い歪な気配を垂れ流しながら駆けてきた。
それはしかも、一人ではなく。
「16・・・25・・・まだ増えやがる!」
次から次へ。湧き出て増殖する気配。
構えるこちらを中心に、円を描いてじりじり距離を詰めてくる。
逃げ場を削る動きはまさに獲物を追いやる狩猟者のソレ。
思わず俺は、奥歯をかみ締めながら拳を握りしめる。
まるで人のように迫り来る悪意、そう感じた刹那────
「来る・・・!」
取り囲んだ何かから吐き出される光弾。
熱を帯びたそれを見た俺たちは、直ぐに飛び退いて回避した。
着弾地点で飛び散る土と石を払い除けながら、襲いかかってきた敵の姿を捉える。
黒い鋼鉄の鎧のように纏った人、のようで。
しかし顔は歪な獣のソレ。
『ああ、苦しい。なんと無駄な徒労であろうか』
『心血注ぎ、命を懸けた、我が最高の牙さえ神を討つには至らぬのか』
『心血注ぎ、命を懸けた、我が最高の牙さえ神を討つには至らぬのか』
そしてそれらは不吉な歌を垂れ流して、不気味にこちらを見ていた。
「人型と獣の複合タイプ・・・どちらかと言えば人間寄りか・・・!」
「狩猟者の悪意でも読み取ったかよ!」
悪意の怪物には様々なカタチがある。
明確に悪意というものは人間が最も多様に抱く。
その多様な悪意をブレンドし、怪物は無限のパターンを作り出す。
虫のように小さいながら群体を作るものもあり。
獣のように縄張りを作り、過ごしながら人を狩ることもあり。
人のように知能ある行動、と思わせるように動くこともある。
今回はその、人寄りのパターンと言うべきだろう。
見事に俺たちは、そのパターンに嵌ってしまった形になる。
「気色悪いな・・・!」
悪意のみを読み取るものだから、敵の気配はとかく不安定だ。
膨れ上がったり、縮んだり、まるでいつ破裂するか分からない風船のよう。
そして奴らは、時折痙攣するように身体をひくつかせる。
そして────
『ああ、苦しい。なんと無駄な徒労であろうか』
『心血注ぎ、命を懸けた、我が最高の牙さえ神を討つには至らぬのか』
その不安定さすら膂力として、また襲いかかる。
魔力をひたすら込めた光弾を、飛沫のように降り注がせる。
「っく、がッ・・・!」
休みなく、そして読みにくい。
着弾する光に焼かれながら、なんとか命からがら回避に務める。
『然り!これぞ英雄の死骸である!』
『傍観者よ、我が栄光を認めるがいい!』
『宝を寄越せ!』
『すべてを寄越せ!』
破滅の歌を垂れ流し、狂気的な光の雨を降らせ続ける。
追い詰めたモノの心ごと、奴らは砕きにかかる。
「だけど────」
そこに、泣き事を言っても仕方がない。
手にした剣を握りしめ、まな板の上の鯉になったことを理解しながらも、全力で抵抗すべく
「───やられるつもりはない!」
一閃───抜きはなった刃にて、悪意の光弾を両断した。
射線は見切った。軌道も衝撃も予想の通り。
偶然でなく、完全に読み切って更に踏み込む。
切り払い、回避し、無駄なく直撃する光弾のみを選び抜いて捌く。
回避に専念した甲斐があったというもの。
狩猟者のような追い込みはもはや機能しない。
無論、それが可能になったのは俺だけじゃない。
「ありがとう後輩!俺も慣れたわ!」
先輩も同じ騎士。
切磋琢磨して、加護を受けた戦士。
俺が光弾を切り払った隙に、怪物を先輩は何体も切り伏せる。
そして、俺も疾走して続き。
対応の遅れた怪物の首を、すれ違いざまに斬り裂いた。
加護を受けた刃は正しく、悪意の怪物に対する特効。
獣や人と同じような殺し方で、倒しきることが出来る。
「切り抜けるぞ後輩!」
「はい!このまま死ぬ訳にはいかない!」
先輩の鼓舞に応え、前へ。
包囲を攻略する手段は勿論、一点突破による包囲からの脱却。
俺は一体の怪物に対して、突きを選び貫いた。
「─────な、ッ!」
しかし動きは突如として変化する。
取り囲んでひたすら砲撃をするパターンが、いきなり無防備に突撃する特効へと変貌した。
困惑し、何をやるかと思った───その刹那。
『然り!これぞ英雄の死骸である!』
『傍観者よ、我が栄光を認めるがいい!』
不吉な歌と同時に、怪物は激しく震え出した。
怪物の内部から感じる、魔力の膨張。
直感が告げる、今すぐ飛べ、逃げろ───さもなくば死ぬ。
「離脱だ!後輩!」
先輩の掛け声と、俺の後ろへの跳躍は同時。
瞬間、俺の視界に埋めつくしたのは炎を巻き上げた大爆発。
「ぐっ、かはっ!」
飛び散る牙や骨など。
わざわざそこまで再現して、爆発することで砕けたそれらが回避したはずの俺の身体に傷を刻む。
奴らが選んだのは、自爆特攻。
悪意故に、怪物故に、その行動に躊躇はない。
奴らに倫理を説くのが無意味と分かっているし、理解も出来る。
だがやはり、戦慄は止まらない。
『宝を寄越せ!すべてを寄越せ!』
『宝を寄越せ!すべてを寄越せ!』
だが奴らは止まらない、次から次へと自爆特攻を実行して、魔力の連鎖爆発が終わらない。
「こんなもん、初めて見たぞ!聞いたことがねえ!」
理解してしまえば理屈は通ると感じる狂気的な自爆特攻。だがそれは、今まで怪物たちがやったという記録がない行動だった。
つまり、新たな知識と悪意を読み取り実践している・・・そう、進化しているということだ。
突撃は終わらない。
まだまだ、次から次へ。
悪意の身体を弾けさせ、自爆特攻と砲撃を織り交ぜて俺たちの動きを封じて追い詰められていく。
「くそっ、でもこれを耐えきれば・・・!」
そう、自爆特攻を繰り返せば数は減る。
手札を使い切ったその時に、一気に攻めれば逆転が狙える。
俺も頷き、納得した。
だが、その希望をねじ伏せるように次から次へと同じような怪物が俺たちを取り囲む。
まるで俺たちに対する、終止符のように。
しかも、悪いことは続くもので。
『然り!これぞ英雄の死骸である!』
『傍観者よ、我が栄光を認めるがいい!』
増援の奴らは、怪物の残骸を引き摺って現れた。
黒い身体にこびり付いた血液は新しい。
「はは・・・マジかよ・・・」
「まさか、あの中にはベテランも居たのに・・・!」
その意味を、直ぐに理解する。
それはもう、他の騎士が既に倒されてしまったという事。
結果、この戦線での奴らは兵数以上に火力を補充した。
よって、何をするかと言えば────
「「ぐあああああああッ────!」」
残骸を投げ込み、それを爆発させる。
まさに人間爆弾。 奴らは人間ではなく、命もない怪物だが的確に身の毛もよだつ悪意を再現した。
抵抗も逆転も許されない。
二人して呼吸もまともに許してくれない鉄風雷火に身を包まれる。
「後輩・・・!」
死という絶望を感じた瞬間、俺の前に立つ先輩。
まるで、俺を庇うように。
「生きろ、お前だけでも・・・!」
ああ、優しい。
いい人なんだ、この先輩は。
だから、だからこそ─────
「────ふざけるな」
己の内から湧き上がる怒りが、俺の戦意を蘇らせた。
こんないい人が、仲間が、後輩である俺を庇って美談にされる?
違うだろう、そこに笑顔なんか無いはずだ。
砕けんばかりに奥歯をかみしめて、俺は先輩を生かすべく肩を掴んで地面に押し付けた。
俺は何をしていた?馬鹿な雑念を捨てろ───
「そうだ、今度こそ───」
守られている立場を捨てろ、立ち向かうのは俺でいい────!
「────あの日の出逢いと、大切な人の為に俺が戦う!」
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