第39話



 俺たちにとって、それは嬉しい想定外だった。


 開演の直前になると、ステージ前にはたくさんの観客が詰めかけていた。総数にして五十人か、それより少し多いかもしれない。


 この会場の規模だと、かなりの人数が集まっているように見える。用意した椅子は既にほとんどが埋まっていて、多くは立ち見で観ていくようだ。道行く人も、興味本位で足を止め、まだ誰もいないステージをまじまじと見つめている。


「なかなかの大盛況だな、堀川」

「老若男女問わず。ありがたいことだ」


 PAブースに並ぶ俺たちは、観客からの距離もすこぶる近い。


 客層も様々のようだ。まだほんの子供もいれば、穏やかな一日を過ごしているであろう老夫婦も見受けられる。


「ビラ配った人たちも、ちょいちょい見かけるな」

「そうだな」


 俺がビラを置かせてもらった理髪店のばあさんも、通路側の椅子にちょこんと腰かけている。


 それだけじゃない……あまり目立たない位置からこちらを見据えているのは、シクシクのプロデューサー、須藤だ。今日のためにまた、わざわざ東京から飛んできたのか。


 そこから十メートルほど離れたところには、午前中に出会ったばかりの天川詩音が立っている。そのすぐ脇には、ちゃっかり早坂も控えていた。


「詩音さんも、ちゃんと見に来てくれてんな!」

「ああ」


 ステージでパフォーマンスする円花たちにも、彼女たちの姿はいずれ目に入るだろう。


 俺はアイドル組が待機している、ステージ直結の倉庫のほうを見た。


 今は扉が開け放たれていて、俺たちのいる角度からはちょうど、中の様子がうかがい知れる。


 円花と四条は、互いに手を取って――精神統一をしているようだ。目を閉じたまま、大きな深呼吸をしている。


 並々ならぬ緊張感が伝わってきた。

 ステージの裏側はいつもあんな感じなのだろうか。

 そんなことをふと、考えた。


「さてと……そろそろアゲていくぜ、相棒」

「緊張で手が動かなくなったら、いつでも代わってやるからな」

「はン、んなことにゃならねぇよ! どれだけ練習してきたと思ってやがる」


 日暮がBGMの音量を上げていくと、会場からはパチパチと大きな拍手が沸き起こった。


 やがてそれは音楽に合わせた手拍子となっていく。心の高ぶりが渇いた音となって、この656広場全体をまとめて取り囲んだ。


 頃合いだ。俺はひとつ後ろに下がって、扉の向こうで待つ二人組に合図を送った。

 円花と四条はこくりとうなずき、そして――。


 二人そろって壇上に飛び出した。その瞬間、拍手の色は一段と濃くなる。


 普通のアイドルライブでは野太い、あるいは黄色い歓声といったところだが……さすがにそんなことはない。ただ、所々から「頑張れー」「かわいい!」という、子供たちの声が響いてくる。


『こんにちはっ! わたしたち、夢が丘高校アイドル研究部です!』

『まずは早速、最初の曲を歌うばい! せーのっ』

『『サンシャインガール♡!』』


 次の瞬間、『サンシャインガール♡』のイントロが流れ始める。


 クロスフェードのタイミングは完璧だ。上手い。

 日暮は静かに振り返り、余裕の表情でサムズアップ。


 それと同時に、ステージではダンスが始まる。ハイテンションな曲調であるため、のっけから飛んだり跳ねたり、とにかく身体を大きく動かすフリが頻発する。

 問題は次だ。歌唱の入りは四条のソロだが、ここはミスが多発していたポイントでもあった。


「……っ」


 息を呑んで見守る。

 頼む、上手く入ってくれ。


 しかし、四条は――そんな俺たちの祈りなど、どこ吹く風だった。


『♪~』

「よし!」


 あまりにもスムーズ。こちらが拍子抜けしてしまったほどだ。


「四条の奴、楽しんでやがるな」


 まったくもって、日暮の言うとおりだった。


 練習では同じミスを繰り返し、円花に指摘されるたびに肩を落とす――そんなシーンを、俺たちはこの三週間で何度も見てきた。


 だが今はどうだ? その歌いぶりはまさに泰然自若。むしろ自信がみなぎっていて、自分自身を前へ前へと押し出していこうとする、伸びやかさがあった。


「いいぞいいぞー!」「がんばれー!」


 アップテンポのメロディーに追いすがるように、会場の手拍子も盛り上がっていく。


 円花とはまた違った意味で、四条は舞台映えしていた。


 背中に広がる後ろ髪が激しく揺れ動くのに合わせ、丈の短い紺色のプリーツスカートがふわりと広がる。いつもより少し露出の多い健康的な四肢は、俺から見てもかなりグラマラスだ。


 ――そしてこちらのほうも、もちろん黙ってはいない。


『♪~』


 円花のパートに入ると、会場全体から「おおっ」というどよめきが沸き上がる。

 四条も歌はかなり上手いほうだが……やはり本業アイドルの円花は、発声から一味違う。


 こいつは曲に合わせて微妙に声色を変えてくるのだ。楽曲のポップさを最大限に生かすような声の高さ、それに大きさに至るまで、すべて計算ずく。


 ステージを広く使って、ファンサービスも欠かさない。アドリブで手を振ることもある。


 ずっと見とれていたいような笑顔を振りまき、会場からさらに大きな拍手をさらっていく。


 さらに観客の目を奪うのは、なんといってもダンスのキレだ。


 一つひとつの所作が、ムチがしなるようなよどみなさで繋がっていく。そのくせスマートで、無駄に大振りをすることもない。魅せ場をしっかりと意識づけたうえで、そこに表現力をありったけ注ぎ込んでいる……そんな印象だ。


「やっべえな、円花ちゃん……」


 練習のとき以上にステージで躍動する円花を目の当たりにして、日暮は息を呑んでいた。


「……まだだ。持て余してる」

「……はぁ?」

「あいつ、アレでまだ様子見だ」


 なんとなくだが、俺には伝わってくる……円花はまだ、力を持て余しているようだ。


 ライブは体力勝負。一曲目からすべてを出し切れば、残りのセトリはおざなりになってしまうことも多いのだろう。


 だから、様子見。


 円花はああやって、自分の限界を探っているのだ。どこまでの力を出せれば、全体を通して最高のパフォーマンスができるのか。現状と照らし合わせて、本番中に逆算している。


 分かり切っていたことだが、とんでもない奴だ。


 ――無事に一曲目が終了した。ここからはMCの時間になる。


『……ふう、ふう……。あたし、ばり疲れたばい……おとみんは平気と?』


 前髪がぺたりと額に張り付いている四条。対照的に、円花はまだ涼しい顔をしている。


『わたしもちょっと疲れたけど……まだ大丈夫だよ、ここちゃん』

『おとみんはすごかね! なんでそがん元気と?』

『さっきね、裏でブラモン食べたんだ! アイス大好きだから、それで元気出たのかも!』


 観客たちは嬉しそうに笑いながら、それぞれに手を叩いている。


 ご当地要素を取り入れたMCはウケがいい。この後も佐賀銘菓や、県の名産品をいくつかネタに取ったやり取りを二人が繰り広げると、会場は大いに盛り上がった。


「さすがじゃねぇか。あの脚本もお前が書いたんだろ?」

「いや、むしろ力不足だな。地元ネタに頼る以外、よさそうなものが書けなかった」

「コメントまで優等生だな、お前……」


 ――そして二曲目。『SKYLIGHT』。


 こちらはバラード曲で、主旋律を円花が担当する。サビ部分のハモリを四条が歌う形式だ。


『♪~』


 円花が主旋律を歌詞に乗せて、高らかに歌い上げる。


 今度は落ち着いているが、計り知れない生命力を感じさせる音だ。


 音海、という自らの名を体現するかのごとく――会場のすべてを、精緻に積み上げたメロディーの大海原が満たしていくようだ。


 美しい海に溺れていく人々は、その中心で強力な渦潮を起こす円花のほうへ、ぐいぐいと引きずり込まれる。


 そしてサビに入れば、海上で優雅に囁く人魚が……その美貌を知らしめるかのように、魅惑的な響きをもって加わっていく。


 その正体こそ、四条だ。


 四条の地声は、円花よりいくぶん高い。これを利用して、円花が歌う主旋律より三度高い音程を四条がなぞっていく。それによって和音が生み出され、綺麗なハーモニーとなるのだ。


 慣れていない四条にとって、ハモリはかなりの難度。しかし連日の猛練習によって、三度の感覚をほぼ正確に掴んでいた。


 円花の音を邪魔することなく、ちょうどいい具合に並走し、やがては符合する――そんなイメージがありありと浮かび上がるようだった。


 歌唱が終わり、しばしの余韻のあと……ようやく思い出したように、拍手がわっと拡散した。


『ここちゃんのハモリ、すっごく綺麗だったよ!』

『それを言うなら、おとみんの歌声も惚れ惚れしたばい! みんな、どがんやったー?』

「すごかった!」「ふたりとも良かったぞー」「佐賀の歌姫の再来ばい」「ヒューヒュー!」


 観客からのリアクションも増えてきた。温かいレスポンスに、円花と四条は互いに顔を見合わせ、ほんわかと頬を緩ませている。


『次は、ここにいるみーんなでクイズ大会ばい! 分かった人は、手を挙げて答えてね!』

「「はーい!」」


 観客席では、子供たちがぴょんぴょんと飛び跳ねている。ぱっと見るだけでも、二十人近くいるだろうか。男の子も女の子も関係なく、誰もがステージに立つ「お姉さん」たちに夢中だ。


『――じゃあ、第三問! この問題は、お父さんやお母さんと一緒に考えてみてね!』

『あたしたち夢が丘高校アイドル研究部は、実は九年前にも、このステージでライブをしたことがあるとやけど……実はそのときのメンバーが、国民を代表するスーパーアイドルになったとよ!』

『さて、そのスーパーアイドルは誰でしょう? 知っているお友達、いるかなー?』


 会場はにわかに盛り上がる。とりわけここにいる大人たちにとっては、九年前といっても「記憶に新しい」のだろう。正答を囁きあって楽しんでいる様子だ。


 居心地悪そうに視線を背けている人影もあるが……見なかったことにしておこう。

 両親から答えを耳打ちされた女の子が、元気よく手を挙げる。


『今手を挙げた、ワンピースのお友達! 答えを大きな声で聞かせてね』


 言われたとおり、その子は大きく息を吸って、


「あまかわ、しおん!」


 その瞬間に、「おーっ!」という大人たちの歓声が沸き起こる。


『大正解っ! すごかねー!』


 なんと和やかな光景だろう。俺たちはほんとうにアイドルライブを開催しているのか不安になってくるほどだ。


 その後も数問のクイズを行い……ステージと観客席には、目に見えるほどの絆が生まれた。


 早坂が言っていた『対話』。その極限に近い状態が、今ここにある親和性なのだろう。


 誰もが楽しそうに笑っている。

 ステージの上の円花も、四条も。


 そんなふたりに向かい合う大勢の観客たちも、同じように幸せそうな笑顔を浮かべている。


『さてさて、これがいよいよ最後の曲になります』

『一生懸命歌うけん、みんなも応援してほしか!』

『離ればなれになっても、誰かを想う気持ちを歌い上げた曲です。聴いてください――』

『『――きみに灯る唄』』


 またしても完璧なクロスフェード。


 ――そして。


「……――ッ」


 場の空気を一変させるような圧巻のオーラに、俺は思わず身震いした。


 その場にいる誰もが、ひいては四条までが――二の句も告げず、目を見開いている。


 射止められたように硬直する人々。

 おのずと吸い寄せられるように、その視線たちはひとりのアイドルへと注がれている。

 

  ずっと 手のひらに隠してた

  昨日も今日も 変わらぬ世界のかたすみで

  想いの丈が 逃げてしまわぬように

 

 小さな手をきゅうと握りしめて、円花は自分の胸にそっと当ててやる。


 目を閉じて想起する――誰かのことを。


 その手のなかにある想いを、いつまでも閉じ込めておくために祈るのだ。

 目を閉じて、高らかに。


  星たちの降る 夏夜のくらがり

  温かな光 想い出すために 

  僕はそっと この手ひろげた

 

 一人ひとりの心に溶けて、なじんでいくような微笑をこぼす円花と四条。


 彼女たちが大きく空を指させば、たちまち満天の夜空が俺たちの頭上に広がっていった。


 ちょっと蒸し暑いけれど、どこか落ち着く夏草のにおいをいっぱいに吸い込むと――不思議と心地良い気分になってくる。


 ふわりと片腕を広げて、手のひらに包み込んだものを解き放つ。

 そこには、心のうちに灯る光が芽生え始めていた。


  嬉しくって笑うきみの姿も

  悲しげに目をそらすきみの姿も

  心の内側に いつも描いてるから

  隠さなくったっていい

  涙もいつか 空に還るはずさ


 どこまでも突き抜けるような音色で、二人のユニゾンはうねりとなって広がっていく。


 それは聴く人に、勇気を与えるための詩だった。

 ぴんと張っていたはずの緊張の糸が、ぷつりと切れた気がした。


 これまで俺を絡めとっていたものが、魔法にでもかかったように解けていくのを感じとる。


  ここにいたって どこにいたって

  僕は歌い続けるよ

  きみが望む この唄を

  きみに灯る この唄を


 汗がきらきらとはじけ飛んでいく。


 でも、それ以上にまぶしいのは――ずっと絶えることのない、二人の笑顔だった。


 楽しくって楽しくって、仕方がない。

 そんな心の声が、今にもここまで届いてくるかのようだ。


 ――アウトロがしめやかに快い音色を残して、曲が終わる。


「――――……………、」


 二人の息遣いさえも聞こえてくるほどの静寂が満ちた。


 出し切ったのだ、すべてを。


 自分たちが持てる最高の力を、たった今しがた……世界じゅうに響かせたのだ。


 ――――おおおおおおおおおおおおおっっっ‼

 ――――パチパチパチパチパチパチパチ‼


 大歓声とともに、ひときわ大きな拍手がどっと沸き上がる。


 誰もが立ち上がっていた。ステージ上で肩を揺らす円花と四条に、惜しみない賛辞を送り続けている。


 もちろん、俺たちも例外ではなかった。

 次の操作を忘れかけた日暮が我に返り、慌ててBGMを流し始める。


『今日は、あたしたちのライブば観てくれて――ありがとーっ!』


 やり切ったという面持ちで、四条が大きく観客に手を振っていた。

 ますます大きくなる喝采のなかで、四条は円花に挨拶を促す。


 円花は逡巡したのか、少しだけ動きを止める。


 それから小さくうなずいて、一歩前へと躍り出た。

 輪郭を伝う汗のしずくもそのままに、円花はゆっくりとマイクを口元に近づける。


『地域の大人のみなさん。それに、小さいお友達のみんなも……今日は見に来てくれて、ほんとうにありがとうございました。せっかくなので少しだけ、わたしの想いを語りますね』


 俺と日暮は顔を見合わせる。

 予定にはなかったことだ……しかし、わざわざ止める理由もないだろう。


 互いにうなずきあって、俺たちは円花の声に耳を傾けた。


『みなさんには、夢はありますか?

 もしかしたらこのなかには、

 夢を叶えた人も、

 もう夢を諦めてしまった人も、

 これから夢を見つけていく人もいるかもしれません。


 みなさんにこんなことを訊くわたしはといえば――ほんの最近まで、夢を見失いかけていました。

 ……わたし、これでも高校生ですから。いろいろとあるんです』


 背丈の低さを自虐するようなジェスチャーをして、円花はニコリと笑ってみせた。


『そんなときに出会ったのが、この夢が丘アイドル研究部でした。

 メンバーのみんなは、ほんとうにいい人たちばかりで。

 毎日が驚きと楽しさの連続で。

 そんな温かい人たちに囲まれて、日々を過ごしていくうちに。

 わたしはこのアイドル研究部で、大切なことを学びました。


 ――それは、「自分に正直でいる」こと。


 言葉にすれば、とっても簡単です。

 だけどわたしは、これまでずっと……本心をひた隠していました。

 外見だとか、世間体だとか、そういう体面ばかりに目を向けていて。そうしたら――、

 いつの間にか、心が空っぽになっていたんです。


 そんなわたしの本心を取り戻してくれた人たちこそが、ここにいるメンバーのみんなです』


 円花はドル研の面々を一人ずつ見回していき、最後にすべてのオーディエンスへ目を向けた。


『なんのことはない。

 探していた答えは、すぐそばに埋まっていることもあるんです。

 ……だからこそ。


 迷ったときは、立ち止まってもいい。

 泣きたいときは、声を上げて泣いてもいい。

 困ったときは、そばにいる人を頼っていい。


 ――シンプルなことだけど、大人になるたびに……わたしたちは我慢しちゃうんです。

 それが大人になるってことだって、初めから決めつけているから。


 でも、きっとそうじゃないんです。

 わたしは……わたしたちは。

 立ち止まるたびに。泣きじゃくるたびに。誰かに頼るたびに。

 確かに一歩ずつ、前を向こうとしているんだと思います。

 自分の気持ちに素直でいること。


 それはつまり、【わたしが、わたしのままでいること】』


 その声が――優しく、気高く、まっすぐに響き渡る。


 もうその瞳に、迷いの色はこれっぽっちも残っていない。


 俺はその場で、はっきりと悟る。


 これが。


 これこそが。


 アイドル――音海円花の正体なのだ。


『なにかにぶつかって、つまずいて。

 どうしようもなく苦しくなったとき。寂しいとき。

 そんなときにこそ、自分の気持ちに、正直でいてあげてください。


 ……ふふっ。せっかくだから、正直にいまの気持ちを伝えてみます。

 わたし、実はいま……、


 ――嬉しくって楽しくって、たまらないんですっ!』


 これまで俺が目にしてきた、すべての光を足しても及ばないほどの輝き。

 そんなきらめきに満ちた特大の笑顔を、円花はステージの上で盛大に咲かせた。


『ここちゃん。もう一度、二人であいさつしよっか』

『……うんっ。おとみん、一緒に……っ!』


 感極まった四条の手を取って、音海は今一度、会場のすべてを見渡した。


『みなさん、本日はほんとうに――』

『『――ありがとうございましたっ‼』


 どっと押し寄せるような大歓声。


 耳の奥までじんじんと伝わってくるような大拍手。


 いつまでも鳴りやまない二つの音に包まれて、アイドルたちはゆっくりと顔を上げる。


 そこから見えるものがなんだったのか、俺には分からない。


 けれど、確かに俺が言えることもある。


 互いに抱き合って、熱い涙をため込む彼女たちの瞳に――煌々たる光が宿っていたことだ。


「よかったよかった!」「あんたらすごいぞ!」「またやってくれー!」


 大きく手を叩きながら、方々から二人のアイドルを褒め称える声が飛んでくる。


 そんなときだ。不意に――ステージの手前に、小さい女の子が駆け寄ってきた。

 きらきらと光る二つの目を、すぐそばにいる「お姉さん」たちに投げかけながら。


「おねーちゃんたち、カッコよかったっ‼」


 とても興奮しているようで、その顔は淡いピンク色に染まっている。

 まだ言い足りないとでも言うように、女の子はまた大きく口を開けた。


「だからね、みうなも……みうなも、おねーちゃんたちみたいなアイドルになりたいのっ!」


 それは混じりけのない、純朴たる告白。

 円花たちは喜びをこらえきれない顔で、お互いを見合わせた。


 ……そして。


「うん! ……みうなちゃんも、カッコいいアイドルになれるよ」

「ほんと⁉」

「ほんとばいっ。だって……!」


 四条が目配せすると、円花は大げさにうなずいてみせる。


「みうなちゃんの瞳は、とっても……とっても、まっすぐだから!」


 二人そろって、壇上から一段、二段と降りていく。

 満面の笑みをたたえる女の子を、よしよしと優しく撫でてやっていた。


 そうなると今度は――わらわらと、他の子供たちもステージ前に寄り集まってきた。


「やれやれ……あいつら、大人気なこった」

「そんなに羨ましいなら、お前も混じってきたらどうだ?」

「バカ言え! ……ってお前、そんな冗談言えたっけか……?」

「さあな。ただちょっと、本心が口をついただけだ」

「……ハッ、言ってくれるぜ」


 ステージ前で繰り広げられる微笑ましい光景を、俺たちは和やかな気分で見守った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る