第23話 大葉野六郎

 夜だというのに川原には明るい光。投光器がいくつも煌々こうこうと輝き、鑑識官は地面を這いずるように事件の痕跡を捜している。堤防の上の道には警察車両が並んで通行止めとなっているが、野次馬はどこからともなく湧いてくるものだ。その中に五味たちの姿もある。しかし、しばらく現場を見回した後、五味たちは早々にコンビニの駐車場まで撤退した。


「あんなに離れてたんじゃ、何もわからんな」


 五味はクラウンにもたれてタバコを咥える。


「だから言っただろう。現場を確認するなら明日にしろと」


 呆れた顔の築根に不満げな視線を向けるのは、ミニのボンネットに座った笹桑。


「先輩が、詳しい話を聞いて来てくれれば良かったように思うんすけど」

「無茶言うな。警察だって人間の集団だぞ、明文化されてないルールもあればマナーもある」


「縄張りとか?」

「役割分担だよ。所轄には所轄の仕事があるし、県警には県警の仕事がある。相手の職域に立ち入るなら、連絡も相談も必要だ」


「面倒くさーい」


 口を尖らす笹桑に、親方が缶コーヒーを差し出した。左手に重そうな袋を持って。姿が見えないと思ったら、コンビニに買い出しに行ってたらしい。


「難しい話はアタシにゃわからないけどさ」


 親方は次々に缶コーヒーを渡して行く。


「これやっぱり、手を引いた方が良くないかい」

「そんな訳には行かん」


 缶コーヒーを受け取った原樹が難しい顔で言う。


「平気で殺人を犯すような連中を放っておけるか」

「そりゃおまえさん方は刑事だからそうだろうけど、他の連中は一般市民だよ」


 親方の言い分はもっともである。反論できない原樹は黙り込んだ。


 缶コーヒーの甘さに顔をしかめながら、五味はつぶやく。


「そうは言ってもな、この先ずっと影に怯えて生きて行くってのも無理があるだろ」


 何気なく向けた視線の先には、座って缶コーヒーを飲む春男と冬絵。


「じゃ、どうすんだい。提督をとっ捕まえる手立てがあるってのかい」

「手立ては、ない」


 仁王立ちする親方に、五味は力なく言い切った。


「手立てはないが……」


 そう言いかけたとき。


 美冬が「あっ!」と声を上げた。驚いた顔でコンビニの入り口を見つめている。コンビニからいま出てきたのだろう、その人影も美冬を見て目を丸くしていた。


「あの人です、私の部屋に来た」


 五味は走る。当惑し、立ち尽くしている人影の前に立ち、こうたずねた。


「アンタ、大葉野六郎だな」




 夕食どきを外れた国道沿いのファミレスは客も少なく、大人数で一角を占めても迷惑にはなりそうになかった。コンビニで買った香典袋を手の中でもてあそびながら、大葉野はポツリポツリと話す。あの川原には山猪寛二の妻から連絡を受けてやって来た事。今朝、山猪と話した事。


「あのとき、私がもっとしつこく言えば、あるいは」

「アンタをなぐさめるつもりも義理もないが」


 テーブルに片肘を突いた五味は、真っ黒なコーヒーを手に言う。


「何を言ったところで結果は変わらなかったろうな」

「そうでしょうか」


「話せばわかってくれると思うから『親切心』で『忠告』に行くんだ。善意ってのは、他人が止められないから厄介なんだよ」


 大葉野は、うつむいてため息をついた。


 そこにウエイトレスが料理を運んで来る。


「海鮮大盛りカレーと、チキンドリアのお客様」

「カレーはこっちだ」


 五味が手を挙げ、置かれたカレーを隣に座るジローの前にスライドさせる。


「ドリアはこっちっす」


 背後の席で笹桑が手を挙げた。ウエイトレスが去るのを見計らって、五味はジローに許可を出す。


「よし、食え」


 途端、ジローは死肉に食らいつくハイエナのようにカレーに飛びかかり、ガツガツと口にスプーンで掻き込んだ。あまりの物凄い勢いに大葉野も唖然としている。その隣に座っている築根が、腕を組んでたずねた。


「大葉野さん。あなた方三人は、砂鳥宗吾氏から依頼を受けましたよね」


 大葉野は一瞬躊躇ちゅうちょしたものの素直にうなずき、通路を挟んだ隣のボックス席に座る河地美冬を見つめた。


「河地善春を捜してくれと」

「何のためか、理由は聞きましたか」


「親族に訴えられる可能性があるから、事件の目撃証人として彼の証言が必要なのだと」

「どんな事件で訴えられると説明されたのでしょう」


「業務上過失致死傷罪の。砂鳥宗吾のお兄さん、宗一郎氏の事故死について、氏の遺族が納得していないようだと。ただ、宗一郎氏は十年前に亡くなっています。ちょうど十年前。つまり公訴時効は今日成立したんです」


 そこに五味が口を挟む。


「おかしかねえか、それ。もし検察が傷害致死って判断したらどうする気なんだ」

「そうです、それは私も思いました。しかし砂鳥は、そうならないと思っているようで」


 困惑して口を閉じた大葉野を見て、築根が話を戻す。


「それで河地善春氏を捜したんですね。どうなりました」

「見つけました」


 その返答に、美冬は声を上げそうになる。それを五味が手で制した。


「見つけた、てのは河地善春を見つけたって事か」


 眉を寄せる五味の言葉に、不思議そうな顔で大葉野はうなずく。霊源寺の檀家から情報を聞きつけ、多目的ホール近所のテラスハウス前で河地善春と会った事を説明した。


 細く鋭くなる五味の視線。


「どんな様子だった」

「様子……工場で働いていると言っていました。髪の毛は肩くらいまでで、随分と太っていましたが」


「それが河地善春だと思ったのは何故だ。何をもって確証を得た」

「本人と話したからです。まさか身分証明書を提示しろという訳にも行きませんし」


 それは確かにそうかも知れない。そうかも知れないが、そこで身分証明書が確認できていれば、話は簡単に解決した可能性が高い。


「つまり、その河地善春はアンタら三人を覚えていた訳だ」

「ええ」


「アンタらから見て河地善春はどう見えた。高校時代の印象そのままか」

「外見が変わっていたので、さすがに同じ印象では。少し明るくなったようにも感じましたが。あまりよく喋るイメージがなかったので」


 そこにまたウエイトレスがやって来る。


いろどりピラフと、ボリュームカツサンドのお客様」

「はーい、こっちっす」


 笹桑がまた手を挙げる。料理を置いてウエイトレスが下がったのを確認して、五味は大葉野にたずねた。


「似てたか」

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