第12話 隠しているもの
火曜日の早朝、五味総合興信所のインターホンを連打する笹桑。直後、これを吹き飛ばすかのような勢いでドアが開く。
「るっせえ! ぶん殴るぞ、テメエ!」
カンカンに怒りながらも、それでもぶん殴る事なく笹桑を事務所に迎え入れた五味は、ブツブツと文句を言いながらジローを起こしに行った。
相変わらずスタジャンにジーンズ姿のジローだったが、笹桑は着ている物が新しくなっているのに気づく。
「あれ、ジローくんの服、着替えたんすか?」
「着替えたんじゃねえ。着替えさせたんだ」
「よく素直に着替えたっすね」
「コイツが素直に着替える訳ゃねえだろうが。無理矢理引っ
「えー、そんなの可哀想っすよ。あの服お気に入りだったんでしょ」
「二ヶ月だ」
五味はウンザリした顔でVサインを見せた。
「二ヶ月洗濯しねえで着たきり雀だったんだぞ、いくら何でも臭えだろうが。こちとら客商売だ、限度がある」
そう言いながら、パック飯の中身を丼に投げ入れ、レトルトカレーをかけて電子レンジに押し込む。
笹桑は、いつも通りソファの端で虚空を見据えるジローの隣に座って、髪の匂いをクンクンと嗅いだ。
「臭くないっすけどねえ」
「テメエの鼻は腐ってんだよ。それより何しに来た」
ヤカンをガスコンロにかけ、その火にタバコの先を突っ込んだた五味を、驚いた顔で振り返る笹桑。
「何って、調査報告に決まってるじゃないっすか」
「報告書はメールで送れつったろうが」
「文章なんかで書くより、直接話した方が詳しい事もわかるでしょうに」
「おまえ、よくそれで記者やってんな」
五味はタバコを咥えると、寝癖だらけのボサボサ頭をかき回した。
昨日の調査で得られた証言を披露した笹桑は、自信満々鼻高々に五味を見つめた。さあ何でも質問してくださいと言わんばかりに。一方の五味は、じっとテーブルに乗った灰皿を見つめている。咥えたタバコは、フィルター近くまで短くなっていた。
「五味さん? おーい五味さーん。寝てるんすかー」
顔の前で手を振る笹桑に、五味の視線が向けられたのは数秒の後。
「なあ笹桑」
「何すか何すか。何でも聞いてください」
五味はタバコを灰皿にねじ込み、ジロリとにらんだ。
「話を聞けたのは喫茶店とスナックの二軒だけなんだな」
「そうっすよ。砂鳥社長と同じ高校で、近い学年だったって間違いなく判明してたのが二人だけだったっすから。大学関係は北海道まで行かなきゃだし、近所の人に手当たり次第訊いて回っても良かったっすけど」
「んな事してたら、ぶん殴ってるところだ」
「つまり正解だったんすよね?」
「ああ、ある意味正解だったよ。オマエを行かせてな」
五味の口元がニンマリと緩む。だが、あまり楽しそうな目つきではない。
「オマエに質問されて、二人はどんな顔してた」
「どんな顔? 別に変な顔はしてなかったっすけど」
「だろうな」
五味は新しいタバコにライターで火を点ける。その様子に笹桑は首をかしげた。
「どういう事っすか。何かおかしいところありましたっけ」
「おかしいところは何もない」
「でしょ」
「何もないのが気に入らない」
「はぁ?」
これにはさしもの笹桑もムッとする。しかし五味はその顔を見ず、天井に向かって煙を吹いた。
「砂鳥と言えば地元の名士だ。自慢だ。身内が砂鳥の傘下企業で働いてるヤツも、あの辺にはゴロゴロいるだろう」
「そりゃまあ」
「その砂鳥の社長を調べてる女が突然現われて、不審に思わないヤツはいねえよ。それも昔の武勇伝でも取材に来たって話ならともかく、死人との関わり合いなんぞ聞かれたら、面倒事には巻き込まれたくないって感覚になる方が普通だと思わねえか」
「でも二人とも、ちゃんと話してくれたっすよ」
「そりゃそうだろう、この範囲までなら話しても問題ないって最初からわかってたんだからな」
笹桑はしばし困惑し、そして数秒を要してようやく理解した。
「台本があったって事っすか!」
五味は口元に小さく苦笑を浮かべている。
「台本なのか約束事なのかは知らんが、あらかじめ何らかの取り決めがあった可能性はあるだろ。砂鳥宗吾の昔を知ってる人間を捜せば、その二人に行き着くよう準備してな。ネットの情報なんぞ、簡単に誘導できる。おまえは二人に行き着いたんじゃねえ、その二人以外の情報を隠されたんだよ」
「えぇ……でも、それって何のために」
「んな事は、どうでもいい」
タバコを大きく吸い込み、そして吐き出す。渦巻き拡散する白煙の向こうで、五味の目はらんらんと輝いていた。
「隠す理由なんぞ知るか。問題は何を隠してるかだ。それさえわかれば金になる」
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