第3話

 ミルザレオスの街の中心部にある警察署。

 その中のとある部屋に、アレッツとライハインはいた。


 他部署はフロア内に仕切りがなく、多くの部署が共存している状態だが、アレッツたちが所属している『特務9課』に関しては別だ。

 元々は倉庫だった、さして大きくもない部屋を整理して使用している。

 市民の目に触れないように――という思惑があるのか、完全に隔離された状態だ。


 その狭い部屋の隅に置かれたテーブルに、ライハインは突っ伏していた。


「はぁ……」


 重い息を口から吐き出した後、力なく顔を上げる。

 彼の視線の先には、無表情のアレッツが足を組んで座っていた。


「あの、アレッツ君」

「何だ」


 返事はしたものの、顔はライハインに向けないアレッツ。

 ライハインは彼に聞こえない程度にまた小さく息を吐くと、やや気まずげに続ける。


「今後は独断先行しないでくださいね。君はまだ新人なんですから」

「…………」


 アレッツは微動だにしない。


「うぅ……無視しないでください……」


 何を考えているのかわからない新人に、ライハインは再度空色の頭を抱えて机に突っ伏した。


「二人ともお疲れさま〜」


 部屋に充満しかけた重たい空気を霧散させたのは、気が抜けるほど陽気な声だった。


 入ってきたのは、細い目をした銀髪の男。

 なぜか頭に猫耳のカチューシャを付けており、ほわほわの天然パーマと細い目と相まって、本当の猫のように見える。

 白を基調としたラフな服装は警察っぽさは微塵もなく、これから就寝するのかと思ってしまうほど緩い。

 というのに、腰のベルトにはにび色の双剣が括り付けられていた。


 そんなふざけた容姿の男が現れた瞬間、テーブルに突っ伏していたライハインは即座に立ち上がり、シャッキリと背筋を伸ばす。


「リービット部長。お疲れさまです」


 対照的に、アレッツは座った状態から動かない。


「ア、アレッツ君……」


 苦言の意味を込めてライハインが小声でアレッツに呼びかける。

 そんな彼らを見てリービットは朗らかに笑った。


「ライハイン、そんなに畏まらなくていいよ~。元々この課は普通の警察組織とは違うんだし。それよりアレッツ君、早速活躍したみたいだねぇ」


 リービットはニコニコと上機嫌に振るが、当のアレッツはテーブルに肘をついたままふいと顔を背ける。

 しかしリービットは彼が顔を背けた方向に素早く回り、アレッツにずいっと顔を近付けた。


「単刀直入に聞くね。どうしてライハインと一緒に行動しなかったの?」


 咎めるような口調ではなく、あくまで『興味本位で聞きました」とばかりにアレッツに問うリービット。

 ライハインが「部長は怒ると怖い」と言っていたこともあり、彼の態度にアレッツは思うところがあったらしい。

 それまで無表情だったアレッツの目元が、初めてピクリと動いた。


「一刻でも早くフォッグを消したかったんだよ……」

「ふむ。つまりアレッツ君は、店主やあの女性のために独断先行したってわけだね」


「知ってる奴の中身が実は得体の知れない化け物になってたなんて、普通に嫌だろ。時間が経てば経つほど真実を知った時の傷も深くなるし、何より危険だ」


 アレッツの返答にライハインの眉が下がる。

 リービットはニコニコとした笑顔を崩さないまま、彼の頭にポンと手を置いた。


「おい――」

「キミなりの優しさで動いたことは理解したよ。でもやっぱり今後はこういうことはやめて欲しいな。もちろん市民の命は大事だけど、僕はアレッツ君がまた・・危険な目に遭うのも嫌だからさ」

「…………」


「僕が助けたキミの命、もう少し大事にしてくれるかな?」

「……わかったよ」


 リービットに優しく言われ、アレッツは渋々と頷く。

 彼の返事を聞くと、リービットはアレッツの頭をわしゃわしゃと撫でてからライハインの方に向く。


「そういうわけで。今後アレッツ君が何かやらかした時は、ライハインが半日お説教部屋に行くことになるからね。今日はまぁ、初回だから許してあげるけど」

「ええっ!?」

「引き続き新人教育をよろしく頼むよ~」


 表情が伺いにくいリービットの細い目だが、今は誰が見ても明らかなほど意地の悪い光を湛えていたのだった。

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