第6話 お願いがあるの

 一週間が経ち、世間はゴールデンウイークという名の大型連休に入った。


 が、ほぼ無職――いや、完全なる無職の俺にとってはこれといった特別感がなく、あっという間に二日が過ぎ、現在は三日目の夜。


 自室にて。俺は趣味の悪いがらのソファーにもたれて天を仰ぎ、紫煙しえんを吐き出す。手に持っているのは加熱式タバコだ。


 戌亥舞輝の体になってから、やけにイライラしたり口寂しく感じると思ったら――なんてことはない、この男が喫煙者だったというだけの話。


 ブラック企業に勤めていた頃の俺はタバコなんて吸っていなかった。人生でたった一回きり、成人式の日に友人から『一本吸ってみ?』と勧められた時だけ。盛大にむせたのを今でも覚えている……友人の名前は思い出せないが。


 タバコは『不味い・高い・体に悪い』の三拍子が揃っていて、正直吸ってる人間の気が知れなかった。


 気が知れなかったのだが、耐え難いフラストレーションをどうにか解消したいという気持ちが勝り、試しに一本と吸ってみたら……これがめちゃくちゃ美味かったのだ。


 食後の一服は最高だしコーヒーにも合う。何故これまでタバコを嫌っていたのかと後悔するくらいに素晴らしい嗜好品だ。


 ……なんだか、いけない薬の良さを語ってるみたいで嫌だな……風体が風体だけに洒落しゃれになってないし。


 吸い応えのなくなったヒートスティックを鈍器のようなごつい灰皿に放り、再びソファーにもたれる。


 姉妹二人は今尚ここに住んでいる。が、以前までとは違ってちゃんと日の光を浴びる生活を送っている。


 わかりやすい変化としてまず、妹の陽葵さんは高校に行くように。学校生活が楽しくて楽しくて仕方がないんだろう、笑顔でいる彼女をよく目にするようになった。無論、笑顔を見せるのは月姫さんの前だけで、俺には相変わらずだが。


 姉の月姫さんも同様に外出するようになったが、彼女の場合学生というわけでもなく定職に就いてるわけでもないので、陽葵さんとは違ってスケジュールに縛られていない。基本的には家に居がちで、外に出るのも食材を買いに行くといった主婦然としたもの。


 家にいる際も家事を率先してくれて非常にありがたいのだが、自分を優先しているようには視えず、俺に気を遣っているように感じられた。


 だから一度、月姫さんに「家のことは俺に任せて、月姫さんは自分のしたいことをしてください」と俺は伝えた。


「これが私のしたいことなので」……それが彼女の答えで、俺はなにも言えなかった。


 余談だが、この家にインスタント系が豊富な理由がなんとなくわかった気がする……というのも月姫さん、掃除や洗濯はもの凄く手際が良いのに料理だけがどうも苦手らしく、毎回カオスな品々? が食卓に並んでしまうのだ。そのせいあって最終的にお湯・電子レンジに救われる構図がお決まりになりつつある。


 健康面も考慮しての提案だったのだが…………まあ、月姫さんがしたいと言うのなら邪魔するつもりはない。ただ、料理に関してだけはお節介を焼かせてもらうとしよう。


 コンコンッ。


 早速明日から教えてみようか――なんて考えているところにドアを叩く音が。


「どうぞ」


 そう俺が言うと、遠慮がちにドアが開かれる。


 月姫さんかな? そう予想を立てるも見事に外れる。


「……今、いい?」


 ひょこっと顔を覗かせたのは陽葵さんだった。彼女が俺の部屋に訪れるのは初めてのことだ。


「ええ、大丈夫ですよ」


 俺が応えると彼女は部屋に足を踏み入れ、音をたてないようにドアを閉めた。


「テキトーに腰かけてください」


「……………………」


 陽葵さんはじっと立ち尽くしたまま、落ち着きなくそわそわしている。


「どうしたんです?」


 そう俺が訊くも彼女は指を弄るばかりで答えようとしない。答えようとしないというより、言い出しづらいといった感じか。


 それなら陽葵さんのタイミングを待とう。俺は柔らかい表情を意識し、彼女が口を開くのを待つ姿勢に。


 逡巡しゅんじゅんしている陽葵さんはやがて、意を決したような顔つきで俺に目を合わせてきた。


「――お小遣いが欲しい! ……んだけど」


「お小遣い、ですか?」


 彼女は小さく頷く。


「明後日、友達と遊びに出掛けることになったんだけど……あたし、お金持ってなくて……」


「なるほど、そういうことですね」


 高校で久しぶりに友人と会って盛り上がったのだろう。


 俺はテーブルに置いてある財布を手に立ち上がり、陽葵さんの元に足を向ける。


「これで足りそうですかね?」


 そして財布から抜き出した1万円札を彼女に差し出した。


 陽葵さんは1万円札と俺も顔を交互に見て、気後れしたような表情を浮かべる。


「こんなに、いいの?」


「ええ、大丈夫ですよ」


 成人男性が女子高生にお金を手渡している……絵的には大丈夫じゃない気がするけども。


「……このお金をあたしが受け取った瞬間に……なにか、見返りを求めてくるつもり?」


「そんなことしませんよ」


「ほんとに?」


「本当です」


 もう一度、一万円札に視線を向けた陽葵さんは、恐る恐るといった具合で受け取った。


「またなにかあったら遠慮なく言ってください」


「…………うん」


 か細い声で短く答えた彼女に俺は微笑み、ソファーに戻る。


「……………………」


 まだなにか用があるんだろうか? 部屋を出ずに留まっている陽葵さんがチラチラと俺の様子を窺うように見てくる。


「……あの、さ……図々しく思われるかもしんないけど……もう一つ、お願いがあるんだよね」


 今度は予想が的中した。


「図々しいなんて思ったりしませんよ…………それで、お願いって?」


「……あんた、明日暇だったりする?」


「ええ。特に予定はありませんが」


 というか毎日暇だったりするわけだが……まあそんな自虐は置いておくとして。


 予定の有無を確認できた陽葵さんは数秒黙り込んだ後、口を開いた。


「連れて行ってもらいたい場所があるから、車出してくれない?」







――――――――――――。

どうも、深谷花びら大回転です。


明日は節分ですね。皆さんは豆まきするんですか? もしするのだとしたら投げつける相手――鬼はいますか?


もしいらっしゃらない方がいましたら是非この深谷花びら大回転に罵声を飛ばしながら投げつけてください。大変喜びますので

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