顔を知らないあの人 2022.8.3
ジブリのアニメ映画「耳をすませば」の主人公、月島雫は読書が大好きな女の子だ。図書室や図書館で雫が本を借りると、読書カードには決まって「天沢聖司」という名前がある。借りる本借りる本、いつも自分より先に書いてある名前が雫はとても気になる。「天沢聖司」とはどんな人なのだろうかと想像する。きっと素敵な人なのだろうと空想する。
このシーンが私は前から好きで、自分と同じ感性の人間に出会えるかもしれないことはとても奇跡的だし感動だと思う。名前が書いてあるわけではないけれど、私にも今そんな風に気になっている人がいる。
こう書くとロマンティックな話のように思えるが、そうではない。ただ、次こそは私が先に借りる。借りられなくてもいいけれど、偶然に出会えれば。と結構切に思っているのだ。
私は大のホラー好きで、それも洋画ではなく日本のジャパニーズホラーが大好きだ。映画はもちろんだけれど、セルやレンタルをメインに流通している。いわゆる「うつっちゃった系」も大好きなのだ。投稿映像やネット動画などの数々から「曰く付き」な動画をまとめたようなものたちだ。投稿にナレーションをつけたもの、そしてその曰くを調べるドキュメンタリーが入っているものだ。
「お分かりいただけただろうか」という台詞ならピンとくるかもしれないが、「ほんとにあった!呪いのビデオ」シリーズは一度だけでも観たことがある人が多いと思う。テレビなどで心霊特集があるときにも結構な割合で、呪いのビデオの一部が放送されることも多い。
そう、そのホラーDVDが店頭に出ると、私よりも先に借りている人がいることに気づいたのだ。
ホラーが好きな人はたくさんいると思うけれど、毎月の初めに借りているという人は私の周りには全然いない。もちろん探したらたくさんいると思うけれど、一般的な割合で見ればニッチな部類になることは仕方のないことだと思っている。
私が現在必ず毎月借りているのは「ほんとにあった!呪いのビデオ」「トリプルX」「呪いの黙示録」「心霊パンデミック」「心霊闇動画」「心霊曼荼羅」「心霊盂蘭盆」「封印映像」「not found」「霊界の迷路」(会社順不同)だ。
毎月出ない作品もあるが、月の一週目に必ずレンタルに出るものも結構多い。今の家を契約する前の下見でもホラーラインナップを確認し、ここなら満足ができると思い家を決めた節も若干ある。
知っての通りレンタルショップには読書カードみたいなものは存在しない。誰が借りたかもわからない。そこで借り始めた当初は気づかなかった。借りられてるなー、もう少し待つか、というのを繰り返していると、私が借りたいと思っているものの全てがいつも借りられていることに気づいたのだった。
果たしてどんな人なのだろうか。女だろうか男だろうか。若い人だろうか、高齢の人だろうか、カップルなのか友達同士なのか、一人なのか二人なのか家族なのか。本当にめちゃくちゃに興味がある。一つ言えることは絶対に楽しい話ができる、ということだけだ。友達になりたい。
不思議な気持ちになるのは、私がこんなことを考えているということを、その人は知らないということだ。それはそうだ。その人は私より先に借りているわけで、後に借りたことがないからだ。私だけが先に借りられている、という状況にあるのだ。私だけがその人をその人と認識している。物事には表面があれば裏面がある。私だけがその人を思っている。なんと不思議で奇妙な気分なのだ。
実は今月も負けたのだ。空き箱になっているレンタル品のバーコードを見ると、入荷日は私が見に行った翌日の日付になっていた。なるほど、入荷日の前日には品出しをしているのだ。ということはきっと数時間の差だったのだろう。私は夕方に行ったのだ。もしかしたら昼頃に借りたのかもしれない。それかほんの数分前だったかもしれない。店員さんに聞けば、どういうタイミングで入荷するのかどうか教えてくれるかもしれない。でもそれはしない。私は絶対自分の力で勝ってやる。
そんなロマンティックとは程遠い、半分意地みたいな気持ちで私は月の始まりを心待ちにして楽しみにしている。
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