少年は義姉と話をする

 登校中に通り魔に刺されたり、アルジェントに血を吸われたりといった波乱の転入初日を送った縁はアルジェントと別れたあと、〝ある人物〟の元へと足を運んでいた。



「姉貴おるか?」


「だからここでは船坂先生と呼べと言っているだろう」


「もう課業時間外なんやからええやろ別に。それよりも頼みたい事があんねん」


「なんだ?お前から頼みたいことがあるとは珍しいな」


「クリューソスさんと話がしたいねん」


「────!……何かあったのか?」



 縁の頼み事の内容を聞いた途端、栞は少し驚いた表情をした後、直ぐに真剣な表情となって縁に追求した。



「さっき屋上でアルジェと会った」


「アルジェ……って、もしかしてアルジェント・ヴラディ・ノスフェラトゥの事か?」


「せや、そのアルジェや」



〝アルジェ〟はもちろんアルジェントの愛称である。


 しかしその愛称は彼女の家族、もしくは親族や仲の良い友人しか呼ぶことは無い。



 ならば何故、今日会ったばかりの縁が彼女の愛称を知っているのか────それは縁の過去に起因している。






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 縁は生まれながらにして死んでも蘇るという体質の持ち主であった。


 普通ならば忌み嫌われ迫害される存在だが、彼の両親はそんな縁を愛し可愛がっていた。


 しかしある日、その両親は帰らぬ人となってしまう……。


 何故ならば縁の事を知った犯罪組織が、彼を奪う為に殺したからである。


 その後、その組織に誘拐された縁は研究材料として扱われ、暗い幼少期を送ることとなった。


 その頃である……彼が同じく囚われていたアルジェントと出会ったのは────


 彼女もまた〝真祖〟の吸血鬼という事で誘拐され、同様に研究材料として扱われていた。


 その時期に奇遇にも出会った当初の二人は、それはそれは仲が悪かった。


 と言うのも縁がいくら話しかけてもアルジェントが一向に心を開こうとはしなかったのである。


 しかし吸血衝動に襲われていた彼女に縁が自分の血を飲ませた事で二人の距離は縮まる事になる。


 何かと縁の後をついてまわるアルジェントの姿は微笑ましいものであったが、組織の研究者達には関係の無いこと……。


 ある日アルジェントに危険な実験を行おうと知った縁は彼女を助け出す事を決意する。


 自分は無理でも、せめて彼女だけは────と決死の覚悟で一人反旗を翻す縁。


 しかし彼は当時まだ子供……結局守りきれずに彼女を命の危険に晒してしまった。


 そのタイミングでようやく組織のアジトを突き止めた警察などが駆けつけ、二人は他の被害者達と共に救出されたが、そこでアルジェントの父親であるクリューソスの頼みでその時の記憶を消す事になった。


 しかし縁はそれを拒否……例えアルジェントが自分のことを憶えていなくても、自分だけは憶えていたいと願い、記憶は消されることは無かったのだった。






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 そんな経緯があり、屋上でのアルジェントの質問に〝記憶を思い出しかけているのでは?〟と疑問を抱いた縁はクリューソスにその事を話そうと思い至ったのである。


 縁の頼みに対し、栞は暫く考えた後にどこかへ電話をかけた。



「今すぐ会えるかは分からんぞ?」


「ええって、話さえ出来れば」



 暫く呼出音が流れたあと、電話口から男性の声が入ってきた。



『クリューソスだ。何か用かね?』



 その言葉に栞は縁へと顔を向け、そして自身の携帯を差し出す。


 縁は頷いてからそれを受け取ると、クリューソスに対し挨拶をした。



「ご無沙汰しとります……船坂 縁です」


『────っ!』



 電話口からでも分かるクリューソスの驚いた様子……クリューソスは周囲を確認しているのか、どこかへと移動してから挨拶を返した。



『久しぶりだね縁くん……今日はいったいどういった要件かな?』


「お宅の娘さん……アルジェントさんについて」


『────!……分かった。どこかに集まって話した方が良さそうかね?』


「そうしてくれると助かります」


『分かった……こちらの都合がいい日が出来たら連絡をするよ』


「お願いします。至急の要件なんで」


『分かった』



 通話を終え、縁は携帯を栞へと返す。



「私も付き添うか?」


「いい……と言いたいところやけど、頼むわぁ」


「はぁ……しかしアルジェントの件でとは言っていたが、何かあったのか?」



 栞がそう訊ねると、縁は屋上での一件を話した。


 それを聞き終えた栞は何やら考え込むような素振りを見せる。



「〝前にも同じようなことがあった〟────か……」


「これって、もしかしてやけど〝忘却魔法〟が切れかかっとるんかな?」


「その可能性は高いかもしれん。クリューソスさんといえど万能ではない……魔法の効果も永遠ではないだろうさ」


「せやなぁ。俺の事を思い出して貰えるのは嬉しい事やけど、でもあの事も思い出して欲しくは無いなぁ」


「それは私も同じだ。自分が死にかけた記憶なんて思い出さない方がいい」



 栞の言葉に縁は大きく頷いた。



「それで……お前はこれからどうするつもりなんだ?」


「どうするったって……この学校に通っている以上、一度も会わずにいれるなんて出来ひんしなぁ」


「そうだな。それで一つお前に提案がある」


「なんや?」


「お前、これからもアルジェントと交流を続けろ」


「はい?」



 栞の提案に縁は思わず変な声をあげてしまった。



「なんでそうなんねん。ここはあまり関わらないようにって話やろ」


「馬鹿者。交流を続けていればどの程度記憶を思い出してるのか分かるだろう?それに……」


「それに?」


「ここ最近、アルジェントに関する良くない噂が出回っている」


「────!」



 栞の話す〝良くない噂〟というのは、アルジェントが何者かから狙われているというものであった。


 アルジェント自身、最初はさほど気にしてはいなかったが、自身の持ち物が消えたのを皮切りにその被害は徐々に過激なものへと変わりつつあった。


 つまり彼女はストーカー被害を受けているということだ。


 その説明を栞から聞いた縁は眉間に皺を寄せた。



「そないな奴がまだこの時代におんのか?」


「私達の方でも色々と調べてはいるが未だに尻尾すら掴めていない……このままではアルジェント自身に危害が及ぶ恐れがあるんだ」


「つまり護衛も兼務してくれっちゅう事か?」


「そういう事だ」



 栞はそこで話を終えるとコーヒーを一口啜る。



「頼めるか?」


「ンなもん、答えは一つやろ」


「ふっ……お前ならそう言ってくれると思っていた」



 こうして縁はアルジェントの護衛をする事になった。


 アルジェントを狙う人物への怒りの火を灯しながら……。

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残機無限の狂想曲(カプリチオ) @SIGMA17046

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