第15話 第二の人生……終了のお知らせ?

 翌朝、いつもより遅い起床。疲れは残っていないけれど、体が少しダル重い。寝すぎてしまったか。


 スマホに表示されている時刻は丁度10:00。段々と自堕落な生活に慣れていってしまってるな。


 昨夜、江口と別れた後、寄り道せず帰宅した俺は、食事もとらずシャワーだけ済ませベッドに倒れた。大型連休ならではの人混みに疲れていたのだ。


 俺はベッドから起き上がり、日光という名の鞭を入れるべく、電子タバコ片手にカーテンを全開に。


 差し込む強烈な光に目を細めるも、すぐに慣れて視界は鮮明に。未だに見慣れない景色を眼下に眺めての一服は無上の幸せ、至福のひと時だ。


 しかしながらこの景色もそう長くは続かないだろう。収入源はゼロ、金も無限にあるわけじゃない。大金を失う予定があるわけだし……生活水準を下げなければやっていけない。無職のままでもいられない。


 ま、それでも前世と比べれば苦ではない。今の生活も一時いっときの夢みたいなもの、なにせ未だに信じられないぐらいなのだから……未練もなにもない、ただ夢から覚めるだけの話。


 職については……正直、楽なのが良いな。給料は安くてもいいから、心にゆとりが持てる仕事がいい。


 こればかりは就いてみないと良し悪しの判断ができないが……前が前だっただけに、今度こそはと強く願ってしまう。ちゃんと仕事していてくれよ? 労働基準法。


 漫画の世界とはいえ、第二の人生。多くは望まないからせめて静かに暮らしたい。


 もちろん、姉妹二人がなによりも優先だが……いずれ彼女達も俺の元を離れていくだろうから、先を見据えておいて損はない。


 まずは行動……ただその前に――。


「腹が減ってはなんとやら、だな」


 ぐううう……とお腹の声を聞いて、俺はそう呟いた。


 ――――――――――――。


 食事を求めてキッチンへと向かう途中、ダイニングテーブルに並んで座っている姉妹二人の姿が見えた。


「おはようございます」


 俺に気付いた月姫さんが微笑みながら朝の挨拶を。


 倣って俺も「おはようございます」と返した。


 一方、陽葵さんはというと視線をくれるだけで口は固く結ばれている。


 隣にいる月姫さんが「陽葵ちゃん!」と声をかけ促してくれるが、俺はそれを手で制止。嫌なら嫌で良い。強制しようとは一ミリも思わないし、そもそも強制できる立場でもない。


 被害者として、陽葵さんの反応は正しい。月姫さんが優しすぎるのだ。


 それに、目を合わせてくれるようになったんだ……陽葵さんさって、優しい。


 さてさて、ご飯ご飯……。俺は手をつけなかった昨日の弁当を冷蔵庫から取り出し、電子レンジで温める。


 待っている間、俺がコーヒーを作っていると、月姫さんが昨夜のことを訊ねてきた。


「昨日の、怖そうな人とはその、お友達だったんですか?」


「友達なんてもんじゃないですよ。薄い薄い知り合いです」


「…………大丈夫だったんですか?」


 月姫さんの心配そうな顔、声音。漠然とした問いに俺は頷き、姉妹の不安を取り除く。


「今後、二人の前に姿を現すことはありません」


「……それじゃあ、戌亥さんの前には?」


「俺ですか?」


 思わず聞き返してしまった俺に月姫さんは首を縦に振る。


 でもそうか。いくら彼女達の前に現れないとしても、俺に用があってここに訪れてくる可能性は残る……月姫さんはその偶然を危惧しているから確認してきたのだろう。


「……俺も、今後ヤツに会うことはありませんよ」


「そうですか」


 彼女はホッと胸を撫で下ろす。正確にはもう一度だけ、嫌でも会わなくちゃならないわけだが……そのことについては控えていてもいいだろう。


 俺は奥にいる陽葵さんからの疑わしげな視線に気付いてない振りをし、コーヒー作りに専念する。


 程なくして温め終了のお知らせが。俺はレンジ方取り出した弁当とコーヒーを持ってテーブルへと向かう。


「陽葵ちゃん……戌亥さんにも感想聞いてみたら?」


「え~いいよ~。まるっきり気付いてないみたいだし」


 座るなり二人がなにやらひそひそと話し出す。しかしながらその内容はこっちまで届いていて、感想と言うのも陽葵さんの格好について指しているのだろう。


「その服、昨日買った物ですよね? 似合ってますよ、陽葵さん」


 と、率直な感想を伝えたつもりだったが、陽葵さんはジト目で俺を見てくるばかり。


 そんな妹に姉の月姫さんは「良かったね! 陽葵ちゃん!」と笑顔を送り、自分のことのように喜ぶ。


「そうだね~」


 対する陽葵さんは感情のこもっていない声で棒読む。陽が月で月が陽で、真逆のリアクションだ。


「あたしのことはいいとしてさ……お姉ちゃん、今日の予定をコイツに伝えなくていいの?」


 陽葵さんが言うと、月姫さんは「そうでしたそうでした!」と手を合わせ俺に顔を向けてきた。


「戌亥さん! 今日のお昼、楽しみにしていてくださいね?」


「は、はぁ……お昼、ですか」


「はい! 昨日挑戦するはずだったパエリアを作りますので!」


「――え?」


 俺の口から零れ出た絶望を表す声を聞いて、斜向かいに座る陽葵さんは顔を逸らして体を震わせる……笑いを堪えているのがまるで隠しきれていない。


 普段なら真っ先にツッコミを入れてくれるのに、今日に限っては放棄している……何故か、出掛けるからだ。


 自分が苦を味あわないのなら構わない。その相手が憎むべき人物であれば笑いも込み上げてくるというもので――つまり、昨日の味方は今日の敵ということだ。

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