第7話 不慣れ

 翌日、自室にて。俺はどの服を着て行こうかと姿見の前で悩んでいた。


 初夏の気配を感じるこの頃、朝のニュースでお天気お姉さんが『昼間は気温が上がり、半袖で過ごせる陽気です』と言っていたのを思い出し、洋服棚から半袖を引っ張り出してきたはいいものの、鏡に映っている自分の右腕を見て肌を晒す格好を早々に断念。


 肌の露出が控えめで尚且つ涼しい服装はないか。洋服が馬鹿ほどあるせいで、かれこれ20分ほど姿見の前で一人試着会をしている現況だ。


 何故こんなことをしているのか? というのは昨夜、陽葵さんが口にしたもう一つのお願いに他ならない。


 彼女のお願い、それはショッピングだった。なんでも友人と出掛ける時の服を購入したいとかで、俺は二つ返事で了承。これから大型ショッピングモールに向かう予定だ。


「……これでいっか」


 ド派手ながら、目立つ色が多い中、俺は比較的カジュアルであろう物を選んで着用する。


 それから姿見で確認。顔が怖いのはどうすることもできないから目を瞑るとして……まあ、及第点かな。


 全身をざらっとチェックし終えた俺は、財布や車の鍵が入ったクラッチバックを脇に挟んで部屋を後にした。


 ――――――――――――。


 時計は少し進んで車内。助手席には月姫さん、後部座席に陽葵さんが座っている。出発はしておらず、まだ駐車場内だ。


 どうにも慣れない。高層階、加えて充実したセキュリティー、これらのせいで駐車場に向かうのも一苦労。


 住んでる人達が人達だけにセキュリティーが厳重である……とは重々承知しているのだが、俺にはどうしても不便に思えてしまう。庶民的思考が深く根を張ってるのだろう。


 慣れない関連で言えばこの車もそうだ。車高・車幅・車長どれも高く広く長い。前世でも車の免許は持っていたが、愛車は中古の軽……こんな馬鹿でかいSUV車じゃなかった。


 極めつけは運転席――この左ハンドルだ。これがもう違和感でしかない。真っ直ぐ走らせる分にはいいのだが、右左折時の感覚が右ハンドルとかなり違う。他にもワイパーとウィンカーの位置が逆、センターラインが遠くて対向車との距離感が微妙に把握しづらいなどなど……違和感は満載だ。


 つい先日、試し乗りにと近くのファーストフード店までこの車を転がしたのだが……まあ神経を使った使った。たかだか10分にも満たない運転で手は汗でびっしょり。おまけにドライブスルーも大変だったし……左側通行の日本に適していない気がしてならない。


 だからこそ慎重に、安全運転でいこうそうしよう。


 その前に……目的地をナビに入力、と。


「あの、本当に私も一緒しちゃって良かったんでしょうか?」


 俺がディスプレイを慣れない手つきで操作していると、月姫さんが不意にそう聞いてきた。


 横にいる彼女に目を向ける。どことなく浮かない顔だ。


「ちょっとちょっとなに遠慮しちゃってるのよお姉ちゃん。昨日一緒に行こうってなった時、目を輝かせて今年のファッショントレンド検索してたじゃない」


「――ひ、陽葵ちゃんッ⁉」


 ひょこっと後部座席から顔を出してきた陽葵さんに明かされ、テンパった声を上げる月姫さん。


 そんな姉を見て妹はニンマリ笑う。


「ん? 言わない方が良かった?」


「そ、そういうわけじゃないけど……できれば内緒にしてほしかったというか……」


 月姫さん的にはバラされたくなかったのだろう、俺の目にはしょぼくれてるようにも拗ねているようにも見える。


 ただ、興味があるってことはわかった。


「陽葵さんの言う通り、遠慮しなくていいですからね? 素直でいてもらって構いません。こっちは迷惑だなんて思いませんから」


 どうか遠慮なく、そう俺が伝えると月姫さんは面映ゆげな表情をして、


「……ありがとうございます」


 と礼を口にした。


「もう、最初から素直にしてればいいのに……どうせ家に居たってすることないんだしさ」


「することは一杯あるよ」


 溜息交じりに言った陽葵さんにムッとする月姫さん。


 それを知ってか知らずか陽葵さんは揶揄うような口調で返す。


「どうせ家事でしょ? せっかくのゴールデンウイークなのに……思考が若くないよ、お姉ちゃん」


「余計なお世話です。それに元々、今日は本格的にやるつもりでいたの」


「本格的って、毎日掃除とかしてるんだからそんな意気込んでやる必要ないよ絶対」


「掃除じゃなくて――りょ、う、り! パエリアを作る予定だったの」


「「……え?」」


 俺と陽葵さんの声が重なる。


 陽葵さんの「え?」に込められた意味は多分俺と同じで、期待する「え!」じゃなく、嘘でしょ……の「え?」なはず。


 それは声のトーンからして容易に察せられることのはずなのに、月姫さんはらしからぬ空気の読めなさで意気揚々に続きを語る。


「パエリアって一見作るの難しそうと思われがちだけど実は物凄く簡単で、と言っても私もつい最近知ったんだけどね。スマホでレシピを調べてる内に『これなら私にもいける!』ってなって、もう食材も買ってあるんだよ? 見映えも良いし美味しそうだしで良いこと尽くめ! いつも失敗してばっかだから説得力がないかもしれないけれど、今回は自信あるの! ……なんなら今日、帰ったら作っちゃおうかしら? 晩ご飯の時間がちょっと遅れちゃうかもしれないけど――」


「ストップストップ! お姉ちゃん話長すぎ! あとそんなに張り切らなくてもいいから! 今日は夜は外で食べることになってるし――――ねえッ?」


 初耳だった。しかしながら陽葵さんの訴えかけてくる目にピンときた俺は話を合わせる。


「そ、そうでしたそうでした! すいません、言うのを忘れていて……また、別の日にでも」


「……そう、ですか……わかりました」


 がっくりと肩を落とす月姫さんを見て俺は罪悪感を覚える。


 すいません月姫さん。パエリアは次の機会にお願いします……あ、その時は保険で俺も手伝わせてもらいますが。


 内心で詫びを入れつつ、俺はナビの設定に戻る。


「それよりあんた、さっきから全然出発しようとしてないけど、大丈夫なんでしょうね? ここまで準備して中止とか嫌よ?」


 パエリアの空気を断ち切りたかったのだろうか、陽葵さんが俺にそう振ってきた。


「問題ありません。ただ、もう少々お時間を」


「……というかあんた、車の運転は覚えてるのね」


「みたいですね。体が覚えちゃってるんですかね?」


「いや、あたしに聞かれても困るんだけど」


「ですよね」


 俺は陽葵さんの正答を受け困ったように笑う。


 姉妹二人には部分的な記憶障害だと伝えてある。が、実際はそうじゃない。


 ただその事実を打ち明けることでややこしくなるのが目に見えてわかるから、伝えていないだけ。車の運転も問題ない。


「よし――設定完了! それじゃ、行きましょうか」


「お願いします」


 目礼する月姫さん。


 バックミラーに映る陽葵さんは『やっとか』みたいな顔して座席にもたれる。


 左右を確認し車を発進させ、駐車場内からいざ道路へ。


「あの、戌亥さん。ワイパーが動いてますけど」


「すいません。間違えました」


 ウィンカーを出すつもりがワイパーを動かしてしまった。そのミスを月姫さんに指摘され、俺は慌てて改める。


「え、ホントに大丈夫?」


 後ろから聞こえてきた心配する声に俺は「大丈夫です!」とだけ返し、ハンドルを切った。









――――――――――――。

どうも、深谷花びら大回転です。


僭越ながら、一曲。


『えーほう巻き巻き、えーほう巻き巻き、深谷の巻き寿司咥えてや(意味深)♪ 焼き芋みたいにホクホクせいッ!(北北西)』


……ってのを思い付いて昨日投稿しようと一生懸命頑張ったんですが、執筆速度遅すぎて節分終ってました(萎えぽよ)

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