魔女のワンピース 2022.3.1
春先取りの日。
そんな陽気の一日だった。朝はまだ冷え込みが辛く感じるから冬物のコートを着た。そのコートが夕方になれば、邪魔なくらいな暖かさだった。
私は幸いなことに花粉症ではないから春はとても過ごしやすい。洋服が大好きな私にとっても過ごしやすい季節だ。
冬はたくさん重ね着ができるし、ファーのもこもこで幸せになる。ただどう重ね着をしてもかなり寒い。夏も薄着になってもなっても暑い。秋も大好きだが秋はどこか物悲しい気持ちがして、そこに浸れる時はいいものの、弱った気持ちの時は気分が滅入るから難しい。
春には五月病があるものの、外に出るだけで満たされたような気持ちになるのだ。
草木からは芽が出て美しい花を咲かせるし、緑も生き生きしている。真新しい制服に身を包んだ学生さんをみるのもいい。もちろん憂鬱な日がないとは言わないが、比較的心穏やかに過ごせたりもする。
今日は深めの赤のリネンワンピースを着た。最近お気に入りでそこのブランドばかり買っているのだが、その中でも特にお気に入りのワンピースだ。胸部分にはあざみが描かれていて、そのブランド独自のリネンが身体に馴染む。
長めの丈が多いブランドで、私の低い身長も相まって、くるぶしくらいまでのロングワンピースだ。
魔女のワンピースそう私は名前をつけている。
私はジブリが好きで、中でも「魔女の宅急便」が一番好きだ。ラピュタの飛行石も、もののけ姫のアシタカがサンに渡したネックレスも捨てがたいが、私は魔女に憧れている。
同じワンピースの色違いの黒も持っているが、一目見て「魔女の宅急便」を思い出した。真っ黒なワンピースに赤いリボン。それをキキは古臭いと嫌がっていたが、私はそれに憧れた。
ないものねだりなんだろうけれど、お父さんからもらったラジオを箒に引っ掛け、故郷を出ていくキキはなんともかっこよかった。私が中学を卒業し上京したのは、もしかしたら子供の頃みた「魔女の宅急便」の影響が少なからずあるかもしれない。
雑貨屋で買った古い形状のラジオはユニットバスの扉部分に引っ掛けた。ユニットバスの扉の真向かいには小さなキッチンがあって、料理もしないのにそこで何をするでもなく気ままにラジオを聞いていた。
上京したのも春だった。
父親がどこからかトラックみたいな車を借りてきて、私の少ない荷物を積み込んだ。寮に入って、年上のお姉さんに可愛がってもらった。まだ子供だった私は寮長と喧嘩をして、一年もせずに寮を出た。子供の私はそれを最後まで謝れなかった。あの坂道を登った先にあった寮は、今も学生を迎え入れているのだろうか。
本当に一人で過ごすことになった部屋には、父親と喧嘩しながらも買ってもらった家電製品が次々と運び込まれ、私の狭い賃貸物件をもっと狭くした。急に生活感の出た部屋でこれからはもっと自由だと思ったのを覚えている。
好きなアーティストの東京の歌を聞いて、私も地元の空をすぐに忘れるんだ。むしろ忘れてやるんだと意気込んで今まで東京で生きてきた。
春先取りのような日。
そんな日を毎年毎年私たちは迎えている。でもそれは当たり前ではないのだ。
今年も春が来る。
それはとんでもなく幸せなことなのだ。
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