第11話 事情聴取
「砂鳥くんと一緒にいた暗い人? ああ河地くんだね、たぶん」
小さなスナックのチーママは、
「河地さん。知り合いっすか」
「別に知り合いってほどじゃないけど、アタシ、そのとき付き合ってた彼氏が美術部だったから、知ってるのは知ってる。確かに暗かった。でも絵は凄かったんだって。コンクールで入賞したりしてたみたいよ」
「ほう、なるほどなるほど」
うなずきながら笹桑は、スパゲティミートソースの特大ハンバーグ乗せをワシャワシャと口にかきこんだ。チーママは、いささか心配げに見つめる。
「そんなに食べて大丈夫なの?」
「大丈夫っす。残しませんから」
「ならいいけど」
口の回りのミートソースを紙ナプキンで乱暴に拭うと、笹桑は質問を続けた。
「『霊感ヤマカン第六感』ってご存じです?」
「ああ、ミステリー研の三馬鹿トリオね。みんな知ってるって意味では、砂鳥くんに匹敵する有名人だったかな」
「どんな人たちだったんすか」
「うっかり者の山猪くんに、しっかり者の大葉野くん、ちゃっかり者の霊源寺くん。山猪くんがホームズで、大葉野くんがワトソン、霊源寺くんはベイカー街遊撃隊って感じだった」
「ホームズ詳しいんすか」
「大学時代の彼氏がシャーロキアンもどきだったの」
チーママはクスリと笑うと、一口タバコを吸った。笹桑は柿の種を一つかみ口に入れてウーロン茶をゴクゴクと飲み干す。
「三人と砂鳥社長は友達だったんすよね」
するとチーママは不思議そうな顔をする。
「友達? ええ、まあ友達と言えば友達だったんじゃないかな。砂鳥くんは友達だらけだったから」
「その三人が、特別に砂鳥社長と仲良しだったって事はない?」
「アタシにはそう見えたけど」
酔い潰れた客が不意に顔を上げた。
「水……水くれ」
「あーハイハイ、ちょっと待って」
チーママがピッチャーを手に歩いて行くのを見ながら、笹桑はピスタチオを口に放り込んだ。
月曜の夜。砂鳥ホールディングスの社長室は暗かった。窓のカーテンは締め切られ、部屋の照明は点いていない。デスクライトだけが、さして広くもない領域を照らしている。砂鳥宗吾は椅子の背もたれに体重をかけ、じっと目を閉じていた。そして不意にため息をつき、内線電話で秘書を呼び出す。
「お呼びでしょうか」
「連絡は入っているかな」
「はい、二件入ってございます。プリントアウトしてお持ち致しましょうか」
「いや、メールをこちらに転送してくれればいい」
「承知致しました」
机の上のモニターに、メールの着信が二件表示される。開けば一件目は喫茶店から、二件目はスナックだ。撒いた餌には確実に食らいついている。メールに書かれた会話の内容も想定内。現状を見る限り、恐るるに足らずと言える。ただ、訪れたのは若い女だと書かれてある。助手か何かだろうか。僅かだが不確定要素だ。まだ迂闊には動けない。
「五味民雄。私立探偵……か」
そういまいましげにつぶやくと、宗吾は頭の中の時間を巻き戻した。夕方に受けた警察の事情聴取。何かミスをしていなかっただろうか。
頭に不安でもあるのか、ジェルで髪をガチガチに固めた小太りの刑事が社長室のソファに座り、その後ろに部下らしき若い刑事が立っていた。しかし、その向かい側に座った砂鳥宗吾には、ドアの両脇に門番よろしく立っている、女の刑事と巨漢の刑事の方が気になった。
「会話は録音させて頂きます。この情報は裁判で証拠として扱われる事もありますが、よろしいでしょうか」
額の汗を気にしながら説明する小太りの刑事に、宗吾は笑顔でうなずく。
「ええ、結構です。了解致しました」
「ではさっそくうかがいますが、御社の系列ホテルの窓から落ちて亡くなった霊源寺始氏は、高校時代からのご友人で間違いはないですな」
「はい、クラスは違いましたが親しい友人です」
「心中お察し致します。それで霊源寺氏は、こちらのホテルにご宿泊されていたと」
「いえ、本日は宿泊しておりません」
小太りの刑事は身を乗り出した。
「それはおかしいですな。宿泊もしないのに何故ホテルに」
場の空気が緊迫する。しかし、宗吾の顔に浮かぶのは緊張よりも苦々しさ。
「これは、できれば故人の名誉のために、秘密にしておいて欲しいのですが」
「もちろん秘密は厳守致します」
「霊源寺はときどき、女性との密会にうちのホテルを利用しておりまして」
ああ、と小太りの刑事は思わず口を開けた。宗吾は続ける。
「本来、社内ルール的にも問題があるのですが、霊源寺に頼み込まれまして。幸平寺の住職がラブホテルを出入りするのは、さすがに檀家の目もあってマズいという事で、うちのホテルを使わせてくれないかと。ホテルの方には私から直接指示をしました」
「では今朝も」
「そう思います。繁忙期以外は当日空いている部屋を使わせましたから、予約も取っておりませんし、宿泊記録にも名前は載せておりません。記録上はイレギュラー扱いになっているはずです」
「お相手の女性について、何かご存じの事は」
「さすがにそこまでは聞けませんよ。子供でもないのですから」
まあ、それはそうだろうな、と小太りの刑事もうなずく。
「では事件発生時に、部屋に女性がいた可能性についても」
「生憎と私には。従業員ならわかるかも知れませんが」
首を振る宗吾に、小太りの刑事はうーむと唸るしかなかった。
その後、いくつかの簡単な質問を繰り返し、小太りの刑事は納得した顔で事情聴取を終えた。ドアの両脇に立つ、県警の刑事に話を振る事すらせずに。
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