少年は吸血鬼と談笑する

 吸血衝動のあまり自身の意思に反して縁の血を吸ってしまったアルジェント……しかし当の縁は怖がるどころか〝もっと飲むか?〟などと言っていた。


 その事にアルジェントは唖然としてしまう。



「貴方……正気?」


「ん〜……正気か否かと言われれば正気やな」


「いやいや、正気の沙汰ではないわよ」


「そうなんか?」


「貴方ねぇ……他の人から変わってるってよく言われない?」


「よく分かったな?もしやエスパーなんか自分?」


「はぁ〜〜〜〜……」



 アルジェントは頭が痛くなってくるのを感じた。


 普通、突然血を吸われたら怒るか怖がるか逃げるかのどれかなのだが、目の前にいる縁はそのどれでもなく未だに自身の腕をアルジェントへと向けている。


 正直、アルジェントは少しは和らいだものの、まだ僅かに吸血衝動があった。


 しかしその衝動に負けて吸血行為をしてしまうのは彼女にとって犯罪を犯すのに等しい行為なのである。



「もう十分よ」


「嘘つけ。顔に〝まだ飲み足りない〟って書いてあるで?ほれ、遠慮せずに飲めって」


「ちょっ────そんなに腕を近づけないでよ!あぁ……もう────分かった!分かったから!ご好意に甘えさせて貰うから!」



 アルジェントが拒否しているのにも関わらず、腕を引っ込めるどころか更に押し付けるようにして近づけてくる縁。


 その気迫に根負けしたアルジェントは渋々、縁の血を貰うことにしたのだった。



「ほ、本当にいいのね?」


「何べんも言わさんでくれへんか?俺がええって言っとるんやから遠慮すなや」


「はぁ……後悔しても知らないからね」



 アルジェントは最後にそう言うと縁の腕に歯を突き立てた。


 彼女の鋭利な牙が肉を貫いているというのに、痛がる素振りを見せない縁。


 やがて〝ジュル……ジュル……〟と血を啜る音が鳴り始め、アルジェントは心ゆくまで血を飲み続けたのであった。


 それから満足したのか彼女はそっと縁の腕から口を離す。



「満足したか?」


「したわ……」



 ハンカチで血を拭いながらそう答えるアルジェント。


 そして彼女は顔を背け、小さな声でこう言った。



「美味しかったわ、ご馳走様。それと……ありがと……」


「お粗末さまでした」



 奇妙なやり取りをする縁とアルジェント。


 そしてアルジェントはふとある疑問を抱き、それを縁へと訊ねた。



「ねぇ……?」


「おん?」


「私達、前にも同じようなことがあった?」


「────!」



 アルジェントの質問に目をパチクリさせる縁。


 その様子にアルジェントは首を傾げて疑問符を浮かべていたのだが、直ぐに縁が飄々とした様子でこう返した。



「いんや。アンタと俺は今会ったばかりやで?そんなわけあらへんやろ」


「そう……よね……」



 アルジェントは釈然としなかったが、縁の態度にこれ以上の追求は無意味と感じ話を終わりにした。



「それじゃあ私は帰ることにするわ」


「さよか〜。ほな、また明日」


「クラスが違うのにまた会えると思ってるの?」


「どうせ明日も放課後にここに来るつもりなんやろ?ならまた会えるやないか」


「貴方もここに来るつもりなのね……」


「いやぁ、なにせ心地よい場所やからなぁ……日向ぼっこには最適や」


「そのまま熱中症になって死ねばいいのに」


「あっはっはっ!残念やけどもうその死に方では死ねへんのや」


「クスッ────そう……熱中症で死んだことあるのね……」



 随分と酷いことを言ったというのにあっけらかんとそう返してくる縁にアルジェントは思わず笑ってしまった。


 それに対して縁も笑顔を向ける。


 するとその笑顔にアルジェントは思わずドキッとしてしまった。



「また今度、血が飲みたくなったら言ってくれや。いくらでも飲ませたるさかいな」


「ふふっ……なんかドリンクバーみたいね?貴方……」


「アンタ専用の血液ドリンクバーって事やんな」


「ふふふ……分かったわ。その時は宜しくね」


「了解〜」



 最後にそんな会話をして別れる縁とアルジェント。


 アルジェント自身、もうこの生徒とはこんな会話をする事はないだろうと思っていた。


 しかし運命の女神とは分からないもので、この二人がこれから先も何かと関わり合う事をこの時のアルジェントはもちろん、縁でさえも知るよしはなかったのだった。


 そして彼女はこの時初めて会ったと思っていた縁が実は自身と深い関係があると言うことも、この時はまだ知る由もない────

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