第13話 お前……誰?1

 場所は移って○○駅前の繁華街。大型連休もまだ前半、息苦しさを感じる人混みは容易に想像がついていた。


 どこへ向かってるんだろう? この人の数じゃきっと飲み屋も埋まってるし……あれか、事務所的なのがあるのだろうか?


 そんなことを考えながら俺は前を歩く江口についていく。目的地はとうに決まっているのか、迷いのない足取りだ。


 程なくして一棟のビル、エレベーターの前で江口は立ち止まり、←を押した。


 丁度1階で止まっていたのか、ドアはすぐに開き俺と江口は中に乗り込む。


 ……4階か。


 6つボタンがある内の4が淡く点灯しているのを見て、俺は横に掲げられている各階の案内表に視線を移す。4階には『カラン』という店名のバーがあるようだ。


「「………………」」


 車内も含め、江口と交わした言葉は業務的なものだけで、他は一切ない。


 常に薄笑いを浮かべている江口。さっきまでは喧騒で紛れていたけれど、こうして二人きりになるとやはり気味が悪い。人混みとはまた違った息苦しさ……エレベーターの進みがやたら遅く感じる。


 チンッ! と小気味良い音がエレベーター内に響き、ドアが開く。


 降りた先には薄暗い殺風景な空間が広がっていた。かつては白かったであろう壁が視界を占領する。だからこそ、ポツンと佇む『カラン』と記された扉が目立っていた。


 江口が先に店の中へと入る。


「……いつもの席。酒はまだいらね」


 俺達が来るのを予め知っていたかのように待機していた店員に、江口は淡々とした口調で言った。


 店内はほの暗く、落ち着いた雰囲気に包まれている。


 客の姿もチラホラと見えるが、空席もある。しかし、案内する店員はそれらをスルー、奥の個室へと通した。


 お世辞にも広いとは言えない。テーブル一つにL型のソファー、カラオケの一室のような狭い空間だ。


 店員が去り、江口がソファーの端に腰を下ろした。倣って俺も反対の端に座る。


「んじゃまず、そっちの話から伺うとしようか」


 タバコに火をつけた江口が、前屈みになって俺に顔を向けてきた。


「実は……足を洗いたいと思ってるんです」


「ふ~ん……なんで?」


 月姫さんと陽葵さん、姉妹二人と関わらせたくないから関係を断ちたい……と、正直に答えるべきではないだろう。加えて、俺が戌亥舞輝についての記憶をほとんど保持していないことも打ち明けない方がいい。そのことが弱みになって付け込まれでもしたら厄介だから。


 しばしの黙考の末、俺は口を開く。


「このままじゃまずいと、危機感を抱いたからです。真っ当に生きたいと思ったからです」


「真っ当? お前が?」


「……はい」


 俺が頷き返すと、江口は鼻で笑う。


「はッ。なに寝ぼけたこと言ってんだよ……非行少年が心を改めるのとは訳がちげぇ。弱者を散々虐げてきた大悪人の更生なんざ、誰も求めてねーんだよ。なんせ人一人じゃあがないきれない数の罪を犯してきてるんだからな。むしろ、更生しようだなんて気持ちが芽生えちまうこと自体が一つの罪。巻き上げてきた金すべてを返すんならまだしも、他人の生き血を吸ってでしか生きられないノミのような俺達が更生だなんて、それこそ虫の良い話なんだよぉ」


 長々と喋った江口は紫煙をくゆらせながら更に続ける。


「と、まあ――今のはお前がよく『辞めたい』って泣き言たれる下っ端連中に言ってることだな。んで続きの言葉は決まってて――それでも辞めたいって言うなら埋め合わせとしておび10本出せ……だな。俺としては辞める辞めないは本人の自由だと思ってるけど、筋を通すならお前は払うべきだよなぁ…………まあ、お前の場合はポンと払えるだろうけどよぉ」


「……帯10本というのはつまり、1000万ってことですか?」


「ああ……まあその金も、元を辿れば他人の金だからぁ? 更生って言葉の中身がスカスカになっちまうけどなぁ」


 ケラケラと愉快げに不快な笑い声を上げる江口。ヤツの台詞――ひいては戌亥舞輝の台詞はすべて自分にも返ってくる謂わば自虐であり、あながち間違いではない。穿うがった見方ではあるが、更生の同義語は自己満足であると、そう捉えることもできる。


 けど、こっちから言わせればそれがなんだって話だ。更生云々に関しては記憶にない戌亥舞輝に対してで、元々真っ当に生きてる俺には関係ない。


 全員を助けられるほどの人間でもなければ、全員を救いたいなんて大層な正義心を持ってる人間でもない……目の前のことで一杯一杯な、極々普通のサラリーマンに期待されても困る。


 被害に遭った方々には申し訳ないが、開き直らさせてもらう。


「1000万、きっちり揃えてお支払いします。それで金輪際俺と――それから姉妹二人と関わらないことを約束してもらいたい」


「……まあまあ、そう急ぐなって。その件についてはひとまず保留。こっちも訊いておきたいことがあるんだよ……と言っても、数はねぇ。たった一つだ」


 江口は短くなったタバコを灰皿に押し当てる。必要以上にぐりぐりと。火はとっくに消えているのにぐりぐりと。


 その動きが止まるや否や、江口がぎょろりとした目を俺に向けてくる。


「お前さぁ…………誰?」

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