第21話 月食

「言い方悪いかもしれないけど、お姉ちゃんが一人勝手に落ち込む分にはまだいいわ。けど現状、あたし達も影響を受けてしまってる……時間が解決なんて悠長なことは言ってらんない。一刻も早く立ち直らせないと」


 真剣な面持ちでこっちを見据える陽葵さんに、俺は頷いて見せる。


「同感です。しかし、どうすれば月姫さんは元に戻ってくれるのでしょうか?」


「そうねぇ…………」


 陽葵さんは顎に手を添え黙考する。


 そしてしばしの沈黙の末、彼女は口を開いた。


「褒めて褒めて褒めちぎる、ってのはどう?」


「な、なるほど……でもそれだと逆効果になってしまうんじゃないですか?」


「そうね。まず間違いなくマイナス方向に捉えるでしょうね……けどそれは最初だけ、逆効果のように映るのも最初だけかもしれないわ」


 陽葵さんには勝ち筋のようなものが視えているのだろうか。その芯のある声に俺は期待を抱き、無言で続きを促す。


「褒められて嫌な気持ちになる人っていないでしょ? もし仮にいたとしても稀……少なくともお姉ちゃんは嫌いじゃない。馬鹿な父親にしょっちゅう褒められてニコニコしてたし。そりゃ最初こそ『そんなことないよ』って返してくるだろうけど、数うってればいずれ崩れるでしょ、きっと」


「そんな子供騙しのようなやり方が通用するんですかね?」


「なにもしないより全然良い。通用するかどうか、答えが気になるならやるしかないでしょ」


 そう言い切った陽葵さんが机に両手をつき立ち上がる。


「行くわよ。あんたも手伝いなさい」


「は、はい」


 ――――――――――――。


 姉妹二人の部屋。ドアの前に俺と陽葵さんは立つ。


 何故か俺が中にいる月姫さんに呼び掛ける流れになった。


 俺は一呼吸おき、2回ノックし「月姫さん、起きていますか?」と声をかけた。


「……………………」


 しかし月姫さんからの返事はなく、俺は隣にいる陽葵さんに顔を向ける。


「寝ちゃったんですかね」


「いやわかんないけど……とりあえず確認してみよ」


「ですね」


 俺は短く応えて視線を前に戻し、ドアノブに手をかける。


「失礼しまぁす」


 寝ている可能性を考慮し、俺はゆっくりとドアを開けた。


 姉妹二人の部屋に入ったのは初めてだったが、なんというか想像していたよりも殺風景だった。


 パッと見ただけでも必要最低限の物しか置いてないとわかる室内……そのちょうど真ん中に背を向け佇んでいる月姫さんの姿があった。


「あ、起きてたんですね月姫さん」


「…………………………」


 返答はない。


 どうしてか、不気味感覚が俺を襲う。月姫さんの気配が変わった……いや、変わったと言うより気配が感じられないと表現した方が正確か……自分でもよくわからないけど、とにかく不気味だ。


 後3秒、月姫さんが反応を示さなかったらもう一度声をかけよう……そう決めた矢先、彼女はおもむろに身を振り返らせた。


「……………………」


 月姫さんの顔を見て、俺は言葉を失った。


 自分の料理下手を身をもって知り、落ち込んでいた彼女も十分様子がおかしかったと言えるが、確かに人間味はあったわけで。


 けれども眼前に立つ彼女からは人間らしさというものをまったく感じられない。


 人が当たり前のように持っている感情がポッカリと欠落している――――そんな月姫さんはまるで人形のようだった。

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