第7話 帰還(2)

 草原をしばらく歩いていると、見覚えのある銀灰色の大河の流れが見えてきた。

 遥か北の山脈から流れ来る、ルーヴァ川の本流だ。この辺りで幾つもの流れに分岐しながら西のほうへ向きを変え、海へと流れ落ちる堂々たる大河は、今日も轟々と音を立てながら流れている。

 ここは昨日、斥候からの帰りに通るはずだった道に違いない。定期巡廻の馬に踏み均された夏草の間に、細く、獣道が出来ているのがその証だ。

 ユッドは、少しほっとして歩調を少し緩めた。川沿いならば竜人族と出くわす可能性は下がるし、少なくとも、川の向こうから攻撃される心配はない。

 「ここまで来ればあとは、川沿いに遡っていくだけだ」

 「この辺りは、少し川幅が狭くなっているんですね。森の直ぐ側にもこの川は流れていますが、この辺りまで遡るのは、初めてです」

リュカの方は、物珍しそうに、川沿いに作られた柵や、馬の蹄の跡を眺めている。

 「僕の母は、この流れのずっと上流から来たんですよ」

 「え、そうなのか?」

 「はい。僕らの古い言葉では、レイノリアと言います。人間も、よく似た名前で呼んでいますよね? 妖精族の故郷、だそうです。ほとんどの同族はそこに暮らしていて、ごくたまに、冒険心のある一部が川を下って下流のどこかに住み着くんです。フィリメイアも、彼女か、彼女の祖先の誰かが川を下って来たんだと」

 「けど、オアシスに住んでるって言ってなかったか? オアシスって、砂漠のど真ん中だぞ。川には繋がっていない」

 「地下の何処かでつながっているんだと思います」

リュカは、こともなげに言う。

 「妖精族は、水脈の中を移動できますから。」

 「えぇ?! そうなのか。んじゃ、地下水と一緒に逃げる、とかも…?」

 「出来ますね。実際、地下に暮らしている同族もいます。妖精族の住処は、水さえあれば、何も地上でなくても構わないんです」

 「ふーん…。」

他愛もない雑談のようだったが、ユッドには、妖精族が自分たちのことを素直に話してくれるのが意外だった。人間との接点の少なさから、彼らの生態はよく知られておらず、わとんどが「おとぎ話」程度の知識なのだ。あまりに素直すぎて、逆に、こんなことを聞いてもいいのかと心配になってくる。

 「あんた、人間のことは警戒していないのか?」

 「してますよ、これでも」

少年は、笑顔で答える。

 「信用できそうかどうかくらいは、判りますよ。こう言ってはなんですが、ユッドは、人を騙すとか演技するとか出来ない性格だと思います」

 「……。」

当たっているといえば当たっているが、あまりにも直球な感想に、なんと言っていいか分からない。

 「それにしても、全然気配がないですね。他の人間も、竜人族も」

 「あ、あー…確かにな。そういえば、そうだ」

リュカが話題を変え、ほっとして、ユッドもそれに応じた。

 「この辺りには、人間は住んでいないんですか」

 「そりゃそうだ。この川は、竜人族との戦いの最前線。川向うに敵がうようよしてる、って思ったら、こんな近くじゃ安心して住めないだろ。」

 「…なるほど。」

 「昔は、街道に沿って町や村が幾つもあったらしいんだけどな。川に面してるとこで人が住んでるのは、今から戻るリオネス砦くらいだ。」

話しているときちょうど、川べりの道ぞいに、放棄されたまま崩れ落ちた納屋の跡のようなものが見えてきた。草に覆われてほとんど消えかけてはいるものの、畑の畝のようなものもある。

 「昔は、川を渡るための橋もあったらしいんだ。今は、全部落とされてる。だから、竜人族だけじゃない…人間も、川向うへ渡ることは簡単じゃなくなってしまった」

川べりの草の葉を、泡立ちながら流れる水が洗っている。

 この季節は、はるか北の山脈から流れ落ちる雪解け水が混じって川の流れも勢いを増す。泳ぎを知っている人間でさえ、向こう岸にたどり着くのは至難の業だ。船を仕立てて渡るにしても、漕ぐのに力が要る。時間はかかる。

 人間の側も容易に遠征が出来ない理由は、そこにある。




 やがて行く手に、小高い丘が姿を現した。

 丘の上には見覚えのある見張り台。丘の麓には建物がひしめき合い、その間からは炊事の煙が細く立ち上っている。

 川は丘の麓を、少し離れてとりまくように流れている。竜人族が水を嫌うのを利用した天然の防壁だ。そこを出てからまだ丸一日しか経っていないというのに、ずいぶん久し振りのような気がする。

 「見えてきたぞ。あそこがリオネス砦」

言いながら、ユッドの歩調は自然と早くなる。見たところ、どこも変わりはなさそうだ。

 「誰かいますよ」

 「…お、カリム爺さんだ! 無事だったんだ…! おーい」

嬉しくなって、ユッドは声を上げ、手を振りながら駆け出した。

 昨日、ここから一緒に斥候任務に出た世話役の熟練兵。分かれた後どうなったのか心配していたが、無傷で砦に戻れていたらしい。

 ユッドが徒歩で駆け寄ってくるのに気づいたカリムは、驚いた様子で振り返り、彼を頭の先からつま先まで見回した。

 「生きとったか! 心配したんだぞ。夜になっても戻らんし、他の斥候が、川のこっち側で竜人族らしき影を見たとかいうし…。」

 「それだよ、それ。戻ってくる途中で竜人族に襲われたんだ。それで馬がやられちまってさ。死ぬところだった」

勢いに乗って夢中で話し始めようとしたユッドだったが、ふと、カリムの視線が彼の後ろに向けられていることに気づいて、はっとした。

 そうだった。

 ここまで同行してくれた少年がまだ、彼の後ろに佇んでいる。

 「あっ…と、こいつはリュカ。毒矢で死にそうになってたとこ助けてくれて、宿を貸してくれたんだよ。そのー…」

 「はじめまして。」

少年は、微笑みとともに挨拶する。

 「ああ…それは世話になった…が…。」

老兵は、怪訝そうに眉を寄せたまま、端正な姿をした少年を見回している。

 「ここいらの村じゃあ見かけん顔だな? どっから来た」

 「近所に住んでいますよ。こんなに森から離れたのは、初めてですが」

ユッドがごまかすより早く、少年はさらりと答えていた。

 「森…?」

 「わあっ、ちょ」

 「ふむ。どこかで見たことがある雰囲気のような気がしていたが…まさか、な」

カリムは、じろりとユッドのほうを睨んだ。

 「もしやお前、近づくなと言った妖精族の森に行ったな?」

 「不可抗力だよ、わざとじゃないって! 敵に追っかけられて、逃げ込んで…って、あれ?」

彼は、思わず首を捻った。

 「…もしかして、リュカが妖精族だと思ってる?」

 「ああ。そうだろう」

白髪の男は、むすっとした顔で腕組みをした。

 「あの森の妖精は昔っから、何かと人間にちょっかいを出したがるタチでな。以前見た時はきれいな女の姿をしとったが、人間の装いを真似たり、話しかけてきたり、若い兵士の風紀を散々に乱しおった。それで、近づくなという規則を作った」

 「母をご存知なんですね」

少年は、苦笑した。

 「でも安心してください。僕は、元から男なので」

 「ふん。男の子だとしても、そんな見てくれじゃあ惑わされるのに変わりはないわ。わざわざ人間に似せた姿なんぞしおって、…ったく」

カリムは、リュカを全く信用していない口調だ。

 「この新米を助けてくれたことには感謝するが、それ以上の礼は出来ん。悪いことは言わん。これ以上は関わらんでくれ」

 「ちょっと、待ってくれよ」

ユッドが真剣な顔で割り込んだ。

 「オレの命の恩人なんだぞ。それに、今からじゃ森まで戻るのに夜になっちまう。一晩泊めてやるくらい、いいだろ?」

 「部外者を砦に入れるわけには」

 「一晩くらい、カリムが何とかすれば何とかなるって。旅人とか、近所の人とかがたまに宿舎に泊まってるじゃないか。悪意があるなら、助けてくれたりしない。それに、敵に出くわしたのはリュカと一緒になんだ。せめて報告の時には一緒に居てもらわないと」

カリムは黙り込んだまま、じっと、目の前の二人を見比べている。普段は迷うことなど無い貫禄たっぷりの老兵が、珍しく心底うろたえているのが判った。

 「――分かった。一晩だけだぞ。」

それだけ言って、カリムは、ため息とともにくるりと背を向けた。

 「だが、まずは、お前の言うとおり状況の報告からだな」

 「もちろん」

ほっとして、ユッドはリュカのほうを振り返った。

 「砦、見学していくよな?」

 「はい、せっかくですから」

相変わらず霞のような、掴みどころまのない微笑みを浮かべたまま、少年は頷いた。それから、少し困ったように微笑みながら、去ってゆく老人の後ろ姿を見やった。

 「随分、疑われていましたね。やはり、人間からすれば、妖精というのは怪しいものなのでしょうか」

 「あー、まあ、なんつーか、よく知らないぶん警戒するもんなんだよ。けど、あんたは他の妖精族とは違うみたいだし、オレを助けてくれたのは事実だ。疑うのは失礼だ。」

 「おい、何をしている。早く来い!」

砦の奥のほうで、カリムが足を止めてこちらに向かって怒鳴る。

 「おっと、話は後だな。ついてきてくれ。あの森と比べたら狭苦しいところだけど」

 「人間の集落は初めてなので、興味深いです」

カリムの後を追いながら、リュカは、あちこちに視線を巡らせて何か考えているようだった。

 「集落っていうか、ここは前線基地だから、普通の村なんかよりは住心地は良くない…」

言いながらユッドは、この砦はリュカの目にはどう映っているのだろう、と思った。

 ひしめきあう古ぼけた石造りの建物と、密集した人の気配。家畜の声と鉄さびた鍛冶場の匂い、ひっきりなしに聞こえてくる様々な騒音。

 荘厳で透明な妖精の森とは違い、ここは、人間の生活臭の色濃く漂う泥臭い場所だ。


 カリムは、兵舎の入り口に建っている詰め所の前で待っていた。

 「ひとまず、ここで話すとしよう。内容次第では司令に報告する」

若い兵士たちが、興味津々といった顔でこちらをチラチラ見ながら通り過ぎていく。昨夜ひと晩居なかったユッドが、ようやく戻ってきて詰め所に連れ込まれようとしているのだ。きっと無断外泊でこってり絞られるのだろうと、勝手に想像しているらしい。

 それに、一緒にいる見慣れない少年のほうにも、好奇の視線が向けられている。何やら言いたげな顔をしている者もいる。あとできっと、質問攻めに合うのだろう。

 (やましいことはもないんだけどな…)

ため息をつきつつ、ユッドは、薄暗い部屋の中へと入っていった。

 「さて、と」

扉を閉ざし、外の喧騒が遠ざかったところで、ようやく老兵は口を開いた。

 いつしか、声は普段とは違う重々しいものに変わっている。

 「それで? 昨日、あれから何があった。一体どこで竜人族と出くわしたんだ」

 「巡回の分岐点を過ぎて直ぐだよ。カリムと別れてそんなに時間が経ってない頃だ。川を目指していたら、馬が突然、暴れだしてさ。足に矢を食らって――茂みの中に二体隠れてたのに気がついたのは、その時だった」

 「ほう。二体か」

 「片方が弓を持ってて――あ、そうだ。そいつらから逃げた後、もう一度、別の二体にも出くわしたんだよ。その時もやっぱり、片方が弓を持ってた。で、もう片方が鈍器みたいなのを持っていた」

 「おそらく、常に二体で一組です」

横から、リュカが付け加える。カリムの視線が、じろりと少年のほうに向けられた。

 「これまで森の外で見かけた竜人族は、いつもそうでした。偵察と遊撃を目的として、近距離と遠距離の武器を備えて動いているのだと思います」

 「まるで人間の巡回のようじゃなあないか。うん? そんなことがあり得るものか。奴らは少数の群れでしか動かない、組織を作る知能なんぞ無いはずなんだぞ」

 「けど、奴らは実際に、巡回路の近くに待ち伏せしてたんだぜ? リュカの言うとおりなら、そんな奴らがあと何組もそこらに隠れてることになる。今日の巡回、もう戻って来てるのか? 早く皆に知らせたほうがいいんじゃないのか」

 「ううむ。」

 「少なくとも、敵がまとまった数でルーヴァ川のこっち側に入り込んでるのは間違いないんだ。どこで見逃したのか分からないけど、今までみたいにのんびり見回りはしてられないと思うぜ」

カリムは腕組みをして黙ったまま、低く唸った。

 背後の壁には色あせた地図が貼り付けられ、部屋の済には無造作に武具が積み上げられている。最近届いたばかりの支援物資だ。

 やがて、カリムは息を吐きだし、腕をほどいた。

 「――やれやれ。ラーメドの居ない時にこんなことになるとはなぁ、全く」

ぴく、とリュカが反応した。

 「ラーメド…?」

 「ああ、ラーメド・エヴァン・オウルといってな。うちの砦の兵士長をやってる男だ。もう二十年近くここにいる、わしの次に古参の兵士だな」

 「”英雄”ラーメドって呼ばれてるよ。この砦で一番強い。一人で何体も竜人を倒したことがあるんだ」

ユッドが付け加える。彼の声には無意識に、憧憬に似た感情が混じっていた。

 本物の”英雄”。――この前線の砦が今日まで持ちこたえて来られたのは彼のお陰だと、誰もが知っている。

 やや政治的な理由も入ってはいるだろうが、ルナリアの首都で前線での華々しい戦果が喧伝される時には、決まって”英雄”の名が真っ先に語られたものだ。

 「…そうですか」

だがリュカは、何故か浮かない顔をしていた。

 「どうした?」

 「いえ。…その人は、多分…昔、森に来たことがあると思います」

 「そうなのか?」

 「ああ、多分それは間違いない。あいつは昔、新兵の頃に、森の妖精に入れあげてたことがあってなあ。――まあ、それも若い頃の話だ」

老兵は片手で顎の髭をしごきながら、椅子に腰を下ろしているリュカの姿を頭のてっぺんから下まで眺める。

 「しかしお前さん、随分と巧いこと人間に化けたもんだな? 剣まで持って。それは実物か?」

 「はい。妖精族の森で水辺に蓄積される黒銀という金属で作っています。」

 「馬鹿にすんなよカリム。この剣で竜人を倒したんだからな、オレの目の前で。あっという間に」

 「うん…? 倒した? そんな子供みたいなでか」

カリムは、信じられないというように目を見開き、まじまじと目の前の二人を見比べた。

 「本当だよ、それでオレは助かったんだ。オレらみたいな新兵なんかより余っ程、強いんだ。」

 「…ふうむ。剣を持って戦う妖精族、…か。にわかには、信じがたいが…」

会話が途切れた隙間を縫って、窓の隙間から外の喧騒が部屋の中に流れ込んでくる。


 ふと、ユッドは我に返った。

 「って、こんなとこで悠長に話してる場合じゃないだろ? 状況は報告したんだ。カリム、兵士長はいないにしても、司令にはこのこと――」

 「それがなぁ」

白髪の頭をかいて、カリムは困った顔になった。

 「実はお前が戻ってくる少し前、ロジェール司令は外出されてしまったんだ。副司令はじきに戻ってくると思うが」

 「えぇー?」

 「ひとまず、各班の班長たちには伝えてくる。ああ、そこの妖精族の宿は、兵舎で適当に空いてる部屋を見繕ってやってくれ。副司令には、わしが後で話しておく」

 「…適当だなあ」

 「そうだ。それと――」

部屋を出ようとしたところでふと足を止め、老兵は振り返ってリュカを見た。

 「お前さんが妖精族だってことは、あまり吹聴して周らんほうがいい。騒ぎになるし、妙な興味を持たれても困るだろう」

 「はい、それは分かっています」

少年は、心得ているというように頷いた。

 「あまり興味本位で見られるのは好きではありません」

 「お前さんは、近所に住むわしの昔なじみの家の子だということにしておく。それで口裏を合わせておいてくれ。あとはユッド、お前が面倒を見ろ。いいな」

それだけ言うと、カリムは忙しなく出ていってしまった。

 「…やれやれ」

ユッドは、渋い顔で腰に手をやった。

 「兵士長だけじゃなく司令まで外出中とは。こんな時に運が悪い」

 「司令、というのは、統率者のことですか?」

 「そう。司令がいて、副司令がいて、兵士長がいる。その下は班に分かれてて、班長がまとめてる。指示は上から降ってくるから、司令がいなきゃ話にならないんだよなぁ」

 「でも、すぐ戻ると言っていましたね」

 「そうじゃなきゃ困る。と、こんな狭いとこで喋っててもしょうがないな。外に出よう」

入口の扉を開けたとたん、そこにたむろしていた仲間たちが一斉につめ寄って来た。

 「おー、ユッド。ようやく出てきた。なんかカリムの爺さんが難しい顔して出てったけど、何かあったのかー?」

 「んで、昨日はどこに泊まったんだよ」

 「うわっ、何だよお前ら」

あっという間に、二人は数人に取り囲まれてしまった。

 「かわいい女の子連れて帰ってきた、って聞い…て…あれ? 女の子じゃない?」

 「男です…」

リュカは、困惑した表情で首を傾げている。

 「そんなに、女に見えますか?」

 「あーいや、声聞くと分かる、うん。遠目に見ると全然分かんないけどな、ははっ」

 「そのヒラヒラした服が女っぽいんじゃねーか? もっとズボンとか履けば。ってか、お前、どっから来た? 入隊志願者にしちゃ若すぎるなぁ」

周りを取り囲むユッドの同輩の新兵たちは、話をしているのが人間の少年だと信じ切っているらしい。

 (ま、…普通はそうだな。気づくわけがない)

苦笑しながら、ユッドは話に割って入った。

 「言っとくが、笑い事じゃないんだからな。昨日は、巡回の帰りに竜人族に襲われて死に掛けてたんだよ。さっきカリムと話してたのもその件だ。」

 「はあ…?!」

それまで浮ついた雰囲気で賑やかに話し合っていた新兵たちの表情が、瞬時にして凍りつく。

 「嘘、だろ…?」 

 「こんな嘘つくかよ。馬を斃されて徒歩で逃げてて、このリュカに助けてもらったんだ。カリム爺さんが各班の班長に伝えに行くっつってたから、戻って話聞いといたほうがいいと思うぜ」

言い終わらないうちに、丘の上の高台のほうから、低い鐘の音が三度、鳴らされた。警戒音ではない。朝礼など伝達事項である時に打ち鳴らされる、全員集合の合図だ。

 「お、ほら来た。急いだほうがいいぜ」

 「あ、ああ…。」

 「それじゃ、後でな」

新兵仲間たちは、青ざめた顔で広場のほうに向かって駆けてゆく。けれど、ユッドは動かないままだ。元々は自分のした報告なのだ、内容を知っているなら、二度も聞く必要はない。

 ユッドは、隣にいるリュカを見下ろした。 

 「で、どうする? 今のすきに、砦の見学に行こうか。見たいとこって、あるか?」

 「いえ、何があるか分からないので…お勧めの場所は、ありますか?」

 「お勧めかあ…そうだなあ、あんたが見て面白そうなものといえば…あー」

ユッドは、丘の上を見上げた。

 「そうだな、まずは一番てっぺんから全体を見てみるのはどうだろう」

 「”てっぺん”?」

 「見張り台があるんだよ。こっちだ」

ユッドの向かう方角には、砦の中心にある小高い丘がそびえ立っている。昨日、あんなことになる前に歩哨に立っていた場所だが、今となっては、それがやけに遠い過去のように思えた。

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