少年は吸血鬼と出会う
その日、学園では例の生徒の話題で持ち切りであった。
突如現れた血まみれの生徒────その話題はアルジェントがいるクラスにも伝わっており、気味悪さというよりも物珍しさにより注目の的であった。
その際に判明したのが、その生徒はどうやら転入生らしく、また貴族クラスではなく一般クラスの生徒であるということだった。
それを聞いたアルジェントは正直安堵していた。
というのも彼女にとってはそばにいたくは無い人間であったからだ。
血まみれなのに平然としている人間……そんな生徒が自分の近くにいては、いつまた吸血衝動に駆られるか分かったものでは無い。
彼女達吸血鬼にとって吸血衝動をコントロール出来ない事は〝恥〟とされており、それは気品さと礼節を重んじる吸血鬼ならではの思想であった。
よってそれを乱す危険性のある生徒のそばにいたくは無いというのが彼女の思いであった。
アルジェントはその生徒の事を忘れようとするかのように首を横へと振ると、今日の授業の準備を始めるのであった。
一方その頃……例の生徒はと言うと、自身を裸絞にし引き摺っていったあの女性教師に、生徒指導室にて尋問まがいの説教を受けていた。
「それで……いったいぜんたいその姿は何なんだ?」
「まぁまぁ、そないに怒らんでもええやんか、
「ここでは〝船坂先生〟と呼べ……
女性教師の名は〝船坂
二人は同姓ではあるものの、血の繋がった姉弟では無い。
縁は栞の従兄弟にあたり、今は彼女の家にお世話になっている居候であった。
それについては理由があるが、その理由について述べるのは機会があれば話すとしよう。
そんな栞は縁の秘密についてよく知る人物であり、故に今朝のような血まみれの姿でも動揺などは一切していなかった。
「はぁ……またどうせ事故か何かに遭ったのだろう?」
「事故では無いんよなぁ。実はさぁ、ここに来る途中で通り魔と出くわしてもうてん」
縁の話に眉を顰める栞。
しかし縁はまるで笑い話かのように続きを話す。
「そいつ手当り次第、人を刺しまくってたんよな。警察もおったけど手を出しようにも出せない感じでなぁ……仕方なく俺が動いたんよねぇ」
「……は?」
「そしたら刺されたんよ。しかも馬乗りになって何度も何度も刺してきやがったんや。お陰で死んだのなんのって。まぁ
ケラケラと笑いながら事の顛末を話す縁に栞はその頭にゲンコツを落とした。
そして痛がる彼に悲痛な表情で話し始める。
「お前の身体についてはよく知っている……しかし自ら死にに行くようなことはするなと、あれほど言っていただろう?」
「でも誰かがやらんかったら更に被害者が増えてたで?」
「だからと言ってお前が死ぬ必要は無いと言っているんだ!お前が何かしらの理由で死ぬ度に心を痛めている私達のことを考えろ!」
そう怒鳴り、直ぐに我に返って椅子へと座る栞。
対する縁はバツが悪そうな顔で視線を背けると、小さく謝罪の言葉を述べた。
「うっ……すまん……」
「いや、私も怒鳴ってしまってすまない。けれど、お前の身を案じて言っているという事は理解して欲しい」
「うん……」
「お前は正義感が強く心優しい……それにその身体だからこそ、自分の身を犠牲にしてまで人を助ける事を躊躇わないのも分かっている。だが、私はいつお前が死んでそのまま動かなくなってしまうのではないかという不安も抱いているんだ。私だけじゃない……父さんも母さんも……」
「……」
「せめて妹の為にも、そんな自ら死にに行くようなことをしないでくれないか?」
「
「そうでもしないと、お前はまた同じ事を繰り返すだろう」
「反論出来へんな……」
縁はそう言うと観念したようにガックリと項垂れた。
栞はそんな彼の様子にこの話を終わらせ、次に一着の制服を出して縁へと渡した。
「それに着替えろ。お前が今着ている制服は貴族クラスのものだからな。こっちがお前が通う一般クラスの制服だ」
その制服は縁が着ている制服とは違い、黒を基調とした制服であった。
「なんで最初から渡さなかったんや?」
「父さんも母さんも、まさかお前が一般クラスに通うとは思ってなかったんだよ」
「言うたはずなんやけどなぁ……それにこんな俺が貴族だなんて誰も思わんとちゃうか?」
「うちは日本どころか世界でも有名な一族なんだが?」
「せやかて貴族クラスにはホンモンのお貴族様がおるやろ?ほんなら貴族クラスやのうて一般クラスの方がいらん問題が無くてええとは思わへんか?」
「確かに……それはそうだが……」
縁は昔から人を言いくるめるのが得意な人間であった。
まさに〝手八丁口八丁〟を地で行く性格で、栞達がどれだけ言いくるめられてきたか数えたらキリがない程である。
そんな縁はパパっと新しい制服に着替えると、血まみれの制服を栞に押し付け、〝ほな宜しく〜〟と言って生徒指導室から去っていった。
栞は呆れながらそれを見送り、そしてハッと気づいて縁が出ていったドアに向かってこう怒鳴るのだった。
「これは自分で処分しろ馬鹿者ーーー!」
その日の放課後、今日の授業を終えたアルジェントは屋上へと来ていた。
こうして帰る前に屋上で少し黄昏れるのが彼女の日課で、その日も黄昏れる為に赴いていた。
しかしその日はいつもと違い先客が……他でもない縁であった。
「貴方、ここで何をしているの?」
「んあ?何って……寝とっただけやけど?」
「なぜ?」
「いやぁ、本当は姉────船坂先生に〝今日は授業はいいから寝てろ〟って言われとったんやけど、どうにも保健室で寝とるのも退屈でなぁ。天気もええし、どうせならここで寝てよってなったんや」
「なるほどね……それよりもその制服はどうしたの?今朝は貴族クラスの制服だったと思うけれど」
「よく知っとるなぁ。いやぁ、家族がな?俺は貴族クラスに入ったもんだとばかり思ってたらしいんよ。だから仕方なく着てったんやけども……でも一般クラスに貴族クラスの制服着た奴がいるのはおかしいやん?って事でお願いして用意して貰っとったんや」
寝転びながらそう答える縁。
どことなくまだ眠たそうな雰囲気の彼に、アルジェントは何とも言えない表情になった。
「ところでアンタは何しに来たん?」
「何って……私は帰る前にここで景色を見るのが日課なの」
「変わっとんなぁ」
「貴方にだけは言われたくないわね。ところで怪我の方は大丈夫なの?」
「んあ?あぁ……別に大したことやない。ちょいと通り魔に滅多刺しにされただけやし」
「十分大したことだと思うわよ、それ……」
その時点でアルジェントは縁が不死族なのではという推測を立てていた。
なので〝滅多刺しにされた〟と聞いてもそこまで驚きはしなかった。
「不死族って本当に死なないのね」
「へ?不死族?誰が?俺が?俺はれっきとした人間やで?」
「はい?」
縁の返答にアルジェントは素っ頓狂な声を上げた。
あれだけ血まみれなのに平然としていた縁……故にてっきり不死族だとばかり思っていたアルジェントは、人間だと聞いて信じられないと疑いの目を縁へと向けていた。
「おん?その顔はもしかして疑っとるな?まぁ確かに殺しても直ぐ甦る奴が人間だなんて言われても信じられんよな?まぁ物は試しで見ててくれや」
縁はそう言うなり鞄からカッターを取りだし、勢いよく自身の手首を斬った。
的確に動脈を切り裂いた為、縁の手首から血が勢いよく噴き出す。
「ちょっ────?!」
アルジェントは手で口を覆って驚いていたが、暫くして彼女は更に驚くことになる。
何故ならばとっくに致死量の血を流しているというのに、当の縁は平然としていたからだ。
「その記憶はねぇんやけど……俺は昔、交通事故に遭って大量の血を流して死んだらしいんよ。でも搬送された病院で生き返ったらしくて、それ以降こんな風に血を流し続けても死なないようになったんや。それに、ほれ────」
淡々と説明する縁……驚くアルジェントの目の前で手首の傷口はみるみるうちに塞がっていった。
「流石に痛みはあるんやけどな。暫くすればこんな風に塞がってまうんよ。せやからあまり気にすることなんてないで?」
手をヒラヒラさせながらそう話す縁。
アルジェントは何故そんな身体なのか問おうとしたが、その際に縁の血の匂いを嗅いでしまった。
ドクン────
「あっ……」
小さい声を洩らした直後にアルジェントはその場にうずくまった。
縁の血の匂いを嗅いだ事でまた吸血衝動が起こったのである。
「ん?大丈夫か?」
「な、なんでもない!近づかないで!」
心配して駆け寄ろうとする縁をアルジェントが手で制する。
しかし縁はそれを無視して彼女へと駆け寄った。
「なんでもないわけあらへんやろ?どうした、具合悪いんか?なら直ぐに保健室に……」
そう言って縁がアルジェントの腕を掴んだ時だった。
アルジェントは吸血衝動が抑えられず、思わず縁の腕に噛み付いてしまった。
「んお?」
驚く縁を他所にアルジェントは彼の血を啜る……暫くして吸血衝動は治まったものの、今度は酷い罪悪感がアルジェントを襲った。
「あ……わ、私……」
立ち上がり、青ざめた表情で震えながら数歩下がってゆくアルジェント。
しかし縁は彼女を責めることなく、何故か袖を捲ってこう言ったのだった。
「もっと飲むか?」
「……は?」
責めもせず、臆することも無く平然とそう言った縁に、今度はアルジェントが目を見開いて驚くのであった。
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