人食いヤンデレお姫様と嘘つき少年のハネムーン

@satousaitou

プロローグ ◆変わらず◆





私は人気者なのよ、知ってる?老若男女問わず、みーんな私の美貌に見惚れちゃうの。


最初は皆気持ち悪くて、怖くてたまらなかったけど。でもね、皆が私を好きになっちゃって、必死に好かれようとする様を見るのは、なかなか悪くないって気がついちゃったのね。


中には私に興味なんてないって顔をする人がいたけど、最終的には結局私の特別になった気分になって、好きになって、告白して。


なんてくだらないのだろうね。


「外見じゃなくて、君の精神を愛する」って?


もっとマシな口説き文句思いつかないのかしら。


くだらない。私に恋愛感情なんてものを抱く時点であなたは自分の本能に逆らえてないのよ、馬鹿ね。




だから、私はいつも一人。いえ、一人ですらないのかもしれないわね。私はこんな私が大嫌いなんだから。こんな醜い醜い女が大嫌いなんだから。鏡を見る度、憎悪に囚われてしまうのだから。













ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「おはようなのだよ諸君!!」




教室に、暑苦しさだけが特徴の担任の声が木霊する。毎朝どれだけ眠たくても、この怒号に目を覚まさせられる。ありがたくないし、迷惑だ。


何度目かわからない思考を閉じて、今日を始める。




「枯指妥、よくあれ聞いてまだ眠たがってられるね?あれを聞いて目を覚まさないお寝坊さんは、うちの学校であんた一人よ?」




枯指妥、それが僕の姓だ。


僕は、枯れ落ちて、指を刺され、妥当を求められる男だ。ただでさえくらい僕の雰囲気が更に暗くなるじゃないか、この名前。




「はっは、冗談はよしてくれよ〜?俺の目はいつだって開きに開きまくってるさ!生まれてこの方この目を閉じたことがない男だぜ、俺は?」


「今瞬きしなかった?」


「ウィンクだぜ、知らねぇの?だっせぇー。これから田舎者は、全く」


「へぇ?じゃあ今から全力であんたの顔を殴るけど、あんた目をつぶらないのよね?」




ツインテールを揺らし、隣の女が拳を突き出す。大げさに頭を下げ「すいやせんっした!!」と謝罪する。


笑いが起きる。隣の女も、周りの人間も、笑う。僕も笑顔を浮かべる。


いやぁ素晴らしいよね、嗤い者になるってのは、周りの人間が僕をなんとなく根拠はなしに「こいつは俺よりも、下だ」なんて考えるのを嘲笑えるんだから。




僕は、人とのコミュニケーションを相手より下に出てから取り始めることを常にしている。


こいつは何も考えてなくて、馬鹿で、不器用で、いいやつだ。そう思われるように生きている。僕は人を嘲笑うのが好きなんだけれどね、特に一番楽しいのは、人を騙すことさ。


僕、枯指妥遺志を嗤うものは、尽く僕に騙される。枯指妥遺志という人間の人格に騙されている。そう思うと、ははは、なんて愉快なんだろうね。面白くて面白くてたまらない。


こんなに頭のいい人間が、運動ができる人間が、コミュニケーション力に溢れる人間が、卓越した独創性を持つ人間が、教師が、親が、兄弟が、そして僕自身が、僕に騙される。


なんて、素晴らしいのだろう。




「そうだ、枯指妥。あんたあのお姫様の噂知ってる?」


「お姫様ぁ〜?なんだいそれ、そんなのこの二十一世紀に存在すんのか」


「いやまあ、お姫様ってのは比喩表現だと思うんだけどね?なんでも、そう噂されるぐらい可愛い女の子いるらしいのよ」


「マジィ?そいつぁ興味あんねぇ。その御顔を拝まさせていただきたいもんだ」


「じゃあ、はい」




そう言って、女はノートの切れ端を僕に渡す。




「そこに書いてある場所にいるから」


「【楓町花通りを右手に曲がった噴水】?適当すぎない?右手って、花通りにいくつ右手に曲がる場所があると思ってんのさ!!」


「興味あるって言ったのはあんたなんだからね〜??明日までに噂のお姫様との記念写真、よろしくねぇ」


「ハメられた!!」




大げさに頭を抱える僕を見て、クスクスと女が笑う。


噴水か、花通り近くの噴水と言ったら一つしかない。


例のお姫様が都合よくいるとは思えないが行ってみようかな。お姫様の面でも拝んで、褒めちぎってでも来るかな。たとえ、その女がどれだけの美貌を有していようと、僕が好感を抱けるとはとても思えないけれど、そいつの容姿を褒めちぎって、籠絡されたフリでもして、なんなら告白でもして振られてみるかな。騙せるもんなら騙してみたいね、楽しそうだ。




予鈴が鳴る。授業が始まる。やることはもう決めた。楽しみがあるのは、気持ちがいいね。

















「ここか」




目的地に到達する。蝉がうるさい。時刻は午後5時を回っているが、現在は夏真っ只中。まだ日は昇って、僕を照りつける。うざったい。


「んーわかってはいたけれど、やっぱり誰もいないね」




通りを右に曲がり、前に進むと、噴水のある広場に出る。ここに入る道は一つしかなく、木々に囲まれ、人気がないため、町中であるはずなのに広大な森の中にいるかのように感じられる。広場の中央には、この川雲広場の象徴たる噴水が構えており、それ以外にはベンチが端に一つあるだけの殺風景な場所だ。




あたりを軽く散策してみたが、人の気配は感じられなかった。




「無駄折損って言おうと思ったけど、この場所を見つけられたのは最大の収穫かもしれないね」




騙る。以前、二度この場所を訪れたことがある。


一度目は散歩中に偶然立ち寄り、二度目は、ある女に呼び出されて。どちらも良い思い出とは言えないが、当時からこの場所は少し気に入っていた。


女に呼び出されたおかげで、この場所に来ると僕をまるで理解していないことが丸わかりな臭いセリフで、愛を囁かれたあの不愉快な出来事が思い出されるため、極力立ち寄らないようにしていたのだが、それも数年前の話だ。久々に訪れてみて、ここの心地よさを再確認する。




「二度と来ることはないかなぁ〜ちょっと薄暗いし」




ベンチに腰掛ける。歩き疲れたせいか、意識が薄れていく。


そのまま木陰で、不思議と心地よく涼しい風を浴び、眠りに落ちる。














「.........おや。眠ってしまったみたいだね僕は」




目を覚まし、周りを見渡すとすっかり日が暮れていた。喧しかったセミの声も、風が木を揺らす音もなく、あたりには噴水の水しぶきの音が木霊するだけだ。


街灯が、僕を照らす。時計を見ると、時刻は20時を回っていた。


荷物を確認し、ベンチから立ち上がる。一人暮らしをしているため、別に何時に帰ろうとそれを咎める人間はいないが、あまりに遅くまで一人でいて、警察のお世話にでもなっては面倒極まる。




寝起きでふらつく足を一歩、また一歩と前に出し、その場を後にしようとする。


その時、先程まで僕が眠りに落ちた場所から、何か、物が落ちたような音が鳴る。


振り返ってみれば、なんのことはない、小枝が落ちてきただけだった。




「びっくりするじゃん。やめてよね〜」




つぶやき、再び前を向こうと撚る体が、何かに押さえつけられる。




体が、動かない。指先から視線に至るまで、先程まで僕の体だったものが、別のなにかに操られるように動作を止めている。なんだ、何が起きたというのだ。


息苦しい。呼吸すらも止まっているようだ。




「可哀想。息、できないよね。苦しいよね。辛いよね。ごめんね。ちょっと。痛いことするけど。我慢して。ごめんね。すぐ。終わらせる、から」




僕の耳元で、息が荒い女が囁く。鳥肌が立つ。いや、体がまるで凍らされたかのように固まっているため実際にはそんなものは立っていないのだろうが、しかし、そう感じたと錯覚できてしまった。それほどまで、僕は恐怖していた。仮に今、体が動かせたとしても何もできず立ち尽くしてしまっただろう。




「ごめ、んね。いただき、ます」




瞬間、左腕の指に激痛が走る。叫び声をあげようとしたが、やはり体は微動だにしない。


熱い。熱い。熱い。燃えるように熱い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイいたいいたいいたいたいたいたい嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚ァァァァァァアアあ!!!!!




全身の神経が、脳に痛みを運ぶ為に動いているのかと思えてしまうほどの焼けるような痛みが、指だけにとどまらず全身に走り始める。




かろうじて繋ぎ止めた意識も、呼吸ができないため次第に薄れていく。










もういいかな?










「何してるんですか?流石に痛いんでそろそろ止めていただけるとたいへん助かるんですけど」




「えっ…」


女が驚いた様な目を向ける。


なんだ、本当に美しいじゃないか。


僕の五指に噛み付いていた女を振り払う。


女が口を離すと、先程まであった僕の左指が、すべて欠損し、代わりに鮮血が流れている。




「いったー。流石に嘘貫き通すために死んじゃったら敵わないもんねー」




口元を僕の血だらけにして、女がこちらを驚いた風に見ている。


真っ白なドレスという現代に到底につかわない格好をしている。なるほど、お姫様と揶揄されるわけだ。でも、そのドレスに付いた赤いシミを見るに、どうやら今みたいなことを繰り返していたようだね。明らかに、僕由来ではない血が大量にこびりついている。お姫様と名付けた奴は気がつかなかったのかな、だとしたら間抜けすぎるだろう、そいつ。


カバンから取り出した絆創膏を欠損した部位に貼り付けるが当然血が収まるわけもなく、仕方がなく持っていたライターで傷口を焼く。




安物のライターだけど。ま、時間かけりゃ焼けるだろ、人間ぐらい




「で、君。あー。聞きたいことはたくさんあるんだけどさ、とりあえずついてきてもらっていいかな?詳しいことは僕ん家で聞かせてよ。いいかな?」




左手にライターを当てながら、広場の出口へと少年が向かう。




「ほら、早く、いそいでいそいで。誰かに見られたら面倒だよ?」




少年が前を見ながら背後の女性に声をかける。


女性は何か、小声で声を洩らした後、少年の後ろについて歩き始める。




「おっけー。あ、君の名前はなんて言うの?声かけようにも、女、って言うわけにも行かないしさ」




少し間をおいて、お姫様は口を開く。




「詩季、神代詩季、って、あの、言います。名前、その、名前…です」




それが少年と詩季の出会いだ。


嘘つきと人食いのお姫様の出会い。最初で、最後のない、終わらない、出会い。


呪いであり、祝福であり、他には何もない。


ただの一人の男と女の悠久の時間の始まり。


終わらない夏の終わり

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