第15話

「いきなりそんな無茶な取引きに応じる奴がいるか」


 偽社長のあまりに横暴な要求をアレッツは一笑に付す。


「そもそも、その人に何をしやがった。それがわからなければ公平じゃない」


「おや。命のやり取りに公平さを求めるなんて。今日だけでこちらは多くの同胞を失っているのですが」

「それを言うなら、お前らが成りすましている人間も命を奪われた者たちだ」


「なるほど。そうですね……。では少しだけヒントをあげましょう。簡単に言うと、私たちの『仲間』になってもらう最中と言いますか」

「何……?」


 そのタイミングで、アレッツの腕を軽く引くライハイン。

 彼の表情は氷のように冷たく、真っすぐと偽社長を見据えていた。


「ライハイン……?」

「なぜフォッグがわざわざ人間を殺すのか――。その理由を考えたことはありますか」

「え――?」


 突然の質問にアレッツは戸惑う。


「それは……人の姿に成りすますため……」

「ええ。さらに言うと殺した人間の記憶を読み取り、まるでその人をなぞるかのように生きる――。それは私たちの街を乗っ取るため……だと先ほどこいつから聞きました。でもここで一つ、疑問が生まれませんか?」


 問われても、アレッツには特に思い浮かぶことはない。

 困惑を表情に出すアレッツに、ライハインは静かに続ける。


「記憶を読み取るなら、殺した人間より生きている人間の方が適切だと思いませんか?」

「――――!」


 言われてみれば、確かにそうかもしれない。

 わざわざ殺した後の『空っぽ』になった人間から記憶を読み取るより、生きている人間の方が情報量は何倍も大きいはずだ。


「でも、彼らはそうしてこなかった。……いや。おそらくできなかった・・・・・・


 黙したままライハインの言葉を聞いていた偽社長の表情が、そこで初めてピクリと動く。


「人間が生きている状態で、フォッグが彼らの情報を読み取ろうとすると、フォッグの存在許容量を超えてしまうのではないでしょうか。なにせ人間には意思がありますからね。拒否する意思と乗っ取ろうとする意思がぶつかり合えば、双方に大きな負荷がかかるのは必須。だから彼らは、先に人間を殺す必要があった」


 偽社長は肯定も否定もしない。

 だが、明らかに事実を突かれて戸惑っている表情だった。


「下の階にいた従業員たちが現れた時、こいつは言いました。『実験がしやすかった』と。それはいかに生きている人間にフォッグを憑依させ、記憶を読み取らせて乗っ取るか――という実験をしていたのではないのですか? 多数の同胞の命を犠牲にしながら、ね」

「あ――」


 アレッツは思わず声を洩らしてしまった。

 確かにあの時、偽社長はそう言っていた。

 そして事実、彼らは既に人間ではなくなっていた――。


 フォッグがミルザレオスの街を乗っ取ろうとしている話が事実であれば、この街に住む人間をほとんど殺す必要がある。


 だが現実的に、それはフォッグにとって大掛かりで困難であるということだろう。

 いずれ遺体を隠しきれなくなってしまうから。

 だからこそ、生きたままの人間を乗っ取る『実験』をしていた――。


「貴様……何者だ」

「ただの塾の先生ですよ」

「ふざけるな」

「ふざけているのはお前らの方だ」


 ライハインの丁寧な口調が乱れている。

 彼がここまで激しい怒りをあらわにするのは初めてだ。

 アレッツの頭をぎるのは、彼から聞いたあの言葉。


(まさか……)


「私の妻は生きたままフォッグに取り憑かれた」

「――――!」


 極限まで低くした彼の声と氷のように冷たい視線が、偽社長を貫く。


「取り憑かれた人間は極度の頭痛と吐き気を伴い、少しずつフォッグに頭の中を破壊されていく。脳にある情報を全て奪い取られるという、辱めと恐怖と絶望を抱きながら」


 ライハインは手にしていた剣を静かに構える。

 剣の切っ先は倒れて苦痛に呻いている、青年に向いていた。


「その青年の中には今フォッグが入っているのでしょう? ……なんてむごいことをするんだ」

「お、お前……! 彼はまだ人間なんだぞ!? 斬るつもりか!?」


『取引き』に利用しようとした人質に剣を向けられるとは、思ってもいなかったのだろう。

 偽社長は取り繕う余裕すらなく焦りを顕にする。


「斬れるさ」


 ライハインはゆっくりと歩いていく。

 青年の元へ。

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