残機無限の狂想曲(カプリチオ)

@SIGMA17046

序章:その少年は何度でも蘇る

プロローグ

 吸血鬼────それは人狼と共にルーマニアにて有名であった怪物の名称である。


 有名どころで言えば、今の南ルーマニアにあったワラキア公国の君主ヴラド三世やハンガリー王国貴族のエリザベート・バートリーであろう。


 しかし彼らは人間であり、ただその行いによりそう呼ばれていただけであって、本物の吸血鬼という訳では無い。


 闇夜に紛れ、血を啜り、また不死の存在である吸血鬼は物語にしか存在しないとされるものであった。


 しかし吸血鬼は現実に確かに存在しており、ただただその身を隠して生活しているに過ぎず、今も人間達に紛れて生活している。


 そんな吸血鬼との邂逅を果たした者がここにも一人。


 明らかにまともではない何処かの施設の屋上に佇み、月を眺める吸血鬼の少女を前にして、その少年は袖を捲り、幼子故のその細い腕を少女へと向けてこう言った。



「はい、僕の血あげる」






 ────────────────────────






 時は西暦2150年────


 〝人外〟と呼ばれる人ならざる者達がその存在を知られ、長く暗い戦争を経て〝人魔共存共栄〟の世になりつつある時代。


 されど事はそう簡単には行かず、今も尚、両者の確執は無くなる気配は無い。


 しかしそんな中でも共に歩み寄ろうという傾向が見られ、それを象徴するのが様々な種族が通う学校が設立された事だろう。


 また互いに共存共栄の為の国家も作られ、世はまさに〝多種族共生〟の風潮となりつつあった。


 多種族共生国家ノイトラール……〝中立〟の意味を持つその国は最大規模の多種族共生国家であり、その国にある〝ノイトラール総合学園〟もまた様々な種族が通っていた。


 そんなノイトラール総合学園に通う一人の女生徒────


 彼女の名は〝アルジェント・ヴラディ・ノスフェラトゥ〟と言い、吸血鬼の中で最も階級が高いとされる〝真祖〟の血族の一つである〝ノスフェラトゥ家〟の娘で、今年からノイトラール総合学園高等部へと進学する少女である。


 吸血鬼社会において〝真祖〟は〝王族ロイヤル〟よりも格上とされ、そこから順に〝長老エルダー〟、〝貴族デイム〟、〝庶民フォルク〟と下がってゆく。


 つまりアルジェントは吸血鬼族のお姫様であるという事になるが、当の本人はお姫様らしくなく、逆に気さくでサバサバとした性格で、とても気が強い人物であった。


 そして非常に優秀な生徒であった為、彼女は中等部ではクラスの委員長はもちろん、生徒会長をも兼務していた。


 さて、そんな彼女が通うこの学園は基本的にエスカレーター式なのだが、高等部からは他の中学から一般受験で入学してきた生徒達も加わる。


 社会人となる為の一歩を踏むというので、他校からの生徒とも触れ合えるようにと、初代学園長の提案により導入されたシステムであった。


 これにより高等部からは生徒数が増える為か規模も大きくなり、昨今の〝多種族共生〟が更に実感出来るだろうと期待されている。


 しかしアルジェントが所属している〝貴族クラス〟に他校生が入れる可能性は皆無に等しく、仮に入れたとしてもその者は親の金で入れた者か、相応に優れた人物しかいない。


 故に貴族クラスの生徒達は選民意識が強くなってしまい、ちょくちょく一般クラスの生徒達を見下しては騒動を引き起こしている。


 そして今日もまた一般クラスの生徒に絡んでいる貴族クラスの生徒達の姿を見たアルジェントは深いため息をつくのであった。



(いくら多種族共生なんて言っても、現実はこんなものよね……)



 そう嘆き、その場を見なかったことにして教室へと向かおうとするアルジェント。


 しかし急にざわめきが起こり、見れば先程の貴族クラスの生徒達が誰かと揉めているところであった。



(まさか、まだ貴族クラスの生徒に反抗する人がいたの?)



 そう思って様子を見に近づくアルジェント────そして彼女はそこで、思わず言葉を失ってしまうほどの驚愕の光景を目の当たりにする。


 そこには一般クラスの生徒と貴族クラスの生徒達の間に割って入っているの生徒の姿があった。



「だからさぁ、ここは俺の顔を立てて諦めてくれねぇかなぁ?」


「いや……その前に病院行った方がいいぞ……お前……」


「これだけ頼んでも駄目か?」


「話を聞けよ!?」



 どうやら貴族クラスの生徒達は血まみれの生徒に病院へ行くよう促しているらしいが、当の本人は話を聞いていないようだった。


 そうこうしているうちに教師達が駆けつけてきたのだが、やはり血まみれの生徒の姿に貴族クラスの生徒達と同じく目が飛び出るほど驚いていた。



「君!今すぐ病院に行きなさい!」


「いやぁ、でもこの人達が彼をカツアゲしてたようなんで、それを先に解決しないと」


「それはこちらでやっておくから!と言うよりもよく平然としてられるね君?!」



 〝確かに〟と、成り行きを見ていたアルジェントもそう思った。


 白を基調としたこの学園の制服が真っ赤に染まるほどの血まみれだというのに、何故かその生徒は平然としていた。


 まるでそれが普通であることのように……。


 そのタイミングでアルジェントは自身の歯が疼くのを感じた。



(あっ……駄目……)



 血を見るとどうしても吸血衝動に駆られてしまうのが吸血鬼という種族である。


 どうにか口を押さえて疼きを止めようとするも、風に乗ってその生徒の血の匂いが鼻腔を刺激し、その衝動は更に強さを増した。



(駄目!駄目!こんな所で衝動に負けてしまったら……)



 その場から立ち去ろうとするも、強まる衝動のせいで思うように身体が動かない。


 そんなアルジェントに気づき声をかけてくる生徒がいたが、アルジェントは吸血衝動を抑えるのに必死であった。


 そんな時────



「いやいや、だから俺は大丈夫で────ぐっ……」



 話していた生徒が急に変な声を上げ、アルジェントがもう一度そちらへ顔を向けると、生徒は艶のある黒髪の女性教師に後ろから裸絞チョークスリーパーを受けて気を失っていた。



「ふ……船坂先生?」


「この子についてはお気になさらず。いつもの事なので」



 戸惑う教師に〝船坂〟という女性教師は手馴れた様子でその生徒の襟を掴み引き摺って行った。


 その頃には貴族クラスの生徒達による一般クラスの生徒への絡み騒動はどこかに行っており、その生徒達は教師に促されてそれぞれのクラスへと移動したのだった。



(な、なんだったの……あの人……?)



 アルジェントは混乱する思考のまま、自身も自分の教室へと向かうのだった。

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