第3話 月は陰って止まぬ雨
4月の下旬。春眠暁を覚えずといきたいところだったが、日の出と共に目が覚めてしまった。習慣とは恐ろしいものだ。
スマホに表示された時刻は5:05。平日である今日、普段なら支度を始めるべくベッドから飛び起きるのだが、戌亥舞輝にその必要はない。
昨日の夜、俺は戌亥舞輝について調べていた。情報が詰まったスマホ様々、4桁のパスワードが生年月日じゃなかったら俺は詰んでいただろう。
定職には就いていない。アルバイトをしているわけでもない。投資家、ユーチューバーの類いとかでもない。非合法なやり方で金を儲けていたのだ。
所謂〝半グレ〟だ。交友関係もアウトローな連中が多い。
しかもこの男、半グレ集団のリーダー的存在であるときたもんだ。LIMEでのやり取りを見た感じ間違いない。
どおりで捕まらないわけだ……事件として扱われても下っ端を生贄にすればいいだけだし……そもそもこの男は指示をしているだけで直接関わっているわけじゃない。
狡猾だ。そうでもなきゃやっていけない世界なんだろうけど。
俺は再び目を閉じ二度寝を決め込もうとするが、すぐに諦めベッドから抜け出した。どうにも冴えた頭が睡眠を受け付けそうになかったから。
「……腹、減ったな」
思い出したかのように空腹感がやってくる。昨晩はなにも口にしていなかったのだろうか。
「朝食にはだいぶ早いけど、作るかな。あの子達の分も一緒に」
いつものように忙しない朝じゃない。余裕があるからこそ思い立つ。
真面目に生きてきたつもりなのに、真面目じゃないこの男の方が生活水準が高いとは……とんだ皮肉だな。
――――――――――――。
「――い、戌亥様ッ⁉」
「おはようございます、月姫さん。早いんですね」
出来上がった朝食3人分をテーブルに並べていると、月姫さんが姿を見せた。
驚いたような声を上げた月姫さんに俺が挨拶すると、彼女は慌てた様子で傍までくる。
「私がやりますから! 戌亥様は休んでいてください!」
「俺はもう
「そ、そういうわけには……」
「……もしかしなくても、家事全般をやるように俺から頼まれてたり?」
「えっと……それは……」
どう答えるべきが正解なのか、失礼に当たらないか、月姫さんの困った表情からそういった配慮が窺がえた。
「もしそうだったとしたら、それはもう忘れちゃってください。自分のことは自分でやりますから。なんならこれから毎日、月姫さんと陽葵さんの分も俺がやっちゃいますよ? それくらいの余裕はありますから」
「え?」
失言だったと俺は遅れて気付く。彼女達だって年頃の女の子だ……洗濯だからと言ってこんな男に下着を触られたくはないだろう。
気を少しでも楽にしてもらえたらと思って口にした言葉が逆に気を悪くさせてしまったかもしれない。俺はすかさず訂正を入れる。
「も、もちろん俺に任せたくないこともあるでしょうから、その辺はご自身でやってもらいますけど……その他は俺がやりますから。ね? これならいいでしょ?」
「……で、ですが……住まわせてもらってる身で、なにもせずにいるのは心苦しいというか……」
「気にしなくてもいいです。あ、それと戌亥様ってのはちょっと慣れそうにないので、別の呼び方でお願いします」
「……本当に、良いんですか?」
月姫さんにとってそれは恐れ多いことなのだろう。躊躇うような目をしている彼女を安心させるために俺は微笑んで見せる。
「――――それじゃ、俺は先に頂いちゃいますね」
全員分の朝食を並べ終えた俺は席に着き、自分で作ったフレンチトーストを頬張る。うむ、我ながら安定した味だ。
冷蔵庫の中はスカスカもいいとこだった。逆に冷凍庫はレンジでチンするだけの品が多くあり、即席できるインスタント系も豊富。不健康な食生活であったことは容易に想像がつくキッチンだった。
そんな状態で作った今朝のメニューは『フレンチトースト』に『インスタントの味噌汁』、お情け程度に置いてあった野菜で作った『サラダ』だ。ちなみにフレンチトーストにお味噌汁ってどうなの? って問いは一切受け付けてないので悪しからず。
「あ、あの……」
と、消え入りそうな月姫さんの声。彼女は俺の前に並べられた品々をチラチラと見ている。
「私も、頂いて良いでしょうか?」
「もちろんです! 遠慮せず食べてください。作り立てだから美味しいですよ?」
「あ、ありがとうございます」
ペコリと頭を下げ、月姫さんは対面の席に移る。
いちいち許可を取らなくてもいいのに……なんて感想は酷く無責任だと思う。許可を取らなければいけないようにさせてしまったのも俺のはずだから。
色々と改善していかなきゃいけない……彼女の俺に対する態度を見て改めてそう思った。
「……いただきます」
背筋を伸ばして姿勢よく座っている月姫さんが手を合わせて感謝を示す。
俺は「どうぞ」とだけ返し、彼女に気を遣わせないよう食事に集中している振りをする。
とは言えやはり反応が気になってしまう。誰かに料理を振る舞うのなんて久しくなかったし……お口に合えば良いのだが。
俺は味噌汁を
「……………………」
フォークとナイフを器用に扱い。一口大にしたフレンチトーストをぱくり。視線は机上に固定したまま、月姫さんはゆっくりと
やがて喉を上下させると、彼女は静止してしまう。
美味しくなかったのかもしれない……そんな俺の心配を余所に、月姫さんは再び手を動かし、口へ運ぶ。
一連の流れが2、3回繰り返された辺りで俺は異変に気付く。
「月姫、さん?」
「はい」
月姫さんは涙を流していたのだ。
「どうして、泣いてるんです? そんなに美味しかったんですか? それとも死ぬほど不味かったとか」
「え……泣いてるって、私がですか? ……あれ……どうして?」
彼女自身、泣いていることに気付いていなかったようで、目元を白い指で拭い、疑問の声を漏らした。
「あの、不味かったわけじゃないんです。その逆で、とっても美味しくて……凄く、暖かくて……優しい、味、で……」
何度拭っても涙は止まりそうになく、声は徐々に震えていった。泣いていると自覚した月姫さんの表情は見る見るうちに崩れていき、ついには両手で覆い隠してしまう。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
謝罪の言葉を繰り返す月姫さん。謝るべきなのは俺の方なのに……。
声を押し殺して泣いている彼女の姿は痛々しく、俺はギリギリと歯を噛む。
彼女の心は想像以上に戌亥舞輝に支配されている……言動からして異常と呼べるほどに。
ふつふつと怒りが湧く。それは彼女をこんな風にさせてしまった
――――――――――――。
どうも、深谷花びら大回転です。
将来の夢 流しそうめんの為にたくさん買ってきたはいいけど、結局みんなお腹一杯になっちゃって流されすらさせてもらえない〝そうめん〟です…………世知辛ぇ
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