【毬子視点】白金の記念日

 ※時系列:(https://kakuyomu.jp/users/kurepi/news/16817330653011730903)の後日談です



 社会人になるまでは、8時間の拘束時間×週5日のサイクル(業種によってはそれ以上)を定年まで続けるなんて絶対に無理だと思っていた。

 大学の講義ですら、高校の授業時間から倍近く上がってしんどかったのだし。


「でも、歳は待っていなくても取っていく」

「いきなりなにさ」


 セルフツッコミに横からツッコミが加わった。助手席に座る忍ちゃんが、どっかにカメラでも回ってる? なんて後部座席に振り返ってジョークを飛ばす。

 仕事に疲れた帰り道も、隣に彼女がいるだけで声が弾むんだから我ながら単純だ。


 この方は、会社の部下。こんな美人がパートナーでいいんだろうか、って意識するたびに夢でも見ている気分になる。

 そういう関係になって1年近く経つはずなのに、相変わらずこのこそばゆさには慣れない。


「えっとね。職場で気がついたらお昼、気がついたら終業時刻のベルが鳴り、気がついたらもう就寝時間ってことあるじゃない」

「確かに」

「変わらない景色を行ったり来たりで週5日続けるわけだから、曜日感覚曖昧になってこない? もう入社して1年過ぎたんだってびっくりする。20代があっという間って言われるのも分かるわ」


 社会人になって積読や積みゲーが増えた。大好きなはずの新刊も買ってその日に読むってことが少なくなった。

 睡眠時間が惜しいくらいやりたいことにあふれていたのに、いつの間にか眠気に勝てなくなっていた。


 買って手元に置くことはできても、それを消化する時間と体力がなかなか回ってこない。

 通勤時間は短いところなのに。帰って食べて風呂入ったらそこでエネルギー使い果たして、残り数時間を趣味に当てられず一日が終わっていく。


「夜ふかしはしてないし、休日はお昼くらいまで寝てるのだけど。エネルギーが有り余っていた子供時代に戻りたいわ」


 あんたは寝かしつけにほんと苦労したんだよ、って耳タコレベルで母親から聞かされた。遅寝早起きで、お昼寝とは無縁の親泣かせの子供だったらしい。


「夜ふかしはしていないのに眠いとなれば、体力低下が影響していそうだけど……」

「えー、肉体労働でも足りないのかしら」

「最近の仕事って、事務補佐や溶接といった座り仕事が中心だよね。座っているだけでも筋肉は使うし、同じ姿勢を続けると筋肉が固まるから疲労が濃くなるんだ」


 真面目に返された。加えてわたし車通勤だからなあ。

 休日はこの人と会ってるとき以外はPCの前にいるか寝転んでるし、それは体力も落ちるか。


「1日10分の筋トレをするだけでもだいぶ違うよ。絵を描く人ならなおさら。私は5年くらい継続している」

「へー、さすが演劇部なだけあるわ」

「いいや、オタ活のため。推すにも体力はいるから」

「オタ活ガチ勢ほどジム通いする理由はこれだったのね……」


 その引き締まった手足は、何も生まれ持ったものだけではないことをこんな形で知るとは。

 30代以降はホルモンバランスの変化で痩せづらくなるとは効くし、今から始めておかないとな。太って幻滅されてからじゃ遅いものね。


「24時間って短いわ。あと12時間追加でもいいのに」

「多分一日がそうなっても同じことを言いそうだね……」

「まったくよ。人の欲望は計り知れないものね」


 だって、全然足りない。

 職場も一緒で、お昼も一緒で、休日もだいたい一緒で、しょっちゅう互いの住処で寝泊まりしているのに。

 恋というシステムは際限なく好意が積み上がって、どんどん欲張りになっていく。


 それを埋めるとなれば添い遂げるしかないだろうし、だから結婚という制度ができたんじゃないかと思うようになってきた。


「幸せな悩みだよ」


 恋愛脳全開のわたしの主張に、忍ちゃんが静かな声でつぶやいた。

 仕事に追われるとか、人間関係がつらいとか。『苦痛の時間』に潰されるのではなく、毎日がそこそこ充実しているからこそもっともっと、と時間を求めてしまうことがいいなって。羨ましそうに忍ちゃんの口角が上がる。


 何気ない日々ですら、息苦しい時間になってしまっていた彼女だからこその意見だなと思った。


「不安にならないと聞かれたら嘘になるけど……今の会社がいつまで続くのかとか、重い病気になりませんようにとか、自分の絵が飽きられる日も来ちゃうのかな、とかね」

「一度転げ落ちたら這い上がるのが難しいからね……」


 普通なんてないって以前説いたけど、だからって気にする日がないわけじゃない。

 誰かの失態が鬼の首を取ったように叩かれてると、こっちまで息苦しくなってくる。

 昔は個性で流されていたものが、許されづらい世の中になってきてるって実感はある。普通のハードルが上がりすぎてるというか。

 それは人類が進化し続ける以上、止められない。淘汰の一つなのかもと思い始めてきた。


「わたしはまだ未熟者だし。今しか生きられないのです」

「そう、だよね」

「そっちのが健康に絶対いいもの。悲観し始めたらキリがないわ」


 くしゃっと笑った忍ちゃんが、前向きで羨ましいと一言付け加えてCDの曲を切り替えた。


 色ボケと思われてもいい。この人といると、どんな将来の不安もまあなんとかなるでしょー、なんて楽観的に受け流せてしまう。

 現実逃避と言われようが、美味しいものだけ摂取してわたしは生きていきたい。

 その結果がちゃらんぽらんな学生時代だったわけだけど。


 いまは支えたいと思う相手がいるから、あの頃とは違うと言い切れる。


「ところで、コンビニ寄ってもいいかしら?」

「いいよー」


 ウィンカーを出し、高架下に建つコンビニへとハンドルを切る。

 駐輪場には学生さんらしき男子が群れていて、そういえばまだ春休み中だったかと懐かしさが湧く。手にしているアメリカンドッグや中華まんに目が行き、空の胃袋が締め付けられて熱さを覚えた。


 買い食いはデブの始まりだから控えないといけないのだけど、帰宅時は空腹に負けてついついコンビニに寄ってしまう。

 ……今日からちゃんとカロリー燃やしておこう。最後に体重計ったの、去年の秋頃やった健康診断だから恐ろしくなってきたわ。


「らっしゃーせー」


 店員の気の抜けた声と聞き覚えのあるBGMに出迎えられる。

 ああこれ、卒業ソングか。高校あたりで流行ってたわね。

 新曲よりも昔のヒットメドレーを流す店舗も増えたから、知ってる奴が流れるとすぐに出るのが惜しくなる。店側もそれ狙ってたくさん買い物してねってことなんだろうけど。


 そして、今日であるはずのホワイトデーの気配は薄い。せいぜい、レジ付近の陳列棚にそれっぽい紙袋が並べられている程度だ。

 チョコを貰ったお返し、ではなく日頃お世話になっている人へのお返し、と取れる敷紙POPが見える。


 バレンタインのときはあんなにのぼりや入口前の横断幕でアピールしていたのに、お花見弁当の予約に取って代わられている。

 店内のデジタルサイネージはコラボ中の映画で特集が組まれていた。

 経済効果が見込めるものの宣伝に舵を切るのは、資本主義である以上仕方ないのかしらね。


「ホワイトデーらしく白系のスイーツでも置いたらいいのに。桜とか苺ばっかね」

「いろんなお菓子屋が乗っかりすぎて定着しなくて共倒れ、ってなってしまったのかもね」

「イラスト描くときにも、これといったモチーフがないから難しいのよ」


 陳列棚の商品もチョコだし、正直バレンタインの売れ残りを並べているようにしか見えない。そこは差別化しないの?


「そのうちなくなるのかしら、これ。ほとんどの国ではない独自の習慣だから」

「バレンタインもお菓子の売上を伸ばしたいから広めたようなもんだし、返礼文化が廃れてもお菓子メーカーがある以上は消えないんじゃない。やりたい人だけがやればいいと思うよ」


 バレンタインも、二次元では定番の恋愛イベントだけど現実では自分のためにチョコを買う人の割合が多いみたい。

 チョコの日として定義が変わってきているし、ホワイトデーも高級お菓子の発表会みたいになるんだろうか。


「少なくとも、私は毎年続けたいと思ってるよ。バレンタインやクリスマスも」

「あると楽しいものね」


 わたしをもてなすといった義務感からではなく、小さなイベントがあると生活にハリが出るからと以前忍ちゃんは言っていた。

 仕事帰りにはけっこうな頻度で花屋に寄るし、暑い日でも凍えるように寒い日でも、庭の土いじりをしているところを何度か見ている。なので本心なのだろう。


 外だけじゃなく。彼女の家の花瓶には四季折々の草花が飾られているし、季節ごとに律儀に模様替えされている。

 それをお金の無駄という人もいるかもしれないけど、こういったこだわりは見習いたい姿勢だ。

 わたし含む絵描きが、年中行事や記念日にちなんだ絵を上げる感覚に近いのかしらね。


「忍ちゃんと過ごすようになって、四季を意識するようになって。もっと月のイベントが楽しくなったわ」


 さらっと惚気ると、一呼吸置いて忍ちゃんの首と肩が固まった。

 未だに不意打ちには弱いのか、いつ投げても初な反応を返してくれるのが面白い。


「し、四季が曖昧になってるからこそ。一緒に思い出を作っていきたい、なと思います……」

「末長くね」


 声を詰まらせても会話の流れは止めず、伝えたいことははっきり口にしてくれる彼女の誠実さが好きだ。

 とどめに耳打ちすると、ぐっと忍ちゃんが喉をつまらせよろめく。

 そのときに無意識なのか、右手をぎゅっと掴まれた。ごめんと首を振る忍ちゃんに、離さまいと指を握り返す。

 縋り付いてくれたことにきゅんと来たもので。


「もうちょっとときめきを噛み締め……もとい握りしめてていい?」

「……こっちでなら」


 まだ頬をほの赤く染めたままの忍ちゃんが、コートのポケットに繋いだ手を突っ込んだ。恥ずかしいから隠しておきたいらしい。

 あらら、これはこれで大胆じゃない?

 いけないことはしてないのに妙な後ろめたさがあって、わたしにまで熱さが伝染してきた。

 まあ、これで良しみたいに誇らしげな目を向けてくる忍ちゃんが面白かわいいのでいいか。


「というわけでささやかな売上に貢献しますか」


 そう言って、忍ちゃんは売れ残っていた桜餅を手に取った。

 そこはホワイトデーにちなんだ商品とかじゃないんだ。いえ、好物なのは分かってるけど。


「じゃ、わたしはこれ」


 同じく好物だからという理由で、さらにホワイトデーらしさが遠ざかった玄米おこげ煎餅の袋を掴む。

 イベントにこじつけた商品なんていくらでもあるもの。世界にひとつくらい、桜餅とおせんべでお祝いするホワイトデーがあったっていい。

 そっちのが特別感がある。



「あらー、止まっちゃった」

「ずらっと車並んでたのはこういうことだったかあ……」


 間が悪かった。コンビニから出て車を飛ばして、踏切を渡ればすぐなのに渋滞に捕まってしまった。

 ここの駅は2路線が乗り入れてるし、帰宅ラッシュ時だから本数も多いとはいえこんなに待つものだったかしら? もう体感的に2本くらい過ぎてそう。


 隣でスマホを操作していた忍ちゃんが、あー、とため息をつく。


「車内点検の影響で、東北本線に遅れが発生しているらしいです」

「県道で迂回ルートすればよかったわね」


 乗客のトラブル対応なら運行再開もすぐだろうし、気長に待ちましょう。

 それにもう、人目のつく場所に今日は出ないからいいわよね。


 ハンドルから手を離して、人差し指にぴったりはまっている指輪をそっと引き抜いた。

 おさまるべき指へとはめて、銀白色に光る左手をかざす。


「すごく似合ってる」

「でしょでしょ」


 きゃっきゃっと、腕を弾ませてときめきのポーズを取る。

 まだ、今朝の衝撃は脳裏に焼き付いて離れなかった。油断するとすぐ自動再生されるから、しばらくは表情筋を引き締める修行が続きそうだ。



『共に支え合い、生きていこう』



 身支度を整えて出勤の準備が整ったところで、忍ちゃんに真剣な顔つきで切り出されて心臓が止まりかけた。

 わりと本気で。鷲掴まれて一気に絞られるような感覚だったもの。


 今日に備えてあらかじめ2人で選んだわけだし、渡される流れは分かりきっていたのに。

 朝から致死量の砂糖を盛られた気分だった。

 がらっと雰囲気も声のトーンも変わったもんだから、演劇部所属に恥じぬ振る舞いにわたしは圧倒されていた。まばたきも呼吸も忘れてたというか奪われた。


 もう見慣れたと思っていた整った御姿が、網膜を魅了し記憶に灼きついていく。

 ……腰抜かすって、本当にあるんだなあって実感したわ。


『この持病が分かったとき、もう恋人どころか友達も無理なんだなあって絶望してたんだよ。起きたら動くことも喋ることもしばらくできなくなるわけだし、外食どころか外出も無理になる人なんか、一緒にいても疲れるだけでしょ』


 ぽつぽつと、秘めていた想いを忍ちゃんは語ってくれた。


 距離を置いた友人のSNSを覗くと、ネットで知り合ったらしき人たちと毎日楽しそうにしているポストで埋め尽くされていた。

 自分とはLINEだけのやりとりになって、それまでは長いラリーが続いていた雑談もすぐに打ち切られるようになって。

 自分との関係は知人に戻ったのだと、はっきり忍ちゃんは自覚した。


 付き合いが悪くなってしまった原因は自分にあるから仕方がない。

 家族もいなくなってしまった今、一人で生きていくしかないことは分かっている。

 けれど、それまでたくさんの人に囲まれて生きてきた彼女の孤独は計り知れないものだった。


『毬子さんは私の発作を何度か見てきてるだろうけど、いつも慌てず傍にいてくれたよね。遊ぶのに外に出なくてもいいんだよって教えてくれて。それがすごく頼もしかった。発作が出ても、この人は絶対に取り乱さないから怖くない、って思えるようになって。仮に治らず一生付き合うことになっても、それ以上にあなたがいない人生のほうが無理だなって考えが変わってきて』


 ゆっくりと、辿々しくも、忍ちゃんは真剣に言葉を選んでわたしに伝えようとしている。

 その想いがどれほど熱く強いものか、言葉が耳に送り込まれるたびに胸が重く満ちていく。


『もう、毬子さんじゃないと駄目なんだ。ずっと一緒にいたくて、覚悟を決めました』


 真正面から射抜かれて、はい、と返事には力不足の声しか出なかった。

 この持病がどれだけ当事者には辛いものか、たくさん調べたから少しは分かる。

 ただ普通に息をして、普通に外に出て、普通にみんなとご飯食べたり笑い合ったりして生きていたいだけだったのに。


 ある日突然、身体のどこも悪くないのに苦しくなったら焦るに決まっている。

 人目のある場所で倒れたり吐いたりしたら情けないし恥ずかしいし、なるべく迷惑がかからないように人の多い場所を避けるようになる。

 結果、最低限の外出しかできなくなって悪循環に陥ってしまう。


 けれど発作は時と場合を選ばず、予期不安を連れていつでも日常に潜んでいる。

 いつまた満足に呼吸ができなくなるか、その恐怖に怯えながらずっと彼女は生きてきた。

 わたしの憶測程度では計り知れないほどの、苦しみを抱えていたのだろう。


 だから。阻むものが大きすぎて、交際関係にあってもその先までは難しいだろうと考えた時期もあった。

 好き合っていたって別れてしまった例なんか山ほどある。

 最初はそれでもいいと思っていた。少しでも彼女の苦しみを取り除く過程にわたしも関わっていたのなら、それでも。


 ……けど、忍ちゃんといる時間が幸せであればあるほど離れたくない気持ちは強くなって。

 わたしのために我慢させてないかな、って曇ることも増えてきて。


 忍ちゃん。

 その壁を乗り越えてわたしに手を伸ばしてくれたことが、今すぐ死んでもいいほどに嬉しい。


『ずっと、待ってたの、その言葉を』


 気づけば、飛びつくように抱きついていた。

 苦しくさせないように控えめにひっつくわたしを、忍ちゃんは力いっぱい腕を回して受け止めてくれた。


 絶対に離したくない。言葉通りの抱擁に、愛しさがあふれて涙腺にダイレクトアタックをかましてくる。

 ここで泣いたら心配させちゃって甘い空気が台無しになるから、絶対に流すもんか。震える喉に力を入れて抑えつける。


 必死に湧き上がる感情を飲み込んで、うれしい、って万感の想いをつぶやいた。

 何も言わず、忍ちゃんはしばらく頭を撫でてくれていた。



「自動運転車、そのうち手が出るようになるといいわね。ドライブしながらいちゃいちゃって最高じゃない」

「それだと節度が乱れそうだから……今のままでいいかな。外と内の顔は分けておきたいんだ」

「後ろめたい関係じゃとっくになくなってるんだし、どれだけ欲出してきてもわたしはウェルカムよ?」

「私が気にする」


 被せるように言い放ったところで、忍ちゃんがしまったとでも言いたげに口を手で覆った。


「今のは忘れてください」

 手を合わせる忍ちゃんに、わたしは怒らないし知りたいから言ってごらんと引き出しにかかった。


「…………気持ち悪いと思われるだろうけど」

「思わないわよ。むしろ、気にしてくれる嬉しさから聞きたがってるの」


 気持ち悪さではわたしのほうが数倍上だろう。この人になら依存されて縛られたいとか、墓場まで持っていく想いがナチュラルに浮かぶ。

 共依存の何がいいのか理解できなかったけど、超愛されるって解釈するとそれもいいかと感覚が麻痺してきた。慣れって人の便利な機能だけど怖い。


「毬子さんの……内の顔は……私だけが知っていたい、と……」


 一呼吸置いて、忍ちゃんが答えた。

 か細くもはっきりと、独占欲をのぞかせる言葉に熱がともる。

 甘痒さが胸に膨れ上がって、首に息苦しさを覚える。

 どう言語化しても引かれそうな言葉がいくつも浮かんで、全部頭の片隅に追いやり理性で押さえつけた。


「外で我慢したぶん、家ではもっと大胆になってほしいってこと?」


 声が喉に張り付いて、絡んで、湿度の高い声調になってこぼれる。

 忍ちゃんはゆっくりと頭を縦に振った。呼応してずしんと重たい鼓動が胸を打って、ぷるぷると口端が緩む。


 今のわたしは気持ち悪いと言われても何も言い返せない。けど、それ以上の多幸感が全身を満たしている。

 求められたい人から求められるって、頭がいかれそうなくらい幸せなんだなって。


「じゃあ、続きはお家でね」

「もちろん」


 同じく指輪をはめた忍ちゃんの左手に、手のひらを重ねる。

 膝の上で指を絡めて、互いのぬくもりが溶けていく心地に目を細めた。


 これまで何をやっても続かず、自分でつなぎ止めることもしなかった人生だったけど。

 忍ちゃんだけはなにがあっても絶対に離れないし、誰にも譲る気はない。

 それほどまでにわたしは彼女を深く愛しているのだと、特別な意味を込められたこの指輪へと誓う。


 装飾品によく使われるこの貴金属は、耐蝕性に優れ年月による劣化もほとんどないという。

 その色褪せない美しさから、プラチナは”永遠”の象徴として古くからのブライダルシーンで用いられてきた。


 永遠に輝き続ける、白金。

 ホワイトデーと名付けられた今日という日には、この上ない贈り物だ。

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私は普通の恋人になれない 中の人 @kurepi

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