第4話

「さて。帰ってきて早々悪いけど、二人には鑑識課に向かって欲しい」


 それまでの緩い空気とは一転、リービットが真面目に切り出す。


「新たな身元不明者の照会が終わったということですか?」

「うん。そう連絡がきた」


 先の件の被害者である、ミュグレの身元が判明した時も特務9課に連絡がきた。


 フォッグは殺した人間の姿に成りすますが、殺された人間は川に投げ捨てられていたり、山中に埋められていたりと様々だ。

 なお遺体の隠蔽工作をしてまで人間に成りすます、その目的まではまだわかっていない。


「見つかる遺体が全員フォッグの被害者ってわけではないけどね。ただ確認はしておかないと」

「わかりました」


 フォッグがこの街に現れ始めてから、約3年ほどだという。被害者はまだそれほど多くはないが、可能性がある以上捨て置けない。


「ゼノとウィステルがいたら彼らに頼んでたんだけど。まだあの二人調査から帰ってきてないからさー。もしハズレ・・・だった場合、今日のところはそのまま解散でいいからね」


「了解です。行きましょうアレッツ君」

「わかった」


 ライハインとアレッツは続けて部屋を出て行く。

 二人の後ろ姿を見送った後、リービットは窓の外に視線を送った。

 夜も深くなってきた街には、霧がいっそう濃く広がっている。


「本当、嫌な性質の魔物だよなぁ……」


 細い目を僅かに開けて、リービットは呟くのだった。





 結果として、新たに判明した身元不明の遺体は『普通の』行方不明者だった。

 親族から捜索願の届け出がされていたからだ。

 ミュグレの時はそのような届け出はなかった。

 ライハインとアレッツは昼の間にミュグレが住んでいたアパートまで出向き、彼女の姿を密かに確認したところでフォッグと判断。殲滅作戦へと移行した――という経緯だった。


 遺体がフォッグと関係なかったということで、アレッツとライハインは警察署を後にする。

 外はすっかり霧に覆われていた。

 ミルザレオスのもう一つの呼び名である『霧の街』の由来は、一年を通して夜になると深い霧に覆われることからきている。


 二人はしばらく並んで歩いていたが、不意にアレッツがピタリと足を止めた。


「どうしました?」

「どこまで俺に付いてくるつもりなのかと」

「そんなストーカーみたいに言わないでください! 私の家もこっちの方向なだけですよ!?」

「……それなら最初から言ってくれ」

「ええぇ……」


 無表情のまま再び歩き出すアレッツ。

 ライハインも少し遅れてから続く。


「なぁ……。あんた元々は警察の人間じゃなかっただろ」

「どうしてそう思うんですか?」


「スラムにいた時にちょっとやり合ったからわかる。警察の奴はもっと骨がある。あんたみたいに弱そうな優男タイプは見たことがない」

「何だか酷い言われようですが……確かに私は元々警察官ではなかったのは当たってますよ。近所の子供たちに読み書きを教える塾を経営してました」


「先生だったのか。部長があんたに俺の世話を頼んだ理由は、どうやらそれっぽいな」

「私もそうだと思います……」


 アレッツがなぜ突然このような話題を振ってきたのかはわからない。

 が、ライハインとしては彼と雑談をするのは初めてなので嬉しかった。

 アレッツが特務9課にやって来てからまだ数日。

 初日から刺々しい雰囲気を出していた彼だが、その時よりも今は幾分か雰囲気が和らいだようにライハインは感じていた。


「しかし突然どうしたんです?」

「いや……。いくら『適正』があるとはいえ、あんたみたいなタイプが特務9課にいるのが疑問だったもんでな」

「ふむ……。アレッツ君は、部長から特務9課についてどう聞きました?」


「正直まだ詳しくは聞いてない。フォッグを倒すために『神器』の適正がある人間をスカウトしていると……」

「それだけですか?」


 ライハインの返答にアレッツは眉を寄せる。


「何か他にもあるのか?」

「ええ。フォッグに大切な人を奪われた人間の集まりでもあるのです」

「…………!」


 サラリと言ってのけたが、ライハインの顔は少し憂いを帯びていた。

 しかし話題転換とばかりに、すぐ小さな笑みを作る。


「ところでさっきの話に引っ掛かりを覚えたのですが……。アレッツ君は警察とやり合ったんですか?」

「まぁ……。でもガキの頃の話だ」

「そういえば今何歳です?」

「19だ」

「あれ。もう少し上だと思っていました」


 アレッツの醸し出す雰囲気が、年齢よりも大人に見させているのだろう。

 ちなみに、通常ミルザレオスで警察になるには20歳を超えていないといけないが、特務9課に関しては年齢制限が設けられていない。


「そういうあんたはいくつなんだよ」

「私は先月26になったところです」

「…………」


「今『おじさんに片足突っ込んだな』とか思ったでしょ」

「思ってねーよ。年齢より若く見えるなって」

「おや。それはありがとうございます」


 そんなやり取りをしながら路地を曲がろうとした直前、ライハインが急にアレッツの腕を引いた。


「あ――?」

「静かに」


 アレッツの腕を掴んだまま建物の陰に隠れるライハイン。

 鋭くなった彼の眼光の先には、辺りを覆う白い霧の中に、黒い霧の塊がぼんやりと浮かんでいた。

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