第10話 笹桑ゆかりの聞き込み

 霊源寺はじめの死には、やや不審な点は見られたものの、自殺ないし事故死の可能性も少なからずある。特段、世間に大きな影響を与えるような出来事でもなし、普通に考えれば担当の市警察、いわゆる所轄署の仕事。県警捜査一課が出て来るような事件には思えなかった。


 ただ、幸平寺の建物は県指定の有形文化財でもあり、現住職の変死は県の公安委員会の興味を引いた。このため所轄署との連絡調整役として、県警捜査一課の冷や飯食らいが二人派遣されたのだ。


 築根きずね麻耶まや警部補の姿は現場では人目を引いた。スラリとした肢体に気の強そうな切れ長の目。そして後ろで団子に結んだ真っ金々に染めた長い髪。誰が見ても佳人麗人、ただし儚げな気配は一切なく、その美貌は「アクリル樹脂」と陰口を叩かれるほどである。


 築根の背後には頭一つ背の高い、岩の塊のような男がいる。原樹はらぎ敦夫あつお巡査はラグビーで鍛え上げた筋肉質な自らの巨体を使って、築根を追う野次馬の視線をさえぎっていた。


 二人とも所轄の捜査の邪魔などしない。口出しもしない。もし意見を求められれば返事をする用意はあるが、それまでは田圃の案山子かかしを貫くつもりだった。いま自分たちに求められているのが、単なる連絡調整役だという事は理解している。面白い仕事ではないが、組織全体が回るためには誰かがやらねばならない。


 とは言うものの、体を動かさずにただ立っているだけというのも疲れる。築根はあくびが出そうになるのを小さな咳払いでごまかした。その視界の中に、こちらに向かって手を振る人影が。


 眉を寄せてそちらを見ると、報道陣や野次馬の作る人垣の向こうで、やたら背の高い女が両手をブンブン振り回している。心当たりはあり過ぎるほどあった。野次馬もそちらに視線を向け始め、捜査員の何人かも気付き出している。これは放置しておけない。


 築根はなるべく自然に見えるように、しかし、できるだけ早足でその女の方に向かった。女も駆け寄って来る。


 長い手足はバレーボールかバスケットの選手を思わせる。そして小さな顔。鼻のソバカスはご愛敬だが、モデルでも目指せばそこそこ行けたのではないか。規制線を出た築根は、近付いて来た背の高い女を、低い声で小さく叱責した。


「笹桑。いい加減にしろよ」


 しかし笹桑と呼ばれた女は、満面の笑顔で築根の両手を取ってブンブン振った。


「いやあ来て良かったぁ。先輩に会えると思ってなかったすから」

「振るな。取材なら残念だな。私から教えられる情報は何もない」


「大丈夫っすよ、うちがいかに三流でも、こんな事件にまで飛びつかないっすから」


 何が大丈夫なのかはよくわからないものの、笹桑は自他共に認める三流週刊紙で事件記者を務めている。もっともあまり仕事熱心でもないようだが。


「取材でもないのに、こんなところに何の用だ」


 そう言った瞬間、築根は思い当たった。あの没個性な顔が浮かんで来る。


「……また五味か」

「にへへへ」


 照れて変な笑い声を漏らす笹桑に、築根は大きくため息をついた。


「おまえな、五味と付き合うのは大概にしろよ」

「やだなあ、まだ付き合ってないっすよ」


「そんな事は言ってない」

「似たようなもんじゃないっすか」


「あのなあ」


 そこに背後から原樹の声が近付いて来る。


「警部補」


 築根が振り返ると、原樹が大きくうなずいた。


「検証、一通り終わりました」

「わかった。すぐ行く」


 そう応えて笹桑に念を押す。


「とにかく警察の邪魔はするな。あと、変な事に首を突っ込むな。いいな」


 築根は再び規制線の内側へと戻って行った。その背中に手を振りながら笑顔で見送って、笹桑ゆかりは小さくつぶやく。


「さあてと、変な事に首を突っ込みますか」


 砂鳥ホテルに背を向け歩き出したとき、陽はもう傾き始めていた。




「砂鳥の社長の事?」


 喫茶店のマスターは、さして不審がる様子もなく笹桑の話を聞いた。


「はい、ご主人が社長の先輩だったとうかがったもので」


 嘘である。SNSで検索をかけて同じ学校出身の人間を割り出し、あとは生年月日の近い者をピックアップしただけだ。


「学年が違うから、たいした話は知らないよ」

「社長さん、凄い優秀だったって聞きましたけど」


「いまでも優秀みたいだけどね。高校時代はまあ学業優秀、スポーツ万能、人当たりも良くて、いつも友達に囲まれてた印象かな」

「『完璧魔人』って仇名だったって本当すか?」


「らしいね。学校だと日直が先生の手伝いしたりするじゃない、砂鳥の社長が日直のときには先生の負担が段違いだったらしい。全部指示する前に仕事が片付いていて、隅々まで配慮が行き届いている、みたいな」


「凄いなあ。彼女とか、いなかったんすかね」

「彼女は聞いた事ないな。でもいたんじゃないの、女子にも凄い人気だったから」


「親友とかは?」

「親友かあ。そう言えば、社長と同じ学年に『霊感ヤマカン第六感』て三人組がいてね、ミステリー研究会だったんだけど、仲良かったらしいよ。後は……」


「後は?」


「うん、名前は知らないんだけど、どこだろう、美術部だったかなあ。とにかく普段一人でいる事が多い、まあぶっちゃけた話、やたら暗いのがいてさ。そいつと社長がよく一緒にいるのは見たな。何であんな暗いのと一緒にいるんだろ、って思ってた」


「ふうむ、なるほど」


 笹桑が腕を組んで考え込んでいると、マスターは少し言いにくそうに顔をのぞき込む。


「あのさ、質問はいいんだけど、ここ喫茶店だし何か頼んでくれる。せめてコーヒーとか」

「あ、じゃあ、ブレンドとカツサンドとナポリタンお願いしまっす」


「え、そんなに?」

「大丈夫っすよ、残しませんから」


 満面の笑みでうなずく笹桑であった。

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