第18話 丸まるお月様
気持ちが悪い……その一言に尽きる。
ベッドに潜ってから1時間と少々。体内に溜まった毒素は未だ抜けきらず、本調子には程遠い。
眠って誤魔化せれば良いのだが、生憎と目は冴えてしまっている。
ああ……後どれくらいしたらこの不快感から解放されるのだろうか。天井を見つめながらそんなことを思っていると、廊下からドタドタと慌ただしい足音が。
「――戌亥さんッ!」
程なくして勢いよくドアが開かれ、顔面蒼白の月姫さんが姿を見せた。
「ど、どうしたんですか?」
「すみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみません本当にすみません!」
俺の傍までやってきた月姫さんは何度も何度も頭を下げ、すみませんを繰り返す。
その取り乱した様子は見てるこっちまで心配になる程で、俺は再度「どうしたんですか?」と訊ねる。
「あの、実はその、私も、ちょっとだけ、口にしまして……そしたら、あまりにも、不味くて……そこで、戌亥さんが、私に気遣って、無理して、完食してくれたことに気付いて、申し訳なくて……」
つっかえつっかえながらも月姫さんが言いたいことは理解できた。彼女も一口食べて知ったのだ……あのパエリアがまったくパエリアしていないということに。
ここで美味しかったを貫き通すのは違うだろう。月姫さんが味を知らないならまだしも、知ってしまった今は優しい嘘にすらならない。
当然、月姫さんを責めたりはしない。やんわりと、彼女の心を傷つけないように言葉を選ばなくては。
「大丈夫ですよ、月姫さ――――」
ぎゅるるるるるるるるるるるるる。
喋っている最中にお腹が悲鳴を上げ、「ふんぬううううううううううッ⁉」と俺はうずくまり歯を食いしばる。
「だ――大丈夫ですかッ! 戌亥さんッ!」
なんて間の悪いことか。月姫さんを安心させようとしたつもりが結果として余計な心配をかけさせてしまった。
しゃがんで俺の顔を覗く月姫さんの表情は今にも泣き出しそう……というかもはや半泣きだ。
どうにかしないと……。最悪なタイミングで襲ってきた腹痛に嫌な汗をかきながらも、俺は必死に笑顔を作る。
「だ……大丈夫ですよ……月姫さ――――」
ぎゅるるるるるるるるるるるるる。
お腹の悲鳴はまたしても。
「わ、私のせいで……私のせいで、戌亥さんがぁ……」
「ほ、本当に、俺は大丈夫ですから……月姫さんが気に病む必要はありませんから……ただ、できれば一人にしてもらえると、助かります」
「ご――ごめんなさい! 謝ることばかりで配慮もできずに……戌亥さんに迷惑かけて……ダメな子で……」
立ち上がった彼女は後ずさりながらそう自分を責め――そして、
「――――――ッ!」
逃げるように部屋を出て行った。
一人にしてくれなんて、遠回しに邪魔だと言っているようなもの。月姫さんには申し訳ないことをしてしまった。
けれど、言い訳じゃないが、あのまま俺の苦しむ姿を晒し続けている方がまずかった気がずる。
要は消去法だ……実際、俺にも余裕がなかったし……最善を導き出す余裕なんてなかった。
「と、とにかく……今は……一刻も早く……トイレに向かわねば……」
俺にとって今出すべきなのは……別のものだ。
――――――――――――。
「……もう、夜か」
いつのまにか眠ってしまっていたらしく、室内は暗くなっていた。
真っ暗というわけじゃない。窓の外から淡い夜の光が差し込んでいる。
体調も快調には依然届かないが、一時に比べればだいぶ落ち着いた。
俺はベッドから起き上がり、部屋を出る。
「……誰もいないのか?」
廊下に出ても暗さは続いていた。誰かしらいればどこかしら明かりが灯っているのだが……。
姉妹二人の部屋からも光は漏れ出ていない。陽葵さんはまだ帰ってきてないとして、月姫さんはどうしたのだろうか? 何処かにでかけたのだろうか?
人の気配が感じられないこともあって俺は多分そうだろうと決め込み、とりあえずとダイニングへ足を向けた。
当然ながらここも暗く、俺は点灯スイッチをパチンッ、と『入』に。
「――うわッ⁉」
照らされた室内、ダイニングテーブルの椅子に一人、小さく
「………………」
典型的な落ち込み方をしているその人は他でもない――月姫さんだ。
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★くだせえ
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