第16話
「ち、近付くな!」
偽社長の静止の声もライハインは無視して歩き続ける。
「あ……ぐ……苦し……い……たす……けて……」
青年の声にはザラザラした不快な音が混じっていた。
それは青年だけでなく、中に入っているフォッグも命の懇願をしているようにアレッツには聞こえた。
「私の妻は完全に記憶を奪われた後、フォッグに変わってしまった。だから――」
転がる青年の目の前まで来たライハインは、そこで剣を高く振り上げ――。
「
「やめろォッ!」
「――――!」
響く悲鳴も虚しく、振り下ろされる剣。
しかし剣が青年を貫くより一瞬速く。
ボゴッ――!
代わりに響いたのは鈍い音だった。
「なっ――!?」
驚愕の声を上げたのはライハイン。
アレッツの拳が、銀色のナックルごと青年の体に深くめり込んでいた。
アレッツの銀のナックルに貫かれた青年の体は、波が砂の山を攫っていくかのようにゆっくりと足元から崩壊していく。
だが、これだけでアレッツは止まらなかった。
青年の体の崩壊を見届けぬまま、ギャリッと足に力を込め、素早く方向転換。
突然のことに放心していた偽社長へ、疾風の如き速さでそのまま飛び掛かる。
「しまっ――!?」
「無に
ガゴッ――。
力と怒りを込めたアレッツの拳は、鈍い音を立て偽社長の顔面を直撃。
立つ意思を無くした偽社長は数歩、踊るように足を動かして。
ドサリ。
やがて間もなく、灰のように崩れ、消えた。
何もなくなってしまった床を見つめ、アレッツはその場で小さく息を吐く。
「終わった……」
今、本当の意味でグレッドの仇を討った。
復讐は終わった。
それなのに。
目的を達成したはずなのに、アレッツの心には達成感も何も湧いてこない。
それどころか、心に穴が空いてしまった気がする。
「アレッツ……君……」
消え入りそうなライハインの声にアレッツは振り返る。
直前まで冷酷な表情をしていた彼は、今にも泣きだしそうな顔をしていた。
「なんて顔をしてんだ。全部終わったんだぞ」
「でも……私は君に、大変なものを背負わせてしまった……」
ライハインが言いたいことを察したアレッツは、青年が倒れていた床を見る。
「……もう、助かる見込みはなかったんだろ?」
「そう、ですが――」
「あんたがこれ以上、人間に直接手を下す必要がないと考えた。俺の意思でやったことだ。気にするな」
「気にしますよ! 私は――」
アレッツは片手を軽く上げ、ライハインの言葉を制する。
「あんたは昔……大切な人を直接斬らざるをえなかったんだろう? 絶対に斬りたくなかったはずなのに。だからこれ以上、無理するな」
「――っ」
ライハインに語り掛けるアレッツは、哀しくも優しい笑みを浮かべていた。
「それに、あんたの今の武器は俺たちにはデッキブラシにしか見えない。
「慰めに……なってませんよ……」
あまりにも不器用なアレッツの気の遣い方に、ライハインも口の端を上げざるをえなかったのだった。
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