たった一夜の主人公
大盛小鉢
たった一夜の主人公
「ねえ、好きって言ったら怒る?」
不意の問いかけに、思わず振り返る。君は不安そうな目で、僕を見ている。
「怒らないよ、だって、こうして結ばれることができたんだから」
君の手を取り、2人で日の出を眺める。
空からは、隕石が近づいてきている。時間的にはもう真夜中だというのに、いささか空は明るすぎる。
今日はなにもないただの一日のはずだった。朝のニュースでどこかのキャスターが緊迫した様子で、簡単に言えば、明日の朝、隕石が地球に降ってくる、解決策はなにもない、と言っていた(そのキャスターも驚きを隠せておらず、同じような内容を何度も繰り返していた)。外はパニック状態だった。大声でなにか喚く人たちで溢れかえり、あちこちで交通事故が発生していた。外を見れば人の亡骸が当たり前のように転がっており、どうしようもないほど腐っていたと思っていた世界でも、ルールがあるだけマシだったのだなと、なくなってから知った。
さて、僕は何をするか、しておきたいこともないし、行きたい場所もない。会っておきたい人は...まあ、今更だし、別にいいだろう。...と、不意に家のチャイムがなった。
こんなご時世に宅配便か?まあなんでもいいが、とりあえず出るか
扉を開けると、そこにはよく見知った姿があって思わずドキッとした。そこには彼女がいた。
だがその顔は、いままで見たこともない泣き顔だった。不思議だな、妹みたいなやつで、かれこれ20年近く一緒にいたのに、知らないことなんてたくさんあるんだなって。
「おい、どうして俺のところに来たんだよ」
彼女が迷惑だから言っているのではない。彼女には、もうすぐ結婚する男がいる。なんでそいつのところに行かなかったんだ、という意味は、彼女にも伝わっているだろう。
「ごめんね、ごめんね」そう彼女は繰り返す。仕方なく家へ上げて、温かいお茶とティッシュを渡す。涙を拭きながら、彼女はポツポツと話しかけた。
「気づいちゃったの...隕石が降ってくるんだって、もう生きてられないんだって思ったとき...最後はあなたと一緒にいたいって...彼でも家族でもなくて、あなただったの、だからお願い...最後だけでも、一緒にいさせて......」
...ますます、世界とは不思議なものだ。会いたい人、そう考えて思い浮かんだのは、彼女の顔だった。だが、結婚相手がいるし...と、認めるのが恥ずかしくて、隠した。
この感情が恋なのか愛なのか、僕は知りもしない。そこにあるのは...
「...僕も、君と一緒にいたい」
ただ、それだけだ。君は頬を赤らめ、僕に抱きついてくる。「ありがとう、ありがとう...」と、顔を肩に押しつけながら繰り返す。
そうして、長いこと2人で抱き合っていたが、ふと、思い出の岬を思い出した。
「なあ、久しぶりにあそこに行かないか?」
落ち着いた彼女は、それだけでどこか通じたらしく、ちょっといたずらっぽい笑みを浮かべてうなずいた。
外へ出ると、もうみんなどうしようもないことに気がついたのか、街はしんと静まり返っていた。日はもう沈みかけており、この太陽とももうおさらばなのかなと思うと、やはり少し寂しく思った。
2人で歩きながら、思い出話をたくさんした。もうこんな時間は二度と来ないと思っていた。こんな、他愛もないことで笑いあえるような時が。
その岬には、あっという間についた。
「懐かしいね、2人が出会った場所」
「確か君が、家出をしたとき、だったよね」
「もう、やめてよ恥ずかしい」
こんな話で、一生笑い合っている。隕石は、刻一刻と迫っている、だが、そんなことはどうだっていい。2人の、2人だけの時間があれば、それで。
ふと、少し明るくなったような気がして前を見ると、太陽がもう昇り始めていた。最後だと思っていた太陽、その姿は、やはり最後の瞬間だからだろうか、今まで見てきたものとは別のものに見えた。「ねえ、好きって言ったら怒る?」
不意の問いかけに、思わず振り返る。君は不安そうな目で、僕を見ている。
「怒らないよ、だって、こうして結ばれることができたんだから」
君の手を取り、2人で日の出を眺める。
さようなら、太陽。さようなら、地球。そして、ありがとう、隕石。
途中、どんなことがあろうとも、最後にこうして、僕達に本当の思いを気づかせてくれた、一歩踏み出させてくれた。たとえ世界がどうなろうと構わない。今だけは、僕達が主人公だ。世界を巻き込んだラブストーリー。いいじゃないか、かっこよくて。
そして、僕達は手を繋いだ。君の体温を感じ、まだ生きていると思える。隕石は、もう目前。
...最後に1つ、言っておきたいな
「僕と、結婚してください」
私には、答えはイエス以外思い浮かばなかった。
たった一夜の主人公 大盛小鉢 @oozala_kobach
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