適材適所
あの雇い止めの危機にあった金子さんに、こんなドラマがあったなんて。
「本社は数十人くらい応募が来たんだって」
隣の狭山さんが、弾んだ声でPC画面を指差した。
映し出されているのは、ごく普通のSNS画面。名義はうちの会社。
つまるところ、公式アカウントだ。
あまりにも人が来なさすぎて、本社の人事が求人広告として開設したらしい。
募集しているのに人が来ない会社って待遇とか不人気職種だとかあるけど、一番の理由は採用手法がハロワのみってとこ。特に中小に多い。
今の人は求人票に書ける情報量が少ないハロワよりも、詳しい条件が記載されているwebを活用するから。
ハロワから応募した私が言えたことではないけどさ。だって職員さんが直接企業に交渉してくれるから、面接までこぎつけられる確率はこっちのが高いし。
「最初は目標1000フォロワーってことだったんだけど……ただ求人情報垂れ流しているだけじゃ来るわけないよね。100人もいかなかった」
「広告以外は『おはようございます』『お昼です』『午後からもうひと踏ん張りです』『明日もがんばりましょう』って自動書記AIが打ってるような文面だったんだぜ。botですらもう少し情報量があるよね」
狭山さんと工場長が苦笑いを浮かべながら振り返っていた。
SNSなんて炎上を考えればやらないほうがいいけど、有益な情報を発信するツールとしてはすぐれているよね。そこ活用できないと、こういうときに困るのか。
この会社は年齢層が高いこともあって、未だペーパーレス化が進んでいない。
つかwebデザインに長けた若者が来ない。
だからOfficeしか持ってない未経験の私が選ばれたんだろうか。事務は人気職種だから、こんな零細企業でも20人くらい応募があったと聞いた。
「それが今や5000フォロー突破って。すごいバズりましたね」
「まさか金子さんにあんな才能があったなんてねえ」
多くの人に注目された理由はシンプル。公式SNSにアップした金子さんの漫画が、めっちゃウケたのだ。
彼はどうやら元漫画家だったらしい。
確かにコマ割りも台詞回しも無駄がなくて読みやすいし、描き慣れてる印象だ。
「僕も拝見しましたが、お世辞ではなく面白いですよ。伝わりやすいツボを押さえて、理解できる範囲でコメディへと昇華している。内輪受けで完結せず、どの業種にも当てはまるテーマを毎回組み込んで共感を呼んでいるのも素晴らしいですね」
部長がべた褒めするくらいだ。現場にさほど詳しくない私が読んでも面白いと思った。
それって、かなりすごいってことだよね。
1Pのカラー漫画には、ブルーカラーあるあるらしいリアルな実態が面白おかしく描かれている。
もともと作風がギャグ漫画らしく、業種への知識がなくても表情豊かな笑いに特化した絵を眺めているだけで面白い。
同業者からの共感を呼んで、またたく間に拡散されていったとのこと。
結果的に公式HPのアクセスが集中して、万年人手不足だった本社の求人枠にぼちぼち応募が来ているという。
まあ、うちには来ないんですけどね。
「そういや金子さん、担当は確かアヒル(サッシを固定するために使う金物)でしたよね? この漫画にはプレス機とか溶接金網も登場するんですけど……」
「それねえ、日替わりで金子さんにはあらゆる持ち場を担当してもらったんだよ。漫画にリアリティを持たせるには一定の知識と経験は必要だろ? それに属人化を防ぐ働きにもなるし」
疑問を持った私へと、工場長が補足する。
にしたって、そんな一朝一夕で身につくものでもなかろうに。誰か監修がいるんだろうか。
「そこで本庄さんのマニュアルが生きたんだ。まだβ版だけど。全部の業務を一通りこなしてきた人がまとめた資料だけあって、要点は押さえているから大したもんだよ」
それからわずかな期間で、金子さんは見違えた。
自分を肯定して必要としてもらいたい欲求が、人間は多かれ少なかれ誰にでも備わっている。その心理をうまく生かしたなーと思う。
好きな漫画を描いて、バズって承認欲求が満たされて。
それがすべて仕事の成果から連鎖しているのであれば、ますますモチベにつながるものだから。
朝礼で金子さんに対する簡単な奨励を行って、いつも通り事務所に戻る。
そっか。金子さん、首の皮一枚つながったのか。
利益につながる働きをしてくれたということで、金子さんの雇い止めの話は中止。いち社員として認められたということだ。
本庄さんは妥協して入ったとは言ってたけど、あらゆる業務をこなせることによって属人化していた会社では重宝される存在となった。
金子さんもコネ入社とはいえ、自分の得意な分野で会社に大きな貢献をもたらした。
よちよちのアヒルなのはみんな一緒。そこから長所を伸ばして、自分を必死に売り込む。
生きていくために。運用コストに見合う人材となるように。
行動しなきゃ、社会で生き残ることはできないんだ。
「いつもの記入作業と、電話応対と来客対応ね。分からなかったら工場長か部長に聞いて」
「はい。かしこまりました」
朝からどうも耳の調子が悪く、早めに病院で検査を受けたほうが良いという周囲のアドバイスにより狭山さんが午前であがることになった。
こういう休まざるを得ないトラブルのために私がいるんだ。狭山さんには安心して、ゆっくり休んでもらえるように頑張らないと。
しかし、お昼は入社以来初めてのぼっち飯となるのか。
壁のホワイトボードには『川角 休み』とある。つまり、川角さんもちょうど有給休暇ということ。
久々にひとりでゆっくり過ごせる昼休み。
なのに傍らに誰もいないということに、どことなく寂しさを覚えた。
そうだ、せっかくだから本庄さんを誘ってみようかな。
金子さんのこととか今週末のモデルの依頼とか、いろいろ聞きたいことがあるし。
「あら、上里さんからお誘いいただけるとは光栄です」
事務所に訪れたタイミングで申し出てみると、本庄さんはすんなりとOKしてくれた。上里さんいいなー、と近くにいた男性社員から冷やかしの声が上がる。
こうして、会社内でプライベートな話をするのは久しぶりとなる。毎週家に呼んでいるのに、不思議な感覚だ。
お昼になって、2人で給湯室の電子レンジを使っている途中。
金子さんの話題を出すと、本庄さんは意外な情報を提供してくれた。
「実は、急激にアクセスが集中した理由は公式の漫画がウケたからではないのよ」
「そうなんですか?」
本当のバズりの火種は、金子さんの個人アカウントに乗せていたエッセイ漫画にあるという。
会社公認らしく、画面をスクロールすると公式アカウントがリツイートしていた。じゃないと暴露漫画ってむしろクビ案件だもんね。
これはじっくり読んだほうがいい内容だな。本庄さんの車へと移動して、さっそくその漫画のサムネイルをタップした。
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