第19話 お月見
お昼の一件を引きずっているのが目に見えてわかるポーズ。触れていいのかダメなのか、非常に悩む繊細な姿だ。
寝ているだけの可能性もある。けどそうでなかった場合、照らされた明かりに気付くわけで、となると無視するのも躊躇われる。
やはりここは……。俺はうずくまっている月姫さんの元に寄り、声をかける。
「あの、月姫さん? 大丈夫ですか?」
「……大丈夫、ですよ」
か細い声ながらも反応はあった。反応はあったのだが、全然大丈夫そうには見えない。
「お、俺の方はもう完全に調子戻ったんで、どうかお気になさらず」
「それは良かったです……貴重な1日を無駄にさせてしまってごめんなさい……ダメな子で、ごめんなさい……」
「……えっと、そんな重く捉えなくていいですからね? 俺は大丈夫ですから。ほんとに、大丈夫ですから」
「本来こっちが気遣わなければならないのに、私が不甲斐ないあまりに逆に気遣わせてしまって……脆くて弱くてごめんなさい……面倒な子でごめんなさい……ダメな子でごめんなさい……」
「あ……その……えっと……」
想像を遥かに上回る月姫さんのネガティブには慰めも逆効果で、俺は言葉を詰まらせてしまう。
触れない方が良かったか……。そう悔やみつつ、しかし声をかけてしまった以上ここで引くのもどうかと思うし、けれども残ったところで……。
「……なにしてんの? 二人とも」
どうしたものかと顎に手を当て頭を悩ましている俺の耳に、抑揚ない声が入ってきた。
声のした方に顔を向けると、呆れた表情で俺を見つめている陽葵さんと目が合う。帰ってきていたことにまったく気付かなかった。
ジトッとした視線を俺から月姫さんへと移した陽葵さんは小さく溜息をつく。
そして再び視線を俺に戻し、ちょいちょいと手招いてきた。
妹の陽葵さんなら対処法的なものを知っているかもしれない。俺はキッチンの奥へと移動した陽葵さんの元に向かう。
「……んで、なにがあったの?」
面と向かい合う形になるや、陽葵さんが月姫さんに
「実はその――――――」
俺は身振り手振りを交えて事の詳細を陽葵さんに説明した。
「なるほどね…………にしても根性あるわね、あんた。あんなおどろおどろしい物体をたいらげたなんて」
陽葵さんが向ける視線の先を目で追うと、そこには月姫さん特製パエリアが。
「たいらげたと言っても、1人前ですけどね……あのおかわり分も含めて完食できていたら、月姫さんもああならずに済んだのに……ほんと、すいません」
「いやいや、1人前でも大したもんよ。あたしには無理、一口が限界……いや、一口も無理だったかもしれない。今回のは見た目からしてヤバそうだし……だからあんたは凄い。その根性は称賛に値するわ」
思いもよらない陽葵さんからの労いの言葉を、素直に受け取っていいものなのかと俺が戸惑っていると、彼女は口角を上げ人差し指を立てた。
「それに、良い機会でもあるしね! お姉ちゃんには悪いけど」
心配する素振りはおろか、むしろ明るいまである陽葵さん。名は
「……どういう意味ですか?」
「この一件で料理を控えるようになるってことよ。あんたも迷惑してたでしょ?」
「迷惑というわけでは…………というより、前々から気になっていたんですけど、月姫さんって料理の際に味見しないんですかね?」
「味見してたらもっと早い段階でああなってたって」
「確かに…………いや、納得しちゃうのもおかしな話ですけど」
「まったくね」と陽葵さんは同意を示す。
「まあ、味見をしない理由は正直わかんないけど、お姉ちゃんが料理に自信を持つようになったのは馬鹿な父親のせいよ」
その棘のある言い方には触れず、同時に浮かんだ疑問も片隅に置き、俺は陽葵さんに続きを促す。
「父親のせいとは?」
「あのお人好しがいつもいつも無理して『月姫の手作りはなんでも美味しいな』とか言ってたから、お姉ちゃんが勘違いしちゃったのよ……味見しないのも案外、過信のせいかもね」
「なるほど…………あの、加えてもう一つ訊きたいんですが、月姫さんがああいう風になるのって多々あることなんでしょうか?」
「ん~、忘れた頃にってぐらいの頻度かな。子供の頃はちょいちょいあったけど。それこそゲームで全然あたしに勝てなくて拗ねる、みたいな。だいたい1ヶ月くらいで復活するけど」
「一ヶ月ッ⁉」
思わずデカい声を上げてしまった俺は反射的に口を両手で塞ぎ、恐る恐る月姫さんに視線を向ける。彼女は依然、
ホッと胸を撫で下ろし、陽葵さんに視線を戻す。そして俺は思ったことをそのまま口にした。
「さすがに長くないですか? 失恋したのならまだしもゲームで勝てないからって1ヶ月はちょっと……」
「子供の頃の話だからね? お姉ちゃんも大人なんだから、さすがにそこまで長引かないでしょ……2、3日経ったら戻ってるって」
「そう……ですかね」
「そうよ。あの状態のお姉ちゃんに優しくしても逆効果ってことはさっき十分わかったでしょ?
「はい」
「だ、か、ら、あたし達は普段通りにしておけばいいの。触れずに見守っておけばいいの。おーけー?」
「そうですね……わかりました」
応じる俺に陽葵さんはグッとサムズアップし、鼻歌交じりにダイニングを後にしていった。
月姫さんと長い時間を共にしてきた陽葵さんが言うのだから、間違いないだろう。
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