4 ダイヤモンド女王のかつての婚約者は今
くしゃ、とフレッドはダイヤモンド鉱山の女王についての記事が載った新聞を握り潰し、そのまま暖炉にくべた。
「貴方、どうなさったの」
彼の妻は寝床から半身を持ち上げて訊ねる。
「何でもないよ。面白く無い記事だったからとっとと焚き付けにしてしまおうと思ってね」
「ならいいけど」
言いながらも、妻はけほんけほんと咳をする。
フレッドがサァラとの婚約を破棄してから既に三十年。
彼は病気の妻と現在は二人暮らしだった。
子供は三人居たが、一人は早世、あとの二人、息子達は既に独立して家から出ている。
「景気の方は相変わらずですか」
妻は問いかけてくる。
この未曾有の大不況は、彼の職場をも失わせた。
彼の息子達は西の大地に住み、景気とさして関わりの無い職についたのが幸い、何とかやっているらしい。
だが彼自身は、それまで勤めていた会社が駄目になり、蓄えも尽きかけていた。
ただそんなある日、彼の元に某財団からの使いという者が来た。
その財団は、この不況の中、家族に病人を持つ者に優先して支援を行うというものだった。
そこには金銭だけではなく、手に入りづらい薬や医師の治療の機会も含まれている。
そしてまた、新たな仕事の斡旋も。
彼はその財団の名を聞いて、断れない自分が酷く悔しかった。
先ほどの記事。
ダイヤモンド女王ミス・サァラ・クルゥの財団が興した基金、困窮者支援団体のこと。
「こんな金……!」
彼は妻に聞こえない程度の声でつぶやく。
あの頃。
いつも正しいことを真っ直ぐする彼女に息が詰まりそうだった。
だがその彼女から、こうやって振りまかれる金を受け取らないと生活ができない。
仕事も受けないといけない。
捨ててしまいたいがそれはできない。
一度プリンセスに付けられた鎖は決して解くことができないと気付いた彼は、ただもう、陰で泣くしかなかった。
いくらダイヤモンド女王でも嫌なものは嫌だったんだ。 江戸川ばた散歩 @sanpo-edo
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