第7話

「どうしたんだ、こんな時間に外に出て。誕生日だからわざわざ迎えにきてくれたのか?」


 思わず顔を綻ばせるアレッツ。


「うん。いくつになっても、やっぱり今日は俺たちにとって特別だから……ね?」


 グレッドの台詞に照れくささを感じつつも、アレッツは嬉しかった。

 19歳にもなって――とは思うが、やはり二人にとって誕生日は特別だ。

 唯一無二の肉親の存在を、より強く感じることができる日だから。


「じゃあ帰ろうか。って、すぐそこだけど」


 少しおどけて言うグレッドに、アレッツは小さな笑みをこぼす。


「そうだ。まかないを少し持って帰ってきたんだ。少ないけど今日のは美味くて――」


 ズシャッ。


 アレッツの言葉を遮る鈍い音。

 目の前に立っていたはずのグレッドが、アレッツの視界から消えた。

 横から来た何者かに飛び蹴りされ、勢いよく地に倒れたのだ。


「え――?」


 あまりにも突然のことに、アレッツは呆けることしかできなかった。

 グレッドは呻き声すら上げず、倒れたまま動かない。


 そのかたわらに立つのは、ネコ耳のカチューシャを付けた銀髪の男。

 この状況と男のふざけた容姿があまりにも乖離していて、アレッツは益々混乱する。

 ネコ耳男は細い目でグレッドを見据えたまま、グッと彼の背中を踏んだ。


「こうやって談笑している姿を目の当たりにすると、本当に虫唾が走るよ」


 冷徹な声で言い捨て、背を踏む足により力を込める。

 ようやく我に返ったアレッツは、皿を置きネコ耳男に飛び掛かる。


「いきなり何しやがんだてめぇッ!?」


 勢いよく振り抜かれた拳は、しかしひょいとかわされて空を切った。


「いきなりごめんね。でも今は詳しく説明している暇はないんだ」


 ネコ耳男は、ベルトにぶら下げていた双剣を手に取る。

 いきなりの刃物に怯むアレッツ。

 そしてネコ耳男はあろうことか、倒れているグレッドの背中に双剣を突き立てた。


「なっ――!?」


 凶行にアレッツは目を見開く。

 だが次の瞬間、今度は別の意味で驚嘆することになった。


「あ……なんだ……これ……?」


 倒れているグレッドの体が、次第に黒くなっていく。

 確かに存在していたはずの肉体が、アレッツの目の前でサラサラと黒い霧へと変わっていくのだ。

 その霧はやがて灰のようなものに変化し、消滅してしまった。


「グレッド……? なぁ、おい。てめぇ一体何を……」

「本当に、突然ごめんね。僕はミルザレオス警察の者だ。端的に説明すると、キミが今話していたのは人間じゃない」


 黒い霧から双剣を抜き取ったネコ耳男は、ゆっくりとアレッツに振り返る。


「はぁ? 警察? 人間じゃないだと? 嘘ならもっとマシなやつにしろよ。てめぇが何言ってんのかわかんねぇよ!」

「まぁ、いきなり現れてこんなことを言っても信じてもらえないよね……。まずは僕が警察だってことの証明をするよ」


 ネコ耳男は懐からブローチを取り出す。

 掌サイズのそれは、確かにミルザレオス警察の紋章である亀の甲羅を形どっていた。下部には小さく文字が掘られている。


「リービット・アルシュナー……」

「うん、それが僕の名前。僕は特務9課っていうちょっと特殊な課の――」


 言い終える前に、リービットの細い目が見開いた。


「危ない!」

「――っ!?」


 リービットがアレッツを突き飛ばす。

 地面に倒れるアレッツの顔に、少量の液体が付着する感触。

 それがリービットの血であることを理解するのに、時間はかからなかった。


「ぐっ――。油断したよ。まさかもう一体いたとはね……」


 リービットは脇腹を押さえ、顔を歪ませながら前方を見据える。


 人の形をした黒い霧がいた。

 ただその腕の先端が、刃物のように鋭利な形をしている。


 ヒュッ、と風を切る音。


 黒い霧に向け、リービットが双剣の一つを投げたのだ。

 しかし黒い霧は難なくそれを躱すと、霧が立ち込める暗闇の奥へと消えてしまった。


「くそっ。逃げたか」


 顔を歪め、悔しそうに吐き捨てるリービット。

 膝を付く彼の足元には血だまりができている。


「おい、大丈夫かよあんた……」


 起き上がったアレッツは恐る恐るリービットに近付く。


「あぁ、話の途中だったのにごめんね。僕は今のように得体の知れない魔物を退治する課に属していて――」

「いや、それよりも血……」

「うん。だから僕の意識が薄れる前にこれだけは説明しておきたくて。単刀直入に言うと、キミのお兄さんはさっきの魔物に殺されたんだ」


「え――」


 リービットの言葉は、氷の刃のようにアレッツの全身を貫く。

 しかし今の一連の流れを見た後だと、「嘘だ」と否定する言葉は出てこなかったのだった。


        ※ ※ ※ 

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