第9話 姉妹仲良しの秘訣は?

 吹き抜け構造になっているショッピングモール内。2階を越すぐらいまで伸びた目印にするには打ってつけのヤシの木、それを囲うように設置された円形のベンチが集合場所で、姉妹の姿は既にあった。


 案の定、陽葵さんの横には買い物袋たくさん置いてある。


「待たせちゃいましたか?」


「私達も今来たところです」


 月姫さんが微笑みながらそう返してきた。陽葵さんと比べ、彼女は消極的。パッと見た感じ買い物袋は一つだけ、それもかなり小さい。


「目ぼしい物があまりなかったんです?」


「いえ、そういうわけじゃないんですが…………あ、残ったお金、お返しします」


「あ、全然それは――月姫さんが貰ってくれて構いませんから」


「いえいえ、受け取るわけにはいきません。戌亥さんにお返しします」


「いやいや、どうかお気になさらず。月姫さんの懐にしまっておいてください」


「いえいえ」「いやいや」と互いに譲り合っているようで譲らない図が出来上がる。


 見兼ねてか陽葵さんが間に入ってくる。


「行き場に困ってるならあたしが貰ってあげようか?」


「そ、それはダメだよ」


「なんで? お姉ちゃんいらないんでしょ?」


「いらないわけじゃないけど……このお金は元々戌亥さんのだから」


「その本人がお構いなくって言ってるんだし、それでいてお姉ちゃんは受け取るつもりはない……ならあたしが頂いちゃってもいいよねってそういう話……ね? 別にいいよね?」


 月姫さんが受け取らないつもりならまあ……。了承を求めてきた陽葵さんに俺はコクリと頷いて見せる。


「ならあたしが貰っちゃおっと――」


「――――ッ!」


 ラッキーラッキーと陽葵さんが手を伸ばすも、月姫さんが胸元に引っ込めてしまい空を掴むことに。


「あれれぇ? お姉ちゃんなに手を引っ込めちゃってるの? ……あ、やっぱり欲しくなっちゃったんでしょ? あの〝ワンピース〟」


「ち、違うの陽葵ちゃんッ! これは、その、咄嗟に反応しちゃっただけで、他意はないとうか……」


「またまた~、お姉ちゃんったら~。瞳をキラキラさせてずっと眺めてたじゃない。あたし、ちゃんとこの目で見てたからね?」


「い、言わないでよぉ陽葵ちゃん……」


 しゅんと縮こまる月姫さんを見てニシシと笑う陽葵さん。


 二人を見て出発前の車の中でも似たような光景があったなと思い出し、俺はクスっと笑う。


「うぅ……」


 馬鹿にされたと受け取ってしまったのか、月姫さんは顔を紅潮させ俯いてしまう。


 姉妹の話を聞く限り、月姫さんには別に欲しい物があったと窺える。けれど俺に気を遣ってくれたのか買うのを我慢したみたいで、結果さっきの譲り合いの図になってしまったと。


 案外、陽葵さんが「いらないならあたしが」と口にしたのはお金欲しさの私欲ではなく、姉を気遣ってのことなんじゃないだろうか?


 本人に直接考えを言葉にしてもらったわけじゃないからあくまで推測になってしまうけれども、きっとそうなんだろうという自信はあった。月姫さんの態度からしてほぼ間違いなく。


 となれば、俺が彼女にかける言葉はこれしかない。


「我慢しなくてもいいですよ? 月姫さん」


「そうそう! 少しぐらい欲出してもいんだよ? じゃないとほら、あたしがガツガツしてる人みたいになっちゃうじゃない?」


 次いで陽葵さんが購入した内のいくつかを両手に取り、呆れたように笑った。その素振りを見て、やっぱりさっきの彼女の言動は月姫さんのことを考えてのことだったのだと、俺は確信する。


 けれども月姫さんは依然俯いたまま、指を弄りもじもじしている。


「で、でも……私には似合わないと思うし……」


「そんなことないって! 絶対似合うよ、お姉ちゃんに!」


「陽葵さんに同じくです。実物をこの目で見たわけじゃないですが……月姫さんは元が良いですから」


「そそそそ――そんなことないですッ!」


 パッと顔を上げた月姫さんが首をぶんぶんと横に振って否定する。


「そんなことあるある! というか、お姉ちゃんが自分のこと可愛くないって言っても説得力ないからね? 受け手次第では皮肉になっちゃうからね?」


「その通りです。月姫さんは可愛いんですから、自信持ってください」


「ふ、二人して揶揄わないでよぉ……」


「揶揄ってない揶揄ってない! 事実を述べてるまでだから――ね? あんたもそうでしょ?」


「ええ、もちろんです」


「うぅ……」


 落ち着きない様子で身じろぎする月姫さん。その瞳は若干潤んでいて、なんだか悪いことをしている気分になる。


「いやぁ……妹として誇らしいよ。こんなに綺麗なお姉ちゃんがいて、ほんとに誇らしい――いや~ほんとに自慢の姉だよほんとに~」


 ダメ押しの『ほんとに』を言い終わるや陽葵さんが俺の脇腹を肘で小突いてくる。乗っかれというサインだろう。


「もし俺が女性としてこの世に生まれ月姫さんのような姉がいたとしたら、誰彼構わず自慢しまくってたでしょうね。それぐらい月姫さんは美しくお綺麗でかわい――」


「ちょ――ちょっとだけ失礼しましゅッ!」


 褒めちぎられる状況にとうとう耐えられなくなったのか――月姫さんはピュピュピューンと駆け出して行った。人混みをするりするりと避けていく様は実に鮮やかで、見ていて気持ち良いものがある。


「ふぅ……もうちょっと我儘でもいいのに」


 隣にいる陽葵さんが小さな声で半ば呆れたように零したが、その表情からは確かに愛を感じられて。


 この姉妹は時折、立場が逆転する……それが仲良しの秘訣なのかもしれないな。


 なんてことを思いながら、俺は視線を前に戻す。月姫さんの背中はもう見えなかった。

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