三十代無職女が二十年ぶりにゲームを買う話

伽藍 @garanran

第1話

 私は今日、switchを買いに行く。

 というのも昨日、友人に唆されてつい『買う』と言ってしまったからだ。友人はSwitch Liteを持っていて、どうぶつの森を中心に遊んでいるのだった。

「買っちゃえよ!」

 極めて軽い調子で、友人はそう誘ったのだった。タイミングが合わなければ、私はいつものように適当に流して終わりだっただろう。

 ずっと辞めたい辞めたいと思っていた前の会社を、体調を崩して退職してから、数日。小説以外に取り立てて趣味のない私は、小説以外の趣味を探しているところだった。

 小説、というのは楽な趣味ではない。小説を読むのだって体力が要るし、小説を書くのに至ってはどうしてこんなことを趣味にしてしまったのかと後悔するくらいだ。

 毎日毎日小説を読んで、小説を書いて。ずっとこんなことをしていては、療養しようにもどうにもならないと考えたのだった。

 そんな話をしていたところにSwitchの話をされて、私はつい頷いてしまったのだ。他にもダイヤモンドパズルや、普通のパズルやアイドルの話をしたけれど、私にはピンとこなかった。並べられた提案の中で、その中ならSwitchかな、と思ったのだ。SwitchでもSwitch Liteでも、違いのわからない私にはどちらでも良かったのだけれど。

 私はゲームが苦手で、小学校六年生から今まで二十年、ソシャゲ以外には触ったことがない。ソシャゲだって、長くて半年、短ければ一ヶ月で飽きて止めてしまうのだ。

 以前からSwitchに興味はあったし、近々好きな刀剣乱舞のゲームも発売される予定だったので、まあ良いか、と思ってしまったのも否めない。刀剣乱舞無双というタイトルで、元々刀剣乱舞は好きだったから情報だけは集めていたのだった。遊び方も何も判らないけれど、初心者にも簡単なモードもあるらしい、と噂だけは届いていたので。

 実は前も、買おうと思って買いに行ったことはあったのだった。あのときはちょうど巣ごもり需要で売り切れてしまっていて、買うことができなかったのだけれど――。

 さて、自宅で着替えて駅に向かった私は総武線に乗って千葉までやってきた。昨日はちょうど千葉で友人と食事をしていたから、一日ぶりということになる。

 千葉駅のホームから改札階にあがる。幕張本郷に引っ越してからも何度も遊びに来ているから、慣れた動きだ。

 千葉駅は数年前に改装されて、随分と広く、新しくなっている。改装から数年が経って真新しいというほどではなくなっているけれど、まだまだ綺麗な構内を歩く。エスカレーターの前は吹き抜けのホールになっていて、開放感のある作りになっている。

 千葉駅からヨドバシカメラまでは徒歩五分もかからない。

 ヨドバシは地下一階、地上二階建てだ。正確にいうと、三階以降はヨドバシ以外のテナントが入っている。さっさと到着して、私は地下一階に降りるのだった。

 さて、ここで困ってしまった。何しろ普段ゲームなど買わないから、そもそもどこに何があるかも判らない。店員さんも見当たらない。

 こういうとき、頼りになるのはあちらこちらにある案内板だ。看板を見上げれば、右の矢印と『ゲーム』という言葉が眼についた。なるほど、と思って右に曲がり、しばらく彷徨っているとでかでかとした任天堂のロゴが眼についた。

 あそこか、と思う。任天堂のロゴの近くに、Switchの本体や周辺機器や、ソフトらしい陳列棚が見えた。

 慣れない場所にきょろきょろとしながら近づいた。

 立てかけられた看板には在庫情報があって、最新の有機ELは売り切れていることが判った。旧版は在庫あり、Liteは在庫あり、その他周辺機器、全て在庫あり。有機ELがあれば迷わずそれを買ったのだけれど、残念、と思う。

 Switch本体の売り場は看板の反対側だ。くるりと振り返ればずらりとSwitchが並んでいた。展示品の本体の右下に備え付けられた購入カードを取ろうとして、私はそこで困ってしまった。

 そもそも、Switchの仕組みがさっぱり判らない。マイクロSDがすぐ近くに売っているけれど、何だ、何に使うんだ。噂ではジョイコンスティックが壊れやすいとか見たけれど、何かカバーのようなものを買った方が良いのか。ケースは必要なのか。

 どうせ買うなら長く使いたい。そうなると周辺機器は買った方が良いのか、悪いのか。もっといえば根本的な話、通常版とLiteはどちらが良いのか。有機ELがあれば迷わなかったものを、なかったものだから悩みごとが一つ増えてしまった。

 なんだか考える内に面倒くさくなって、買わなくても良いかという気分になってきてしまった。いやいや、ここで買わなければ恐らく私は一生買わないぞ――。

 以前に買いに来たときもそうだった。そもそもゲームを買うということに慣れてなくて、そもそもゲームというものに苦手意識があるものだから、むやみやたらに緊張したものだ。勇気を振り絞って店員さんに声をかけた結果は、在庫切れという空振りだったのだけれど。

 私は今でこそゲームは全くしないけれど、小学校六年生まではそこそこに遊んでいたのだ。任天堂のゲームボーイやロクヨンばかりだったけれど、けっこうな数のソフトも持っていた。

 遊ばなくなったのは、自分の飽き性加減にほとほと嫌気が差したからだった。そもそも親に金を出させてすぐに飽きて、また次のゲームを買わせるという自分の愚かさがしみじみと身にしみたからだ。

 愚かだった、と思う。私の家は小学校の一、二年くらいまではお金があったのだけれど、経済状態は徐々に傾いた。小学校六年生といえばもう随分と困窮していたはずなのに、愚かな私は興味の赴くままゲームをねだっていたのだ。

 そのくせ、すぐに飽きるのだから嫌になってしまう。お金がないことに嫌気が差して、飽き性なことに嫌気が差して、だったら何もかも止めてやると私は八つ当たりのようにゲームを止めたのだ。

 放り出すようにゲームを何もかも手放して、それきり二十年。今日ゲームを買いにきたのは、実に二十年ぶりのことなのだった。

 ゲームは苦手だった。いっそトラウマと言っても良いかもしれない。そんな私がゲームを買いに来ようと思ったのは、愚かだったあの頃の私を、無意識の中でそろそろ許そうと思っているのかも知れなかった――。

 つい回想してしまったけれど、友人とも約束してしまったし、そもそも小説以外の趣味がないという状況は解決しない。迷いに迷って、帰りそうになってまた迷って、もう一度迷ったあげくに、私は店員さんに声をかけることにした。

「済みません、何も判らないんですけど――」

 そう声をかけられた店員さんは、さぞ困惑したことだろう。通常版とLiteの違いやソフトの買い方、マイクロSDカードの意味などを聞いて、私はLiteを買うことにした。何度か以前友人たちに勧められたことがあるけれど、私はリングフィットはやらないだろうし、モニターやテレビも持っていないから通常版は不要と判断したのだ。

 色は迷った末に、ピンクにした。イエロー、ターコイズも良かったけれど、単純に好きな色にしたかったのだ。やっぱりジョイコン? とやらの故障が恐いから保証もつけて。自然故障だけだから落とさないようにしないとな、と思った。

 買って、受け取って、店の外に出る。途中、Twitterのフォロワーさんからリプライが届いていることに気づいた。

『買うならLiteじゃないやつが良いですよ!』

 そういうことはもう少し早く言ってくれ。Liteの方が安かったし決断に今さら迷いはないけれど、思わず私は呟いたのだった。

「遅ーい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

三十代無職女が二十年ぶりにゲームを買う話 伽藍 @garanran @garanran

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ