第8話 一服中の諍い

 ゴールデンウイークということもあり、道は混み込み、目的地であるショッピングモールの駐車場内も混み込み、施設内も混み込みと、多くの人で賑わっている。


 そんな中、俺は一人喫煙所にいた。ここに来てから早3時間、吸って吐いてをしに訪れるのもの既に6回目だ。


 月姫さん、陽葵さんとは別行動。もうそろそろ集合場所で落ち合う予定。


 別々に行動しているのは彼女達から一緒にいるのが嫌だと言われたわけじゃない。俺自らが提案したのだ。せっかくの姉妹水入らずの時間を邪魔するわけにはいかないからと。


 月姫さんは気を遣って「一緒に行きましょう」と言ってくれたが、最後には納得してくれた。


 二人にはいくらか渡してある。今頃、陽葵さんは両手が荷物で塞がっていることだろう。


「――あれ、戌亥さんじゃないすか」


 今しがた喫煙所に入ってきたツーブロックの色黒な男が、俺の顔を見るなり声をかけてきた。名前を口にしていたし、知り合いと見て間違いないだろう。


 名指しで呼ばれてる以上、無視するわけにもいかず俺は軽く手をあげて返す。すると男は俺の隣までやってきて加熱式タバコを取り出した。


「珍しいっすね。戌亥さんが出歩いてるの。しかもこんな人が多くいる場所に」


 敬語を使っているってことは、立場的には俺の方が上か。


「まあ、ちょっと知り合いとな。そういうお前は?」


「俺はこれっすよ」


 そう言って男は空いた方の手をあげ、小指を立てた。


 俺は「そうか」と短く返し、ふぅー煙を吐く。


「「「――ギャハハハハハハッ!」」」


 と、アホほど大きい笑い声が狭い空間に響き渡る。声の出所は確認するまでもない……対角にいる3人の大学生だ。俺がここに来てから今に至るまでずっとあんな調子でいるから余計な情報が嫌でも耳に入ってきてしまう。


 他の喫煙者も迷惑そうにしているが、しているだけで誰も注意しない。俺もその内の一人。姿形は変われど、培ってきた事なかれ精神はちょっとやそっとじゃ変わらない。


 しかし、色黒男は違ったようで。


 わざとらしく舌打ちしたかと思えば、肩で風を切るように3人の元へ向かう。


「おいうっせーぞテメーら。人の迷惑考えろ」


 怒鳴りはしなかったものの、ドスの利いた声+乱暴な言葉遣いが相当な迫力だったろうことは対面せずとも容易に想像がつく。今の俺が言うのもなんだが、あの男の風体もだいぶアウトローよろしくしているし……ぶっちゃけ、ヤツが隣にいた時タバコ持つ手が言うこと聞いてくれず、ブルブルと震えてしまっていたし。


 しかし3人は、より正確に言うならその内の1人が色黒男を挑発するかのようにヘラヘラと笑う。


「いや、迷惑ってなんすか? 俺ら普通にくっちゃべってただけっすけど?」


「……あ?」


 勇敢ではなく、数の優位性によるものか。色黒男に対してやけに強気だ。


 当然、と言うにはあの男のことを俺はまったく知らない。だからこれは偏見になるのだが、色黒男は当然のように詰め寄る。


「お前、あんま調子こいてんじゃねーぞ? ああ?」


「は? いやいや、調子乗ってなんかないですけど? なんですかほんと……いい迷惑なんですけど」


 このまま放っておくわけにはと、俺は対峙する二人の元へ向かい、色黒男の肩を掴む。


「おい、やめとけって」


「…………え?」


 威嚇する顔のまま振り返った色黒男は止めに入ったのが俺だと認めるや否や、拍子抜けしたような声を漏らした。


 まるで俺が止めに入ることなどあってはならないかのように、頭の片隅にもなかったと言うように、口をあんぐりさせている。


「おい、行こうーぜ」


「ああ」


 3人組もこれ以上はさすがにといった感じで喫煙所を後にする。一度買ったからにはと、色黒男に噛みついた1人は強気の姿勢を崩さぬまま最後まで俺達に煽るような笑みを向けていた……男のめんどくささを見事に体現していたな。


 ちょっとしたいさかいに発展してしまったことで、他の喫煙者の方々もそそくさと出て行き、煙たい窮屈さがなくなる。


「マジ、どうしちゃったんすか……戌亥さん」


 俺が手を離すなり色黒男がそう心配そうに言ってきた。


「どうしたって、なにが?」


「いや、さっきの連中のことですよ……ああいう奴ら、戌亥さん一番嫌ってたじゃないですか。いつもは自分から突っ込んでいくのに……まさか止められるとは思ってもなかったです」


 驚きを隠せない様子の色黒男は更に続ける。


「それだけじゃない。ミーティングにも顔を出さない、ここ最近はずっと音信不通…………戌亥さんになにかあったんじゃないかって、江口さんも心配してましたよ」


 江口……その名前に覚えがあった。


 顔は知らない。ただ頻繁に電話をかけてくるため、名前は覚えていた。


「江口って……江口えぐちつかさか?」


「ええ、まあ」


 そんなこと聞かなくてもわかるでしょ? と色黒男の顔に書いてある。


 このままコイツと言葉を交わしていても不信感を募らせるばかりか。俺は吸い殻を灰皿に捨て、色黒男に背を向ける。


「悪いな。今、色々と立て込んでるから、しばらくミーティングに参加できない……〝江口さん〟にもそう言っておいてくれ」


「? ……はあ」


 釈然としないとりあえずの「はあ」。後ろから感じる視線を振り切るように俺は喫煙所を後にした。


 戌亥舞輝と繋がりがある人間と鉢合わす事態は極力避けたかった…………が、こうなってしまうのは時間の問題だったかもしれない。これまでも俺が一方的に無視していただけで関係を完全に断ったわけじゃなかったし。


 ……さっきのヤツが余計なことしなければいいが。

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