二月の夢枕
暦の上では、1月はもう終わり2月に入ろうとしている。一年の間でもっとも短く感じる一か月。それは年明けからバタバタと、もしくはだらだらと過ごしてしまう1月だと思う。こんな風に時の過ぎ去る速さを感じるのも何回目か。もうすぐ40代も終わるというのに、俺は家で一人インスタントラーメンをすすっていた。こんな年まで家庭も持たずに過ごすのはここ日本においては、劣等感を感じたり、自己嫌悪を感じたりするものだろうとよく友人から言われるが、俺はそんなことは無いと思う。なんせ、ここ数十年彼女もつくっていないのだ。独身として、一人で社会を生き延びてきた俺からすれば、もうこうやって過ごすことなど造作もない。ここまで成熟すると、もはやポジティブにも感じられてしまうのである。
「よし、今日も寝ようか……。おやすみな」
一人住まいの男の部屋にしては綺麗に整頓された部屋で俺は毛布を敷き、電気を静かに消す。真っ暗になった視界の中でほこりの粒子が飛び交っているのが見える。小さい時から眠れないときはこんな光景をよく見たものだ。特に十代後半の眠れない夜は……。おかしいな。寝ようと思って瞼を閉じるように意識しても1ミリも動かすことができない。それどころか、全身のどこも動かすことができない。いわゆる金縛りにあってしまったのか。そんな風に少し恐怖を感じていると、枕元から少し冷たい2月の風が頭に吹き込んでいた。ほのかな、でも全く忘れることができないあの香りとともに。
「「創ちゃん……。今日であなたと別れてから三十年がたつわ。私はあなたをずっと見てた。一人、ずっと一人で頑張ってたよね。でも、もういいよ。三十年も経って私の両親も親戚もみんなこっちに来たの。だから、私実は寂しくなんて無いの。だから……、もういいよ。ずっと前から言いたかった。でも、本当に別れるのが辛くてずっと言い出せなかった。ごめんね、創ちゃんの人生を奪っちゃって。本当にごめん」
スカートがはためくような風と共にその人は俺に語り掛けた。一字も忘れられない。何も動けない俺はただ耳を傾けることしかできなかった。
「「じゃあ、もう時間だから……。行くね。今度会う時は創ちゃんからいっぱい話しかけて。私もできるだけ話したいことを決めておくから。じゃあね。バイバイ……」」
一方的に喋って、俺は黙って聞くだけの二人の関係。そうだ、俺はあの人とのこの関係がずっと忘れられなかった。数十年も前の思い出は孤独の中の俺を包んでいてくれたんだ。それが分かっただけでいい。これからも、これまでの日々もきっとこの一夜の思い出だけで過ごしていけるのだろう。ありがとう……。俺はやっと動いた手を動かしてそっと両手で顔を拭った。
夢枕。四十の男にすればなんともいいがたいプレゼントだった。いつの間にか日は上り、俺は久しぶりに不眠で朝を迎える。寒いはずの二月の朝日は不思議と暖かく感じた。今日は久しぶりの平日休みだ。せっかくだし、このまま今日の予定を済ませてしまおう。俺はあくびをしながら静かに白い花束を持つ。花束は冷たさをなくし、しっとりと水滴に濡れていた。
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