第2話 もう1匹いる
俺は確信していた。この世界は俺のいた世界ではないと。一見、同じようにみえているが、実はかなり変わっているのであった。特にググトが元々、いなかったというのが・・・。
確かに今までだって平行社会から来たと告白する人はいるにはいた。今回のこともそれと同じように偶然に起こったことなのかもしれない。だがこことは別の世界に存在した俺がこの世界に来て、それだけでなく一匹だけだがググトも姿を現した。こんなことが他にも起こっているとしたら・・・次元に何か大きな異変が起こっているのか?
(とにかくこの世界で生きていかなくちゃ。そうすれば元の世界に戻る方法も・・・)
そこまで考えた時、俺は元の世界に戻るのを拒絶している自分がいることに気付いた。ググトがいないこの世界の方が幸せではないかと。
「とりあえず今までと同じように生活してみるか・・・」
俺はそう思って、徹夜明けの眠い目をこすって大学に向かった。昨日の騒ぎで駅前はまだ騒然としていたが、多くの通学や通勤の人たちは昨日と同じように歩いていた。
俺は電車に乗って大学に向かった。「香鈴大学」はちゃんとあった。そして俺は「小川涼介」としてちゃんと在籍していた。
(ここまでは同じだ)
俺は講義室の椅子に座った。すると話しかけてくる人があった。
「おい、涼介。昨日はどうしたんだ?お前の駅で化け物騒ぎがあったから心配したんだからな」
それは確か、斉藤という同級生だった。俺はずっと孤独で友人というのは一人もいなかった。いつも一人で講義を聞いて、誰と話すこともなくそのまま帰るだけだった。今日に限って、向こうの世界で一度も話したこともない斎藤がいきなり話しかけてきて、ちょっと面食らった。
「い、いや、大丈夫。大丈夫」
俺はあわてて答えた。
「和夫も俺も心配したんだぜ。LINE送っても返事ないしな」
もう一人がそばに寄ってきた。
(ええと・・・こいつは川端という名前だったか・・・)
だが彼のことよりも気になったことがあった。
(LINE? 何だ? それは?)
俺は疑問に思った。
「お前、スマホどうしたんだ?」
また一人声をかけてきた。
(村山か?・・・それよりスマホって何だ?)
俺はわからないことだらけでなんと答えようかと困っていた。
「ほら? LINE送っただろう? 既読にもなっていない」
川端はなにやら小さい画面の装置を出して俺に見せた。そこには小さな文字とイラストが映し出されていた。
(これがスマホ? LINEってこれのことか?)
よく思い出してみると、部屋の机の上にこれと似たようなものが確かにあった。
(これがここのコミュニケーション手段か。メッセンジャーと違う)
俺のいた世界では手のひらに収まるメッセンジャーというツールがあった。それは音声のみを一方向的に相手に送るだけのものだった。こんなスマホのようなものは俺の世界にはなかった。
「すまん。壊れていてな」
俺はとっさにごまかした。
「そうか。それは大変だったな」
斉藤が言った。
「不便だろう。修理に出したのか?」
村山が聞いてきた。
「ああ、しばらくかかるって言って。そんなに不便はないから、これでいいや」
俺はまた嘘をついた。
「そうか? 困ったことがあれば言ってくれよ。しばらくはパソコンのメールで送るよ」
川端は言ってくれた。
「そうしてくれよ」
俺はそう言いながら、何かほっとした気分になった。
(メールはこの世界もあるんだ!)
しかしいい奴らだった。向こうの世界では俺のことを無視していたのに、ここでは親しい友人になって俺のことを心配までしてくれた。俺は何か妙な気分になった。
◇
講義が終わり、あの「友人」たちの誘いを断って俺はそのまま帰ってきた。この世界のことをよく調べないと大きな恥をかきそうだし、ボロを出して変な目で見られるのが嫌だったからだ。
帰る途中で色々見たが、他のところは特に変わったもことはなかった。とにかくあのスマホという物の操作になれなくては。それにLINEも・・・俺は何とかこの新しい世界に溶け込もうと思って、机の上に放り出しているスマホという物を手に取り、テレビをつけた。するとまた特別報道ニュースをしていた。
「また惨殺死体です。体を斬り裂かれています。場所は・・・」
それを見て俺は驚いた。昨日の奴は確かに倒したはずだ。それにもかかわらず、また別の町でググトにやられたと思われる死体が出た。
(もう1匹いる・・・)
俺はとっさに思った。この世界に来たのは、俺と昨日倒したググトだけではなかった。まだ他にググトがいた。
(奴を倒さなければ。ここではマサドは俺一人かもしれない。このままではこの世界の人たちの被害者が増えるだけだ)
俺はその町に行こうと、スマホをポケットに入れてマンションの部屋を出た。
◇
その町は俺のいる町の近くだった。だが徒歩では遠すぎた。
「バイクはどうなっているんだ?」
俺はマンションの駐輪場をのぞいた。そこには俺のバイクがあった。
「これはちゃんとあるんだ」
俺はバイクのそばに寄った。だがそれは埃まみれになっていた。
「ちゃんと手入れしていなかったんだな。この世界の『俺』は」
しばらく乗った様子はなかった。この世界にいた「俺」は充実した大学生活を送っていたようだった。それは大学の「友人」たちと話してみてわかった。だからこのバイクに乗る機会が少なかったんだと思った。向こうの世界で俺は孤独でバイクを乗り回してばかりいた。特にあのことがあってからは・・・
俺はバイクを引き出した。何とか、エンジンはかかった。俺はそれに乗ってググトが出た町に向かった。
その町もやはり騒然としていた。日中、いきなり化け物が現れて人を襲い、すぐにいなくなったということだった。マサドが現れないこの世界ではググトの思うがままだった。
町にはやたら警官がいた。不審なものを見ていないか、事件の目撃者がいないか、いろいろ聞いているようだった。俺も話を聞かれたが、ただの野次馬と思われただけだった。だがその警官の数の多さはそれだけではないように思えた。
(警官ばかり・・・もしかしてググトのため?)
まさかとは思った。警官がググトを取り締まる?・・・まさかそんなことを考えている人がいるとは・・・俺の常識では考えられなかった。
(とにかく奴の気配を探るか・・・)
ググトになれば遠くてもわかるが、人に擬態している状態では近くに寄らなければわからない。俺はあちこち歩きまわり、気になる人のそばに寄ってみた。
「あっ!」
俺は急にググトの存在を感じた。この近くだった。するとすぐに
「うわー!」
悲鳴が聞こえてきた。俺はその方向に急いだ。
そこにはググトがいた。その手には血だらけの人がぐったりとして抑え込まれていた。
「その手を放せ!」
一人の警官が身構えながら言った。初めて見るググトに緊張しているようだった。ググトは血をすすりながら警官を睨みつけていた。そこに他の警官も駆けつけてきた。その中には拳銃に手をかける警官もいた。
だがググトは血を吸い終わった人を放り投げた。警官たちは何とかそのググトを取り押さえたいようだったが、どういう相手かもわからず、ただ包囲するだけだった。ググトは周りを見渡すと、ここから抜け出そうと取り囲んでいる警官に襲い掛かった。
「グワー!」
「ぎゃあ!」
警官たちの声が上がった。ある警官は触手に吹っ飛ばされ、ある警官はかみつかれて血を吹き出し、またある警官は腰が抜けて動けなくなっていた。拳銃を発砲した警官もいたが、すぐに吹っ飛ばされた。もちろん拳銃の弾などググトに効くはずがなかった。
「こりゃあ、だめだ!」
俺はマサドになってすぐに飛び出して行かなかったことを少し後悔した。それでもググトの前に飛び出して行き、「エネジャイズ!」と唱えた。
だが不思議なことに俺はマサドになれなかった。
(一体、どういうことなんだ!)
俺は信じられなかった。別の世界に来ているにしろ、昨日はちゃんとマサドになれた。今日に限って・・・。俺が困惑して立ちつくしていた。その俺に奴の触手が飛んできた。
「バーン!」と音がして俺は吹っ飛ばされた。そして地面に叩きつけられた衝撃にポケットのスマホが飛んでいった。
俺はまた立ち上がった。
(もう一度だ!)
俺は「エネジャイズ!」と声を上げた。すると今度はマサドになれた。
(よし!これなら!)
俺はググトに向かっていった。その様子を警官たちは唖然として見ていた。
このググトもC級だった。先制のパンチを食らわせると、
「き、貴様。いたのか!」
と声を出してそのまま逃げて行った。
「待て!」
俺は追っていった。奴の足は速かったが、しばらく行くと追いついた。俺はジャンプして奴の前に出た。
「こうなったら破れかぶれだ!」
ググトが俺に向かって来た。だがそうしてくれた方が俺はやりやすかった。伸ばしてくる触手をチョップで叩き折り、さらに接近して口をパンチでつぶした。
「ぐうぐうぐう・・・」
奴は悲しげな声を上げた。俺はジャンプして強烈なキックをお見舞いしてやった。するとググトの体は引き裂かれ、やがて溶けて消えていった。
「ふうっ!」
俺は元の姿に戻って息をついた。危ないところだった。もしあのままマサドになれなかったらやられていただろう。
(一体何だったんだ?)
俺は不思議だった。マサドのシステムは故障など起きないように作られているはずだった。それなのに不具合が出たとは・・・。もしかするとこの世界のためなのか・・・だが答えは出なかった。
(ググトは倒したし、もう帰るか・・・)
俺はバイクの止めてあるところに向かった。そこには誰もいなかった。
「さてと・・・」
俺がバイクに手をかけた時、急に何者かが現れて俺に近づいてきた。その気配から(ググトだ!)ととっさに思った。もう一匹いたのだ。俺はすぐにマサドになろうとしたが、奴は何かを俺の左手にくっつけていった。
「何だ?」
俺は左手を見た。それは俺がさっき落としたスマホだった。奴は強力な接着剤かなんかでスマホを俺の左手にくっつけたのだ。俺は奴の意図が分からなかった。
「ググトだな!」
俺は身構えながら言った。目の前には中年の紳士に擬態したググトがいた。不思議なことに奴はググトになろうともせず、俺をじっと見ていた。
「答えないなら俺から行ってやる! エネジャイズ!」
しかし今度はマサドになれなかった。
「どうしてだ!」
俺は思わず声が出た。
「やはりそうか!」
奴はうなずいた。
「どういうわけだ!」
俺は奴が何かを知っているのが癪だった。奴が得意げに言った。
「スマホの電波がマサドのシステムに影響している。それが身のそばにあればマサドになれない。私はそう考えた」
「そうか。こんなもの取ってやる!」
俺はスマホを引き離そうとするが、強力な接着剤のせいか、どうしても離れなかった。
「お前をこのままなぶり殺してやる。我らを抹殺するマサドは許せんからな。ググトの恨みを晴らしてやる!」
奴は恐ろしい顔をして言った。俺は顔をこわばらせていた。奴はググトの姿になった。
「さあ、どこから斬り裂いてやろうか?」
(まずい!何とかしなければ・・・そうだ!)
ピンチを前に、俺は急に思いついた。そしてすぐに左手でバイクを殴った。
「ガシャン!」
左手にくっついていたスマホが壊れた。
「エネジャイズ!」
今度はちゃんとマサドになれた。スマホが壊れれば電波が出ないのは当然だった。壊れたスマホはマサドになった時に外れて地面に落ちた。
「何だと!」
これには奴も想定外だったようで驚いていた。俺はすぐにパンチを連続して放った。
「ぐう・・・」
ググトは悲鳴を上げた。俺は抵抗できないように奴の口をつかんだ。俺には聞きたいことがあった。このググトが知っているかどうかはわからないが・・・
「貴様らが俺をこの世界に連れてきたのか! 何もかも貴様らの仕業か!」
俺は奴を締め上げた。
「そ、そんなことをしようとも思わないし、できもしない」
奴は苦し気に言った。
「嘘をつけ!」
「本当だ。多分、それはマサドのシステムのせいだ。あれは次元に穴を開ける技術だ。それで平行世界とつながってしまったのだ」
俺は信じたくなかった。しかし以前、説明を受けたマサドのシステムは、別次元に置いてある戦闘力のあるマサドの体を、エネジャイズして人間の体と入れ替えるものだった。それは東都大学の東野英一郎教授が開発した次元移動技術を元にしていた。
「まさか・・・」
俺はつぶやいた。
「私は昨日、この世界に来た。お前もそうなのだろう。だがここの奴らはググトのことを知らない。だから好きなようにやれる」
奴はさらに勢いづいて話し始めた。
「そうだ。お前たち人類が起こしたのだ。ググトは次々にこの世界にやってくるぞ。たとえマサドがお前のように来ても、この世界ではググトの方が有利だ。フフフ・・」
奴は楽しそうに笑い始めた。俺は奴のその様子に急に怒りを覚えた。
「うるさい!」
俺はググトに強烈なパンチを食らわせた。するとそれが奴の体を斬り裂いた。
「そのうちこの世界はググトのものになる。すべては我らの物だ。人類は家畜になり下がるんだろう。フフフ・・・」
奴は笑いながらやがて消えていった。俺はそれを聞いて目の前が真っ暗になった。ググトがはびこる世界になるなんて・・・。
「ググトが・・・ここにも・・・元の世界と同じように、いやそれ以上に・・・」
俺は最悪の事態を思い浮かべて茫然となった。
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