第3話 もう一人の俺

 ググトのいる平行世界に行った「現実世界の俺(小川涼介)」の話。


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 俺は夜の暗闇の街を走っていた。奴が追ってくる・・・。思い返すと、 確かに今日は朝からおかしかった。


「ピピピピ・・・」


 目覚まし時計の音で起きたが、それはいつものところになかった。


「おかしいな・・・」


 目をこすりながら起きてみると、まだ7時半だった。


「まだ30分もあるじゃねえか・・・」


 俺はそうつぶやいた。しかしなぜかその時、急に違和感を覚えた。いつもと同じ俺の部屋なのに何かが違う・・・。しかしどこがどう違うとはっきりと言えなかった。


「仕方がない。早めに行くか・・」


 しかしスマホが見つからなかった。いつもなら机の上に置いてあるのに・・・確か昨夜はあった。それから30分ほど探したが見つからなかったので、俺はあきらめてマンションを出た。



 駅に向かう人の数はいつもよりかなり少なかった。


「今日は休みだっけ・・・」


 そう思わせるほど人がいなかった。だが今日は5月12日水曜日だ。祝日でもない。


(何か変だ・・・)


 俺の感じる違和感はますます強くなっていった。すると俺の歩く道の先で何かの騒ぎがあった。


(何だ?)


 何が起こったか確かめたくなった俺は、その道を走って見に行った。


「えっ!」


 俺は目を疑った。その先に恐ろしい化け物がいたからだ。しかもそれは血だらけの人を触手でしっかり抱え込み、体を裂いて血をすすっていた。俺はいきなりのことで恐怖と驚きのあまり、そこから動けなくなった。


「おい、君! 何をしているんだ!」


 横から声が聞こえた。俺が顔を向けると、そこには見たこともないボックスが地面から突き出て、数人の人が中に入っていた。


「早くここに!ググトにやられるぞ!」


 その中にいる一人の紳士が大声を上げた。


 俺はそれでもどうしたらいいかわからず、ただ立ちつくしていた。するとその紳士がそこからわざわざ出てきて、俺を抱えて押し込むようにまたそのボックスに入った。


「死ぬ気か! 自分の命は自分でしっかり守るんだ!」


 その紳士は熱く俺に訴えた。


「はあ・・・すいません・・・」


 訳の分からない俺はそう言うだけだった。



 化け物は血を吸い終わるころ、その周囲に数個の「人影」が現れた。確かに人というより影という言葉がしっくりくるほど、黒い体をしていた。そいつらは化け物に向かっていった。


「ぐぐぐ・・・!」


 化け物は必死に抵抗したが、やがてその「人影」たちに体を引き裂かれ、やがて消えていった。

 俺は目の前の光景が信じられなかった。しかも周りの人がそれをいかにも普通のこととして平然としていた。

 俺はボックスから出た。そのボックスは地面に吸い込まれるように消えていった。周りの人たちは何事もなかったかのように、また駅に向かっていた。だが異変はそれだけではなかった。


 ◇


 大学に着くと、廊下で斉藤と川端と村山が何かを話していた。


「おい。何を話しているんだ?」


 俺はそう話しかけた。俺らは4人でつるむことが多かった。しかし3人は怪訝な顔をして俺を無視して行ってしまった。それだけではなかった。他の誰に話しかけても俺は相手にされなかった。


(一体、どうしてしまったんだ? 俺が何かしたか?)


 俺は何だかいたたまれなくなり、早々にマンションに帰った。机の上にはやはりスマホはなく、俺は仕方なくテレビをつけた。だが駅前であんなことがあったのに何のニュースも報じていなかった。


(変だ。何かが狂っている。)


 俺はそう思わざるを得なかった。いつもと同じ生活を送っているはずだが、何かが少し違う。俺の違和感は強くなっていた。考えれば考えるほど頭がおかしくなりそうだった。


「気晴らしに出かけるか!」


 俺は思いついた。こんな時は気分転換が一番・・・だがスマホがないから誰も誘えなかった。


「まあいい。久しぶりにバイクに乗って出かけるか! 少し遠出をしてみよう!」


 俺はマンションの駐輪場に行った。そこに俺のバイクが置いてあるはずだった。


「動くかな? もうしばらく乗っていないから」


 だが俺のバイクは手入れがされた状態で置かれていた。埃など積もっておらず、きちんと磨かれていた。


(一体、誰が?・・・まあいい。かえって都合がいい。このまま乗っていくとしよう!)


 俺はヘルメットをかぶりバイクにまたがった。エンジンはスムーズにかかった。


「よし、出発!」


 俺はバイクを走らせた。不思議なことに幹線道路に出ても車の数は少なかった。俺のバイクは広い道路を快調に疾走した。


「いつもこれならいいのにな。渋滞はないし、空気まで新鮮なような気がする。」


 俺は久しぶりの感覚を楽しんた。それまで曇っていた気持ちが晴れてきたような気がしていた。それで調子に乗って郊外まで足を延ばした。それで帰るころには辺りが暗くなった。


「どこかに寄っていくか」


 俺は飲食店を探した。しかしどこも灯りがすでに消えていた。


(郊外だから仕方がないか。それにしても1軒も開いていないなんて・・・この辺は誰も夜に出歩かないのか)


 俺はそう思ったが、それなら家の近くなら行きつけのところがあるからそこに行こうと思った。


 だが家の近くに戻ってきてもどこも店は開いていなかった。コンビニすら閉まっていた。


(これはどういうわけなんだ?・・・)


 俺はバイクを停めて店の前まで来た。しかし臨時休業の張り紙はなかった。すべて閉店となっていた。どこも夕方で店を閉めていた。


(いつからだ?昨日までは確かに夜は店が開いていたのに)


 辺りを見渡すと町は暗闇に包まれて不気味な程に静まり返っていた。歩く人もなく、家々の明かりの身が点々と灯っていた。 


(誰も外にいないじゃねえか。みんなどうしたんだ?もしかして・・・)


 俺は思い当たった。今朝の化け物騒動のことを。そのせいでみんな怖がって早々に店を閉めてしまったのかと思った。それなら通りに誰も歩いていないのも合点がいく。いや、それだけでなく化け物がまた現れて暴れているのかもしれない。

 そう思うと俺も急に怖くなってきた。あの化け物に襲われたら血を吸われて殺されてしまうだろう。今朝見た光景が脳裏によみがえってきて、俺の頭から離れなくなった。


(とにかく、帰ろう。ニュースを見れば何かわかるかもしれない。)


 俺はマンションの方にバイクを走らせた。すると「きゃあ!」と悲鳴が聞こえた。俺はそれを聞いて直感した。


(やはりあの化け物がまだ人を襲っているんだ!)


 俺はあわててバイクの方向を変えた。恐怖で喉がカラカラになっていた。


(ここまで来たらもう大丈夫だろう。しかしもうマンションには戻りにくくなったな)


 すると自動販売機が見えた。喉が渇いているのを急に思い出し、俺はバイクを停めた。さすがに自動販売機は電気がついていて明るかった。俺はバイクから降りると小銭を入れてコーラを買った。

 乾いた喉に流し込んでやっと人心地つけた気がした。冷静に考えるとやはり周囲の状況はおかしかった。こんな化け物が出たのなら警察官が警戒しているはずだが、その様子はなかった。本当はこの町の様子が普段と変わらないのであって、俺だけが異様に感じているのではないかと錯覚するほどだった。


(俺の方がおかしいのか?)


 俺はそう思いながら周囲を見渡した。


「いるじゃねえか・・・」


 そこで初めて歩いている人を見た。それは背広を着た若い男だった。だがその男はまるで何かが襲ってくるかのように、辺りを警戒しながら歩いていた。


(何をそんなに怯えているんだ・・・・ああ、そうか。あの化け物を怖がっているんだな。それなら教えてやろうか。あの化け物は向こうの方で出たが、さすがにここまでは来ないだろうし、方向も逆だと)


 俺は何かわけのわからない優越感に浸っていた。そう思っているともう一人、若い女性が歩いてきていた。その女性はかわいらしく幼い雰囲気があるのに、別に怖がる様子もなくさっさっさっと歩いていた。


(あんなかわいいのに度胸のある女性もいるんだな)


 そう思って俺が遠くから見ていると、その女性はあの若い男にすうっと近づいた。


(何をする気だ?)


 女性は男に気付かれないように後ろから近づいていた。


「あっ!」


 俺は声を上げた。その女性はいきなりあの化け物になった。そして男を後ろからつかまえて、その大きく開いた口で男の体を斬り裂いた。


「うわー!」


 男は叫び声を上げた。だがそこまでだった。男は気を失い、流れる血をその化け物はすすっていた。俺はそのまま動けなかった。

 化け物は男の血を夢中ですすっていたが、見られている気配を感じたのか、ふと顔を上げた。すると俺と目が合ってしまった。


「やべえ! こっちに来る!」


 我に返った俺はバイクをそのままにして夢中で逃げた。


(あの化け物がこんなところまで来た! いや、人が化け物になった!)


 俺は何が何やらわからなかった。ただ化け物が近くにいることは確かだった。


「助けてくれ! 誰か助けてくれ!」


 俺は叫んで走るしかなかった。夜の暗闇は恐怖を何倍に膨らませていた。



 恐怖に駆られて走っているうちに俺は息が上がってきた。


(もう走れない・・・)


 俺が立ち止まった。ここまで来たら逃げ切れただろう。するとその俺を不思議そうに見ている少年がいた。


「この辺に交番はないの? 人が化け物に襲われたんだ!」


 俺は肩で息をしながら言った。


「化け物? まさか!」


 少年は驚いてそう言った。


「それがいたんだ。大きな口で体を食い破って血をすすっていたんだ!」


 俺は必死に説明した。すると少年は言った。


「ああ、ググトのこと? なに言っているんだよ。化け物だなんて。ちょっとびっくりしたよ。ググトなら人を襲って当然だよ」


(ググト?)


 俺は知らなかったが、あれがググトというものなのか・・・だがこの少年の落ち着きぶりがどうだ。まるで人が襲われるのが当たり前ように話していた。


「なんかお腹がすいてきた! そんな話をするから」


 少年がそんなことを口にした。


(そんな残酷な話をしているのにそんな気によくなるなあ)


 俺がそう思った瞬間だった。少年がすっと近づいてきてあの化け物に変わった。そして俺を触手で捕まえた。俺は恐怖で声を上げられなかった。


「いただきます!」


 その化け物は俺にかじりつこうとした。俺は恐怖で目をつぶった。


「バーン!」


 いきなり強い衝撃を受けて俺は吹っ飛ばされた。


(何だ?何が起こったんだ?)


 俺は薄目を開けて前を見た。するとあの化け物が朝見たあの「人影」と戦っていた。その「人影」は触手を叩き折り、最期は強烈なキックで化け物を斬り裂いた。化け物はそのまま静かに溶けて消えていった。

 あまりの恐ろしい光景に俺は気が遠くなっていた。


 ◇


 俺は目が覚めた。そこは見知らぬ場所のベッドの上だった。身を起こすとそこは病院の病室のようだった。


(あれは悪い夢だったのか・・・)


 多分、どこかで頭を打ったとかしてこの病院に担ぎ込まれたのだろう。その衝撃であんな悪夢を見ていたのだ。そうでなければあんなこと、起こるはずがない・・・俺はそう思った。


 すると部屋に看護師が入ってきた。


「ご気分はどうですか?」


 看護師がやさしく尋ねてきた。


「悪夢を見たようで・・・・。でも体は元気です」

「そうですか。まあ、後で先生が回診にいらっしゃいますので見てもらいましょう」


 看護師がそう言って出て行った。すると廊下で人が暴れて騒ぐ音が聞こえてきた。


「うわー! 放してくれ! ここにはいたくない!」


 俺は廊下に出て隣の人に聞いてみた。


「どうかしたんですか?」

「ええ、あの人も昨夜、運ばれてきたけど、ずっと訳の分からないことを言って暴れているんだ」


 隣の人は教えてくれた。俺は、暴れて職員に取り押さえられている男を見た。髪の毛が逆立ち目は血走って半狂乱状態だった。


「なんだ! この世界は! こんなにうじゃうじゃ化け物がいやがって! 俺の住んでいた世界じゃあねえ。元の世界に戻せ!」


 男は必死に叫んでいた。


(まさか! あれは夢じゃなく、現実なのか!)


 俺はまだ信じられなかった。確かに昨日はおかしなことがいっぱいあった。


(いいや、違う。そんなことはない。あの男がおかしなことを言っているだけだ!)


「おかしなことを言う人がいますね」


 俺は隣にいる人に言った。


「ああ、全くそうだ」


 隣の人は同意してくれた。俺はほっとした。やはりあの男がおかしかったのだと・・・それより俺はどれほど眠っていたのだろう。数時間だけだと思うが、まさか数年ということはないな・・・


「今日は何日ですか?」


 俺は隣の人に尋ねた。


「今日は5月13日だよ。マサド記念日だ」


 隣の人がそう言った。俺は聞きなれない言葉にもう一度、聞き直した。


「えっ?マサド?」

「マサド記念日の5月13日だよ! 安治3年の!」


 隣の人ははっきりと答えた。


「可哀そうに怖い目に合ったんだろう。ググトに襲われたんだからな。別の世界から来たって思い込もうとしているんだな」


 隣の人はその男を憐れんでいた。俺はそれを聞いて愕然とした。


(ここは俺のいた世界じゃない。あの恐ろしい化け物が常に襲ってくる世界だ。俺はここに飛ばされたんだ。あの男と同じように・・・)


 俺は恐怖でガタガタと震え出した。


「どうかしたんですか?」


 俺のその様子に隣の人は驚いていた。


「お、俺もこの世界に飛ばされたんだよ! あの男と同じように!」


 俺は隣の人に訴えた。すると隣の人は怪訝な顔をした。


「冗談はやめてくださいよ。あなたまで。本当にもう。こんなことを言う人がここにはいっぱいいるんですから」

「本当だ! 本当なんだ! 俺もこの世界のものじゃないんだ! 信じてくれ!」


 俺は隣の人をつかまえて叫んでいた。もう精神的に崩壊して正気でいられなかった。その俺を周りの人が羽交い絞めで押さえた。


「た、助けてくれ! ここから元の世界に戻してくれ!」


 俺は手足をばたつかせながら必死に叫び続けていた。

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