第8話
目を開けると、部屋の中は薄っすらと明るくなっていた。
どうやらシャワーを浴びた後、すぐベッドに倒れ込んだらしい。
毛布もかけないままアレッツはベッドに横たわっていた。
まだハッキリとしない頭のまま静かに起き上がる。
『あの日』をなぞるような夢を見たのも、誕生日からまだそれほど日が経っていないせいだろう。
あの後、アレッツはリービットに銀色の箱のような物体を握らされた。
そして「キミには適正がある」と言われ、流れのままに特務9課に連れてこられたのだ。
「『適正』とはね、フォッグを唯一討つことができる、特別な武器を持てることだよ」
とリービットから説明を受けた。
適正があると、箱に触れた瞬間静電気のような衝撃が走る。
事実、アレッツの手にもビリっとした何かが走り、驚いて手を引っ込めてしまった。
逆に適正がないと、箱に触れても何も感じないらしい。
その後アレッツに渡されたのは、銀色のナックルだった。
あの時リービットが負った怪我はまだ治っていないはずだが、姿勢や態度からは負傷しているように全く見えない。
ネコ耳のカチューシャを付けている理由も未だ不明だし、アレッツにとってはまだ謎が多い人物だ。
だが、フォッグから身を挺して守ってくれた事については感謝している。
リービットが言うには、逃げたあのもう一体はアレッツの命を狙っていたのだろうとのこと。
フォッグの生態を知った今、リービットの予想は間違っていないとアレッツも思う。
グレッドの姿をしたフォッグが油断を誘い、その隙にもう一体のフォッグがアレッツを殺し、成りすまそうとしていたのだろう――と。
「……あいつだけは必ず殺す」
ベッドの縁に腰掛けたまま、アレッツは強く拳を握った。
昼を過ぎた頃にアレッツが特務9課に出勤すると、部屋には既に4人の人物がいた。
リービットとライハインに加え、今日はさらに2人が加わっている。
「アレッツ君、おはようございます」
昨日別れた時と同様に、穏やかな表情で真っ先に声をかけてきたのはライハイン。
「おー、アレッツ。ライハインから聞いたぜ。昨日早速フォッグをぶちのめしたんだってな!」
続けて体格の良い赤毛の男が、笑顔でアレッツに話しかける。
彼の近くの壁には、大きな槍斧が立て掛けられていた。
「でもライハインを無視して単独行動したんだろう? そこは褒められた行動ではないな」
アレッツと同年代の青年が、新緑色の髪をかき上げながら嘆息する。
線が細く女性のように綺麗な顔立ちをしているが、この中の誰よりも冷たい表情だ。
彼が座っている横の椅子には、銀色の弓が置かれていた。
アレッツはこの2人とまだほとんど会話をしたことがないが、これが現在特務9課に属する全ての人間だった。
「はいはい、ゼノとウィステルちょっと黙って」
リービットがパンパンと手を鳴らすと、二人はおとなしく口を閉じた。
「アレッツ君おはよう。昨日はよく眠れたかい?」
「まぁ、そこそこ」
「それは良かった。早速だけど会議をするから席に着いね」
アレッツが言われた通りに着席すると、緩い空気を纏っていたリービットの表情が一転する。
「まずは昨日のおさらいからね。アレッツ君とライハインが酒場にてフォッグを討伐。その後は街中で野良フォッグと遭遇、駆除した――と」
「ぅお。人の姿を取ってないフォッグがいたのか!」
目を丸くする赤毛の男、ゼノ。
隣のウィステルの細い眉もピクリと上がった。
「ええ。アレッツ君のおかげで逃げられずに退治できました」
「やるねえ新人!」
ゼノは白い歯を見せる。そこに嫌味の類は一切感じない。
「ゼノ。元気があるのは良いことだけどちょっと声量を落としてね。そして続きだ。ゼノとウィステルは不審死していた一人の情報を精査。その結果、ミルザレオスの街で運送業を経営している人物だと判明した――。ここまではOK?」
「運送業……」
小さく呟くアレッツ。
亡くなった双子の兄の仕事は運び屋だった。
それは街の運送業に関わる人間を指す言葉でもある。
リービットはアレッツの方を見ながら頷いた。
「そう。アレッツ君のお兄さんは運び屋をやってたって聞いたけれど……言ってしまえば、キミのお兄さんの職場の社長だね」
「短期間で同じ職の人間がフォッグの犠牲になった――という事か」
顎に指を当てて呟くウィステル。
「これまでの犠牲者には共通点らしきものはありませんでした。これは偶然なのか、それともそうでないのか……」
ライハインも眉を寄せる。
「ま。どっちにしろ、その社長に成りすましてるフォッグをぶっ殺しに行くことに変わりはねえけどな!」
「相変わらずゼノは単純ですねえ……。でも彼の言うとおり、その偽社長は討伐しなきゃいけない。そのための策をこれから考えるよ」
「普通に正面から殴り込めばいいじゃねえか?」
「そうしたいのはやまやまなんだけど。今回は今まで犠牲になった人たちと違って社長だからねぇ……」
細い目を難しそうに歪めるリービット。
「何か問題が?」
「“守りが固い”ってことだよ」
アレッツが問うと、リービットは小さく肩を竦めた。
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