第13話
運送会社の真上で、下宿生活を送っていた従業員たち
ぞろぞろと部屋から廊下に出てきた彼らは、あっという間にアレッツとライハインを取り囲んでしまった。
ここには社長室へと続く3階への階段しかない。
下へ行くには左右どちらかの細い廊下を戻らねばならないが、完全に行く手を阻まれてしまった。
「君より、この社長の体を得られて本当に良かった。身近に多くの人間が集まる。しかも霧の出る夜。さらにはそれぞれが個室だ。おかげで実験が非常にやりやすかった」
「実験?」
「そう。その甲斐あって、順調に仲間を増やすことができた」
満足そうに語る偽社長の目の奥が、深淵のように黒くなる。
闇を煮詰めたかのような邪悪な黒に、アレッツは一瞬怯んでしまった。
(落ち着け。今の俺はミルザレオス警察、特務9課の人間。神器のおかげで一般人より体の強度も動きも強化されている――)
アレッツは神器を持つ手に力を籠め、自分に言い聞かす。
これまで復讐心のみで動いてきた彼だが、ほんの数週間前までは普通に暮らす市民だった。
これまで抑えていた得体の知れないモノと対峙する恐怖を、今さらながら感じてしまったのだ。
「あなた達の目的は、一体何ですか」
ライハインの低い声にアレッツは我に返る。
そうだった。フォッグは人間の姿を取っている時でないと言葉を発しない。
これまで生態が不明だったフォッグ。
聞き出せる情報は少しでも多い方が良い。
幸か不幸か、このフォッグは社長という身分の人間に成りすますことができた自信からか、それとも元の社長がそうだったからなのか、少々口が軽い。
今の偽社長は数で有利を取れている余裕か隙だらけなのだが、アレッツはあえて動かず続く言葉を待った。
「端的に言うと、この街の乗っ取り、かな」
初めて聞くフォッグの目的。
思いのほか、その情報は二人の心を動揺させた。
「なぜ……わざわざそんなことをするんです。今の言い方だと、あなた達にも住んでいる世界があるみたいですが」
「ありますよ。ただその世界が、ちょーっとばかり私たちには住みにくい環境になってしまいましてね。この霧の街は私たちの生態と合っているから、最初の足掛かりとして選ばせてもらいました。ただまぁ、少しずつ探っていく中で何度も同胞たちの失敗があったわけですが」
ライハインの眼光が鋭くなる。
だが言葉は発しない。
「ここまで上手くいったんだ。お前たちには消えてもらう!」
偽社長が叫ぶと、従業員に扮したフォッグたちが一斉に二人目がけて襲い掛かった。
だが――。
パリィンッ!
突如響き渡る、窓ガラスが割れる甲高い音。
同時に灰となって倒れ伏す、窓際にいた一体のフォッグ。
その背中には、銀色に光る矢が刺さっていた。
フォッグが灰になって消滅するのと同時に、矢もパシュンと音を立てて消え去る。
「何……? 実体のない矢、だと?」
突然のことに放心するフォッグたち。
アレッツとライハインだけは、その矢が何なのかを理解した。
霧が立ち込める夜の闇の中。
このような矢を射ることができる人物は一人しかいない。
運送会社から少し離れた民家の屋根の上。
ウィステルは弓を構えたまま、ふんと小さく鼻を鳴らす。
「遅いと思ったら……。かなり厄介なことになってそうだな」
霧が広がる夜でも矢を射ることができるのは、彼の持つ神器が視力を劇的に向上させているからだ。
「ゼノ、出番だ」
続けて短く告げると、隣に立っていた赤毛の男は屋根を蹴り、高く跳躍した。
「待ちくたびれた。頼むぜ神器!」
力強く吼え、手にした槍斧を横に一閃。
残っていた運送会社の2階の窓ガラスが、衝撃波で派手な音を立て次々と割れていく。
「窓からこんばんはあッッと! 警察だオラアアッッ!」
そして派手に廊下に着地。
すかさず近くにいたフォッグを数体、槍斧で薙ぎ倒す。
「ゼノは本当、潜入には向かないな……」
賑やかに突入していったゼノを見ながら、ウィステルは呆れたように呟く。
次いですぐに弓を構えるのだった。
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