第12話 不吉な男
それから時間はあっという間に過ぎていった。
3人で遅めの昼食をとった後、陽葵さんの提案で映画を観ることになったのだが……これがまた涙腺を壊してくる物語で。
内容自体は王道のラブロマンスだけども……王道故にうるっときてしまった。泣かせ所も読めていたのに堪えきれなかった。隣に座っていた月姫さんもハンカチが手放せないでいたっけ。
一方で言いだしっぺの陽葵さんには刺さらなかったらしく、鑑賞後、「話題になってる割にはそうでもなかったな~」と冷めた顔をしてた。彼女は意外と
その後はゲームセンターで遊んだり、調理器具を見たいと言った月姫さんに付き合ったりして、気付けば夜になっていた。
二人も疲れていたのだろう……帰りの車内で「ドライブスルーでもいいですか?」と俺が訊いても反対の声は上がらなかった。
「う~ん、どれも美味しそうで悩むな~。お姉ちゃんどれにする?」
「えっと、私は…………パエリア作りたいな」
「いや、メニューにないし聞いてないし作らなくていいから。余計なこと考えなくていいからね? お姉ちゃん」
「よ――余計なことってどういうことよ陽葵ちゃんッ⁉」
信号待ち中。繰り広げられる仲良し姉妹のやり取りをラジオ感覚で聴く。気分はすっかりリスナーだ。俺の表情はきっと今、緩んでいることだろう。
こんな気持ちを俺が抱くのは間違っている、そんな資格はないし、彼女達に失礼だというのもわかっている…………けど、今日はとても――楽しかった。
――――――――――――。
エントランスへと通じる扉は二つ。一枚目は誰でも入ることが可能な自動ドアで、二枚目はオートロック式。つまり、ここの住居者のみが解錠できるわけで、来客者は住居者の承認がなければエントランスへは入れない。
その狭間、風除室にて、異様な存在感を放つ男が一人、壁に背を持たれているのが見えた。
遠目からでも伝わってくる不気味さは、近づくにつれ濃くなっていく。
向こうもこっちに気付いたようで、歪んだ笑みを浮かべて壁から背を離す。
そして男は一枚目の自動ドアを抜けた俺達に声をかけてきた。
「よお……戌亥。元気してたか?」
目にした時から嫌な予感はしていたが……やはり知り合いだったか。
俺は姉妹二人の前に立ち、聞いた者の耳に不安を残していくような低い声を発した男を睨む。
「月姫さん、先に戻っててください」
「は、はい」
理由も訊かずに従ってくれた月姫さんに俺は内心で感謝する。何故なら理由を訊かれても答えられないから。
ただの直感だ……この男と姉妹二人を関わらせない方が良いという。
「……驚いたなぁ。お前が〝オモチャ〟連れて外で歩いてるなんてよ」
男は中に入っていったであろう二人の方を目だけを動かして見ている。
その間も男から目を離さず睨み続ける。さっきから油断してはならないと俺の頭の中で警鐘が鳴りっぱなしだ。
男の容姿は実におどろおどろしい。パーマがくたびれたようにかかっている黒髪は肩まで伸びていて、センター分けによって晒された顔面は死人の如く青白い。ウェリントン型の黒縁眼鏡の奥にある眼は色褪せ、歪んだ口元から覗かせている八重歯は生き血を吸うのに適している。
外見的要素一つ一つが不気味と呼ぶに相応しい。が、それらを霞めてしまうほど、喉の辺りで大きく開かれている〝第三の目〟……タトゥーが禍々しい。
喫煙所で会った色黒男と纏っている気配は似ているものの、格が違う。大袈裟でもなんでもなく、目にした人間に不吉の二文字を連想させるこの男はただ者じゃない。
「全然顔見せねえから心配してたんだぜぇ? 戌亥ぃ」
男はニヒルな笑みを崩さぬまま俺に目を戻した。
「
梶木という名前にも覚えがある。その名が色黒男を指していることは説明するまでもないだろう。
となればコイツが
確証はないけど確信はある。色黒男こと梶木も江口の名を口にしていたし。
「黙ってられちゃ困るなぁ」
「……〝あの、江口さん……折り入って話があるんですが〟」
「あ?」
俺が畏まった口調でそう言うと、江口は驚いたような顔を見せた。
が、それも一瞬のことで、ケケケッ悪魔のような顔して笑う。
「梶木の言ってた通り、本当に人が変わっちまったみたいだなぁ……まあいいや、こっちも話があったし丁度良い。ただ……ここじゃ場所がわりぃな。視線がいてえのなんの」
気だるそうに首を回す江口。その視線の先にはコンシェルジュの方がいて。
女性は俺達と目が合うなり慌てて顔を逸らしてしまう。怖い思いをさせてしまったみたいで本当に申し訳ない。
「場所移すぞ。戌亥、車回せ」
「〝はい〟」
俺が短く返すと江口はまたしてもケケケッと笑った。
「あぁ……おかしいおかしい」
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